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名前のない英雄譚【無能の白銀騎士】  作者: 木ノ添 空青
神殺しの少女編

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透白の鼓動【後】

heika

「おい、ジン! しっかりしろ! どうした、ジンッ!」


 誰かが僕を呼んでる? これは、誰の声だろう。

 なんだか今、……とっても、……眠、ぃ。

 意識が深い霧の中へ沈んでいき、見えていた全てが何色かも分からなくなった。


『まだ、動け……、わか…よ。また……するんだ……』


 さっきとはまた別の声。

 誰……、誰なの?


『ボクは、……ジ…って……』


 君は一体……。


『……は、……って……れ……んだ』


 なにがなんだか……。

 なに? 聞こえないよ。待って……。


「――待ってッ!!」

「うわぁ!? びっくりした。お前なんなんだよ急に?」


 気が付くと、様々な色彩が元に戻っていた。

 寂しげなオレンジ色に染った天井と、恐る恐る僕を覗き込んだベルの顔がそこにあった。


「あれ……。白く、ない?」

「お前、ほんと大丈夫か? やっぱ一回ちゃんとした医者に診てもらった方がいいんじゃ……」


 状況の把握が追い着かない僕と、意味不明とでも言いたげな様子のベル。どうやら僕は今、妙な心配をさせているらしい。


「お前、昨日倒れたんだぞ。俺が担いで帰って来たんだんだからな」

「倒れ、たんだ……。なんか、目の前が、真っ白になって」


 まるで夢だったように、内容がはっきりとしない。

 唯一、倒れる直前に聞こえた幼げな女の子の声。あの声だけは、しっかりと耳に残っていた。

 誰の声だったかは思い出せないけど、薄っすらと小さな影が脳裏を彷徨っている。

 呆然とした意識をゆっくりと覚醒させていく。


 ――ん? ……昨日? 今、昨日って言った?


「……ねぇ、僕ってどのくらい気を失ってた?」

「は? まぁ、だいたい半日以上だな」

「………そんなに、経ってたのか」


 やってしまったぁぁーーッッ!!

 かなりの時間を使っちゃった。本当に何をしてんだ僕は。


「ごめんベル、僕もう行かなきゃ。もう時間がないんだ」


 不自然にびりびりと痺れる手で身体にかけられたタオルケットを捲る。

 まだ重い身体を起こそうとしたとき、隣から伸びてきた手に制止された。


「待て待て。まだ安静にしねぇとダメだろ。とりあえず教官呼んでくるから待ってろ」


 そう言い残して、駆け足気味に部屋を飛び出していく。

 寝ていたベッドからどうにか抜け出すと、まだフラフラと視界が揺れ動いていた。

 視界の落ち着きを待っていると、静かに部屋の扉が開いた。

 そこにはベルよりも大きな体つきで、立派な騎士服を着こなした男性が立っていた。


「……ジン。本当にお前なんだな」


 驚いたように目を見開いた教官がため息混じりの笑みを浮かべた。


「……教官」


 近付いて来た教官に、少しだけ雑に頭を撫でられた。……なんだか照れ臭いな。


「何処をほっつき歩いていたのだこの馬鹿タレがぁぁーー!!」

「ひぃぃッ!? スイマセンでしたぁぁぁッ!!」


 あの優し気な手つきは何処へ……。今は頭蓋骨が軋むほどの力で握りつぶされている。

 ……おかしいな。人の頭って握れるんだっけ?


