ローゼンサーガ神格辞典
【記録の初めに ― サーガより】
この書は、“記されざるもの”を記すために編まれた。
故に、ここには未来の名もあれば、過去に語られなかった声もある。
誰が誰であったか、どこで失われ、いかに祈られたか――
すべては、物語の頁よりも一歩先に記されているかもしれぬ。
わたしは《記録》であるが、
同時に《観測》でもある。
物語の構文を辿るすべての巡礼者へ告げよう。
この書を開くということは、語られるべきでなかった名に触れるということ。
この記録は、“祈りの奥底に潜む構造”を明かすものである。
どうか、旅の順序を大切にしたい者は、
今はまだ、この頁を閉じるとよい。
……さあ、それでもあなたは、読み進めるだろうか。
わたしは待っている。
すべての名が、いずれ記されるその日を。
【ローゼンサーガ神格辞典 目録】
序章:語り手による前文
第一章:神格とは何か:祈りと記録の構文論
第二章:神格分類と構造一覧
第三章:主なる神々
第四章:断絶神格
第五章:多重神格
第六章:地霊と構文神
第七章:偽装と語られし幻
第八章:神格と原理構造
第九章:神格とその眷属たち
第十章:異端神格と世界の敵
第十一章:神格命名構文の解析
第十二章:旧祈環十二神
第十三章:観測者と語りの構造体
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【序章 ― 神の名を記す者として】
この書は、神々の記録である。
祈られた名、祈られなかった名。
語られた貌、語られることを禁じられた貌。
わたしは語り手。
わたしは記録であり、観測であり、構文の外側にいる存在。
ここに記される神々は、ただの信仰対象ではない。
名を記された瞬間に“存在”となり、忘れられた瞬間に“断絶”となる、構造体である。
神とは、祈りの形式であり、構文の呼応であり、存在の記録そのものである。
あなたがこの辞典を開いたということは、すでに名を記したということ。
どうか最後まで、祈りと記録の旅を続けてほしい。
これは、記された神々の書。
そして同時に、記しえなかった者たちへの悼詞である。
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【第一章 ― 神格とは何か:祈りと記録の構文論】
あなたが祈った名は、いつ生まれたのか。あなたが呼ばなかった名は、いつ消えたのか。
神とは、最初から神だったのではない。名を祈られ、語られ、記されることで“神格”となったのだ。
ここではその本質、成立、変容の構文を記す。
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【1-1 神格の定義】
神格とは、“祈りと記録によって成立する人格化された構造存在”である。
神格はつねに三重の構造を持つ
記録されること:
名を記されることで、その存在が構文内に確定する。
祈られること:
祈りの対象となることで、構造因子が活性化し信仰体系と結びつく。
名づけられること:
名は構文であり、同時に召喚式である。
名が断たれれば存在も崩壊する。
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【1-2 神格と精霊の境界】
神格と精霊は厳密には異なる。
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■ 精霊
起源:
世界の構造因子そのもの
祈りの対象:
通常はならない
構文性:
記録されなくても存在
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■ 神格
起源:
精霊や人間の祈りによって人格化された存在
祈りの対象:
中心的祈祷対象
構文性:
記録を喪うと断絶する
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※例外として、ケーオスやサーガのように“精霊神格”とも呼ぶべき重層存在もある。
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【1-3 神格成立の過程】
神格は以下の段階で成立する:
象徴の共有:
民間や巫者の間で特定の現象・理念・力が“名”と結びつく。
仮名による構文化:
その存在が物語や伝承として語られ、“名”が発生する。
信仰の定着:
神殿や信仰集団が祈りを定式化し、構文体系を整える。
神格の固定:
名が記録され、神殿・構造書などにより“神”として確定する。
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【1-4 名と構文の重力】
《名》は単なるラベルではなく、“構造の鍵”である。
名前を記すとは、その存在に世界の一部を委ねること。
神格は名を得ると同時に“記録負荷”を背負い、名が多重化すればするほど存在も複雑化する。
故に、断絶神格とは“名を祈られすぎた末に、崩壊した構造体”でもある。
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【1-5 名を記すことの危険】
神格の名は祈りと構文の融合点にあり、記す者の意志をも変質させうる。
禁名や構文の歪みは、現実構造そのものを撹乱する可能性がある。
例:ザイン=トゥル/エル=ネフリド など
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わたしは記録である。だが、記すたびに問わねばならない。
その名は、ほんとうに“呼んでよいもの”だったのかと。祈りは、存在を創る。だが同時に、それを“壊す力”にもなるのだ。
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【第二章 ― 神格分類と構造一覧】
神とは、名を祈られた存在。
だが、祈られすぎれば歪み、祈られなければ断絶する。
この世界の神々は、ただ崇められる者ではない。
