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本当の騎士

「ちょ、なに? どうしたの?」


 言葉を遮られ、戸惑いながらベルの顔を見ると、その顔色は真っ青に染まっていた。

 目の前で佇むベルの額から滴る汗が、このまとわりつくような暑さからのそれではないと気付くのに、そう時間は必要なかった。


「ぼさっとすんなッ! 急ぐぞ」

「ちょっとベル、何があったの!?」


 僕が背負っていた荷物を掴み上げ、目的地とは逆方向へ向かおうとするベルを呼び止めた。

 振り向いたその顔は、見たこともないほど強張り、眉間に深い皺を刻んでいた。


「……天竜が出たらしい」

「――天竜っ!?」


 天竜。

 白い鱗を纏う、災害級の大型竜種。

 あまりにも巨大な害獣で、暴れた時の被害は天変地異とも例えられる。

 その羽ばたきで山を砕き、咆哮で空を割り、吐息で街が消える。

 

 そんな怪物が、この先に現れた……。あまりにも現実感がなかった。

 とはいえ、見たこともないベルの様子に、嘘や冗談ではないことがじんわりと伝わってきた。


「嘘じゃ、ないんだね。でも、どうしてこんな所に……」

「わからねぇ。聞いた話じゃ幼い個体らしいが、間違いなく天竜らしい」

「だって、天竜は今まで南方でしか観測されていなかったんだ。なんでこんな場所に……」

「んなこと悠長に考えてる場合か! 伝令役が青龍騎士団を呼びに駐屯地に向かった。天竜はまだ集落から遠い所にいるみてぇだし、俺とジンにはその場で帰還指示が出たんだ」

「そ、そっか……」

「よし、ジンはこの道をそのまま引き返せ。俺は先に帰ってお前が使う馬をどっかで見付けてきてやる。それまでは全力で突っ走れ。いいな?」

「了解、ありが――ねぇ、あれって」

「あん?」


 状況を確認して引き返そうとした時だった。

 当初この先の村で行われていた害獣駆除任務を担当していたであろう白虎隊の隊服を着た人が、こちらへ飛んできたのが見えた。

 獲物を見付けた猛禽のように、上空から両手を広げて僕らの少し先に着地した。


「ほらあれ。任務に出てた三年生じゃない?」

「マジだ。何かあったのか……」

「行ってみよう」


 ベルと共にその先輩のところへ向かうと、ベルが心配そうに声を掛けた。


「先輩、どうしたんすか?」

「あぁ、お前はさっきの。いやそれより、ここに来る途中で白虎隊と武装した連中を見なかったか?」


 その声は微かに震えていた。僕たちに何かの希望を求めているようにも聞こえる。


「いや、僕は見ませんでした。ベルは?」

「俺も気が付かなかったっす」

「じゃあ何か戦闘音を聞いたとか」

「僕はここまで地上移動で来ましたけど、なにも……」


 そう答えると、先輩はあからさまに眉を歪め、うつむいて首を振った。


「そうか……。クソ、どこに行ったんだ」


 天竜が観測されたという最悪な事態だけでなく、また別に問題が起きている。そう直感した。

 同じくなにかを察したらしいベルと顔を見合わせ、恐る恐るその答えを求めた。


「あの、何かあったんですか?」

「……実は、一緒に来ていた白虎隊の分隊と村の青年団が行方不明になったんだ」

「えっ!?」

「はぁっ!? どういうことなんすかそれ!?」


 先輩の信じ難い言葉に、ベルも驚いたように先輩へと詰め寄った。


「俺にもわからない。今回の任務、彼らとは別動隊で動いていたんだ。昨晩、彼らの隊から伝令役が来て、追っていた小鬼の巣窟を発見したが、日没の為に明朝改めて駆除任務を始めるという事を伝えていったんだが、それっきりでな」


 返された言葉は、概ね予想通りだったが、できれば聞きたくはない答えだった。心臓がトクリと跳ね上がり、背筋に冷や汗が流れた。


「その人たちのキャンプ位置は?」

「リフィールから西に数粁キロメートルの地点。……天竜の目撃があった辺りだ。しかも、天竜は今もその近辺をうろついているみたいで近付けない」

「……最悪じゃねぇか」


 額に手を当てて落胆の溜め息を吐き出したベルは、そう呟いてしゃがみ込んでしまった。


「彼らが打ち上げたと思われるマーキングの気球は発見されたんだが、キャンプ地と思われる場所は、……無・く・な・っ・て・い・た・」

「無くなっていた……だと?」


 この無くなっていたという言葉から脳裏に浮かんだ光景は、草一つ生えていない、だだっ広い荒れ地の光景だったが……。


「それって……」

「――いや、まだ最悪の結果と決めるのは早い」


 しゃがみ込んでいたベルはゆらりと立ちあがり、再び先輩の方へと向き直った。


「天竜に見つからないよう、どこかでやり過ごしている可能性だって十分ある。引率の教官も一緒なんだ。きっと、大丈夫っすよ。今はまだ……、身動きが取れない状況だと考えるべきです」