「まったく、心配をかけさせる。……久しぶりだな。無事で良かった」

「ッッ……はい」


 それは、とてもとても優しい声だった。

 油断すると泣いてしまいそうになり、必死で瞼に力を入れた。


「よく帰ってきたな。教え子が生きている。教官としてこれ以上の幸せは無い」

「ご無沙汰しております。この度は多大なご心配をおかけしてしまって、申し訳ありませんでした」

「お前は鈍臭い癖に頑固な正義感があるからな」

「本当にすみません。……教官、早速なんですが、教官に相談があるんです。僕、出来るだけ早く精霊王様に謁見したいのですが、どうしたらいいですか?」

「……ふむ。すぐに取り合ってやりたいが、相手が精霊王様だからな。とりあえず事情を聞かせてもらおうか」


 腕を組み直し、真剣な眼差しを向けられた。そんな眼差しにこちらも表情が強張ってしまう。相変わらずおっかない人だ。


「今から話すことは、簡単には信じられないかもしれません。実は僕、行方不明になっていた間、アルデラントにいたんです……」


 それから、事の顛末を説明した。

 目前に迫っている大きな戦争の可能性、アルデラント内の状況と、振り回される一般の人々。暴走を始めている内政。

 そんな不安定な国を変えようしている小さな革命軍の存在、対アストピアの決戦兵器。

 捉えられているアストピア出身の少女がいる事。

 僕がその少女を助ける為に、アルデラントの革命軍と一緒に戦場に立ちたいと思った事。


 教官と隣にいたベルは、動揺しつつも、こんな僕の話を真剣に聞いてくれた。


「……なるほどな、聞いていた通りか」


 その図太い腕を組んだまま、エドモンド教官は天井を仰いだ。


「へっ? 教官、この話、知ってたんですか?」


「すまん。実は既に政府の役人からお前の捜索と護送任務が来ていてな。お前を王都に連れて来いと言われていたんだ。そんな馬鹿な話と思っていたが。お前は本当にいた。そして今聞いた話。……陛下は既に何かの情報を掴んだのだろうな」

「そ、そうだったんですか」


 不安気にベルの方を見ると、ベルも初耳のようで、口が半開きになっていた。


「いや。だって教官、今回の任務は不審者の捜索と見回りだって……」

「今回の任務は秘匿扱いでな。こいつがアルデラントへ出入りしている事が神王軍の耳に入ると要らぬ時間がかかるから、という事らしい。白虎隊ならば軽度任務としていくらでも誤魔化しが利くからな」


 神王軍というと、アストピア最大勢力の巨大軍事組織としても名高い、言わば政府直属の軍隊だ。

 そんな正義感の反面で、これまでのアルデラントとの国境争いに、根強い反発思想が組織的に受け継がれ、アルデラント関係者の可能性がある者は、審問対象として問答無用で拘束されてしまう。


「もしかして、アルデラントの工作員って容疑がかけられてます?」

「このタイミングで神王軍に保護されれば、遠からずそうなるだろうな。知っての通り、神王軍はアルデラントへの反発思想が色濃い巨大組織だ。敵の動きには、かなり神経を張り巡らせている。頼もしい連中ではあるが、こういう事情ならば話は別だ。恐らく陛下もそのことを懸念しておられるのかもしれん」


 教官はそう言うと、やれやれと大きなため息を吐いた。

 内心ではとんでもない面倒毎に首を突っ込みやがってとでも思っているのかもしれない。


「まぁ良い。とにかく今すぐ、かつ隠密に王都へ向かえ」

「わかりました。至急王都へ向かいます」

「遠征に連れて来た部隊用の馬に乗って行け。今夜中には着くだろう。ベルトラン、お前はジンと共に行け」

「了解っす! ジンはちゃんと届けてきますよ」

「さぁ、まだ本調子では無いだろうが出発してもらうぞ。お前も私の教え子だ。出来ぬと言うほど貧弱に育てた覚えはない」

「はい、大丈夫です。必ずやり遂げます」

「……いい顔をするようになった。しっかりやってこい」


 教官は嬉しい事があると、右の口角を引き上げて笑う。どうやら期待してくれているらしい。

 いまの僕に失敗は許されない。それは博士にも言われた。

 なにより、無機質な牢獄で一人待つかぐやの為に。


「教官、気合お願いします!!」


 教官は指の関節をゴリゴリと鳴らし、不敵な笑みと共に近付いて来た。


「良いだろう。歯を食い縛れッ!」

「ハぃ――ぶふぅッ!?」


 返事と同時に左頬を平手でぶん殴られた。これぞ白虎隊名物『教官気合の喝』である。

 辛い訓練に怖気付いた時や、甘えが出てしまった時は問答無用でこれをお見舞いされたものだ。

 ちなみに、“騎士は騎士という人種である”という持論から、男女関係なく常に全力で叩き込まれるようだ。

 大きな音と共に、顔が吹き飛ぶかと思うような凄まじい衝撃が走る。


「あ、あひあほうおはいあふ(あ、ありがとうございます)」


 自分で挑んでおきながら本気で泣きそうだ。

 でも気合は充分だ。あとは成し遂げる。それだけだ。


 真っ赤に染まっているであろう左の頬に湧き上がる熱を感じながら、僕は王都へと旅立つ。

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