 苦しそうな笑顔だった。

 それでも、その苦い表情には可能な限り落ち着かせたいという意味が込められているんだろう。


「……そうだな。少し落ち着かないとな」


 先輩は胸に手を当てて深呼吸をすると、僅かに緊張感が抜けた様に微笑んで見せた。


「お前たちは追加の物資を運んできてくれたんだったな。ここからリフィールへは俺が持って行こう。俺は一度リフィールに戻って、改めて状況の確認と今後の動きを今いる教官たちと確認する」

「わかりました。すみませんが宜しくお願いします」

「あぁ。お前たちは一刻も早くこの場を離れた方がいい。じゃあ、気を付けて」


 そう言い切るや否や、先輩は再び空へと飛び上がっていった。


「心配だがここで俺らにできる事はなにもねぇ。さっさとこの場を離れるぞ」

「そうだね。急ごう」


 ベルの言う通り。もうじき青龍騎士団がやって来てこの辺一帯が立ち入り禁止になる。ここに僕たちの居場所はない。

 先輩の姿を見送り、元来た道へと踵を返した時だった。

 何気ない光景の中にひっそりと佇んでいた案内板に目が留まった。


「おいジン! いったい何してんだ?」


 少し先で靴紐を結び直していたベルは、僕が立ち止まった事に気が付いて声を掛けてきた。

 だが僕の頭の中では、ある可能性が膨れ上がり、返事をする意識すらなくなっていた。


「……ねぇベル、これ見て」


 僕が指差す案内板に、何が言いたいのか見当もついていない様子のベル。

 そんなベルに、頭の中に沸き上がった雷雲の様な不安を伝えた。


「ここに書いてある集落って、リフィールから丁度西側にあるんじゃない? それってもしかしてさ……、今、リフィールと同じくらい危険地帯ってことなんじゃ……」


 僕の言葉を最後まで聞かず、ベルは古びた案内板にしがみついた。

 今自分たちがいる場所とリフィールの場所を指でなぞり、続けてその集落の場所を指差した。


「ここから西……。天竜がうろついてるって場所の、ど真ん中じゃねぇか」

「今リフィールの人たちは、天竜出没からの避難指示で混乱してるかもしれない。先輩たち白虎隊も、住民の避難とか、行方不明になった部隊の事で余裕無さそうだった。もし、もしだよ? この集落に、天竜出没の事が伝わっていなかったとしたら」

「……おい、悪い冗談だろ」

「この辺りには騎士団の駐屯地もない。そんな場所で、予想だにしていない天竜の出没、行方不明になった白虎隊と青年団。しかも現場にいるのは、僕らと大して変わらない見習い騎士たちなんだ」

「お前、いったい何考えてんだ? まさかその集落に今から行く気じゃねぇだろうな!? 天竜がどこにいるのかもわかんねぇんだぞ!」

「わかってる。けどもしその集落にいる人たちがなにも知らなかったら? そんな事知らずに、天竜がいる近くで精霊術なんか使っていたら大変だよ」

「心配なのはわかるが、実戦も経験したことねぇ俺たちド素人二人で何ができる? 下手に動き回って天竜に見つかったら、この辺一帯が吹き飛ぶかもしれねぇんだぞ」

「……そうなんだけど」


 確かにベルの言っている事はなに一つ間違っていない。

 今の僕らは、戦う術を普通の人よりも多く教わっている一般人と変わらないんだ。


 天竜のことだって授業で習っただけ。

 この場合、僕らも指示に従ってこの場を離れた方が絶対にいい。

 きっと伝令兵が向かってる。今頃避難を始めているに違いない。


 でもそれは、僕らがこの場を心置きなく撤退する為の希望でしかないんじゃないか? 


 そんな葛藤が沸騰しそうな時だった。


 微かな地響きと、ドン、という聞き馴染みのない鈍い音が周囲にこだました。

 音は風に消えそうなほど微かだったが、目の前にいたベルにも聞こえたらしい。


「……なんだ、今の音」


 隣から聞こえた小さく呟いた声は微かに震えていた。

 会話の止まった僕らの目の前には、集落へと続く静かな林道が延びているだけ。


 今は邪魔にすら思えてくる木々のさざめきの中、なんの変化もないという不気味さが広がっていく。

 この道の先はきっと大丈夫。そう思いたいのに、この無際限に込み上げてくる不安はいったいなんなんだ。とてつもなく嫌な予感がする。

 僕たちはこんな時こそ教えに従わなきゃいけない。それは僕たちの身を守る為だ。


 助かるかもしれない命を、“無事であれ”と祈るだけで見捨てることが、僕の憧れた騎士の姿か?

 ――違う。

 僕がなりたいのは、 誰かを見捨てる騎士じゃない。

 

 ごめんベル。僕の本当に悪い癖だ……。


「……おい待てよ、どこに行くんだお前」


 目の前で待つ林道を真っ直ぐ見つめ足を踏み出すと、震えた手に肩を引っ張られた。


「どうしても気になるんだ。根拠もへったくれもないけど、この迷いに蓋をしてこのまま帰った後、もしこの先にいる人たちが傷付くような事があったら僕は……」

「お前正気か? これはお伽話じゃねぇんだぞ! あらゆる状況を考えろよ! 天竜をやり過ごせる術がねぇんだぞ」

「それはこの先にいる人だって同じだよ。ちゃんとリフィールから伝令が届いていて避難が終っているならそれでいい。でも今のリフィールにいる人や先輩たちにそんな余裕があるとは、とても思えないんだ。僕らの予感に人の命がかかっているなら、“きっと”とか“たぶん”で安心しちゃ絶対にダメだよ」

「――ッ」

「ベル、行かせてくれる? やっぱり僕行ってくるよ」

「……本気なんだなお前? 俺たちに出たのは避難指示だ。その指示に従えねぇって事だな?」

「見習い騎士としては失格かもしれないね。……でも、騎士として当然の事だって弁解するよ」


 僕の意志は固かった。

 帰った後の教官の説教やゲンコツよりも、この先にいる人たちが無事なのか、避難しているのか、それだけが心配だった。

 真っ直ぐに僕を見つめる真剣なベルの眼差しを真っ向から受け止め、硬く震えだしそうなベルに軽く微笑んで見せた。


「……だぁもぉ!! わかったよ! そんだけ言われちゃ俺も止められなくなんだろうが」


 今の僕に何を言っても無駄だと思ったのか、いつものように頭をガシガシとかきながら溜め息をついた。


「迷惑かけてごめんね。教官に聞かれたら、僕が勝手にやったって言っておいてくれる?」


 そう伝え、一人で集落に向かうつもりだったのだが、ベルはそう思わなかったようだ。

 僕の方へ歩み寄ってきたと思ったら、僕を追い越した先で身体を動かし始めた。


「馬鹿言うな。教官に怒られんのは俺たち二人だ。教官への伝言なら、帰ってから自分で言え」


 今のってベルも一緒に付いて来てくれるって事か? どうしよう、これは完全に僕の我儘が発端な訳だし、安全な保障もない。止めるべきかな……。


「止めるつもりなら無駄だぞ。ったく、一人で格好つけやがって」


 袖をまくり直し、僕にその大きい拳を突き付けてきた。

 参ったな。僕の心配なんかいらないって言いたげな顔だ。


「あはは……、そんなつもりはなかったんだけどね」


 僕を待っていた彼の拳に、僕の拳をぶつけて隣に並ぶ。


「さぁて、今更だが天竜の危険性は十分知ってるな? 例え幼体だって、その力は一般の騎士数百人分だ。一撃でこの辺一帯吹き飛びかねねぇ。少しでも状況が変わったらすぐに離脱するぞ」

「ありがとう。……ごめん」

「礼はいい。ったく、天竜は精霊術に敏感だ。村の人にもしっかり伝えとけ」

「うん。分かった」

「風向きが変わったら天竜の飛翔を警戒して物陰に隠れる。いいな? それじゃ行くぞ」

「了解っ!!」


 正直、滅茶苦茶怖かった。最悪の状況を想像すると手足の震えで倒れてしまいそう。

 天竜はアストピアの精鋭である青龍騎士団だけでなく、天竜迎撃用に組織された特別部隊が対応するのが普通だ。

 僕らみたいなド素人が自ら渦中に飛び込んで行くなんて事は論外だと重々承知している。無謀だと、わかっている。


 自分が死ぬかもしれない、ベルが死ぬかもしれない。

 でも、この先にいる人たちの命が絶対に“大丈夫だった”そう確認するまでは、帰れない。

 僕が信じた、“本当の騎士”になる為に。

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