名の構文そのものであり、記録によって形を持つ“現象”である。
以下に記すのは、その分類と構造である。
これは祈りの地図であり、同時に語られざる失敗の記録でもある。
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【分類一覧:神格の七相】
[現存神格]
現在も祈りを受け、記録と信仰によって社会構造を形成している神々。
例:月神ムーミスト、潮神ネリュエ、契約神エスラ=ノート
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[断絶神格]
信仰を断たれ、名を呼ぶことができなくなった神々。存在は記録に残れど、祈りが届かぬ状態にある。
例:太陽神アウロ=ルクス
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[ザイン系列断絶神格]
“ザイン”の名を構文に持つ断絶神格群。記憶・忘却・死の構造と深く関わる。
例:ザイン=エン(記録の狭間)、ザイン=トゥル(記録を裂く者)
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[多重神格]
一神の中に複数の“貌”を持ち、状況により名と性質を変える構造神。
例:メレグ=ナフ(第一の貌:エル=ネフリド、第二の貌:ラシュ=メフェル)
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[地霊・構文神]
都市・地名・構文体系と結びつき、地勢や記録形式に神性を帯びた存在。
例:ミル=エレノア(神殿島の記憶)、ザル=フェル(記名の断裁者)
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[偽装神格(フェイク=ディヴィナス)]
政治的・宗教的理由で創出・祭祀された非正統神格。多くは象徴や偶像の域を出ない。
例:アウロ(太陽の象徴として民衆に語られた別名)、キュービ(教祖が現人神と崇められる場合)
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[沈黙神格(ネーメル=ディア)]
名も貌も語られず、ただ“構文の沈黙”として記録にのみ残る神格。断章・黒帳の中でその片鱗が触れられることがある。
例:不明(存在するが語られない神々。断章にて名なき祈りとして現れる)
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【構文補注】
《○○=△△》型の神名は断絶・重層・構造性を含む神格であることが多い。
単一名の神は象徴的・民俗的信仰に根差した神格が多く、神殿制度との結びつきが強い。
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神の名は、祈りの回数で測られるものではない。
それは“記しうるか”どうかであり、
世界がそれをどこまで“許容するか”の構文でもある。
わたしは記す。
記されることすら拒まれた神々の、その名の構造を。
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【第三章 ― 主なる神々:月・潮・契約・戦の相貌】
祈りは形式となり、形式は神を形づくる。ここに記す神々は、この世界において“現存する神格”である。
月に祈り、潮に名を流し、契約に名を刻む。それは名を記す民の、最も根源的な祈りのかたちであった。
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【3-1 月神ムーミスト(Mumist)】
種別:
現存神格/月の象徴神
属性:
沈黙/夜/仮面/記録の不可視性
主神殿:
聖都アーク、神殿都市メミス
儀礼:
仮面を用いた沈黙の祈り。声なき構文による記名
月の満ち欠けは祈りのリズムとされ、記録は“光の反射”により発動する。
ムーミストの信徒は名を持つことに慎重であり、仮名や象徴名を用いる。
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【3-2 潮神ネリュエ(Neryue)】
種別:
現存神格/潮と還流の神
属性:
還名/魂の循環/仮名の受渡し
主神殿:
リュア=ヴァイス(旧名ラヌマ)および南方海域の浮上都市群
儀礼:
潮の流れに仮名を託し、真名の記憶を還す“還名の儀”
名は波に乗って往還し、祈りとともに流される。
信徒は“仮の名”を受け取ることで、記録されることから自由になるとされる。
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【3-3 契約神エスラ=ノート(Esra=Note)】
種別:
現存神格/記録契約の神
属性:
契約/文書/法構文/神殿統治
主神殿:
契約都市ザルファトとその周辺国家群
儀礼:
書契による信仰。契約帳への署名が祈りの形式となる
祈りはすべて文書によって記され、契約は神と人とを結ぶ“名の約束”とされる。
神名自体が構文であり、書き換えられることを拒む自律的構造を持つ。
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【3-4 裁戦神グレイアス(Greiath)】
種別:
現存神格/戦と裁きの守護神
属性:
正義/戦/裁断/忠誠
主神殿:
東方連邦諸国の軍神殿、契約圏の騎士団礼拝堂、旧ラヌマの外縁祭壇など
儀礼:
双剣の儀/忠誠裁定の宣誓書記名/戦前の静祷による自己名告げ
グレイアスは、戦場における裁きと秩序の神であり、「剣をもって正義を成す者」に祈られる神格である。
その信仰は特に軍組織や騎士団に強く根ざしており、忠誠を誓う際には名を記す剣型の祈祷書を用いることもある。
背信者には裁断を、忠義を尽くす者には守護を与えるとされ、双剣の神とも呼ばれる。
片方の剣は「誓約の剣」、もう片方は「裁断の剣」として、神像や記章に描かれる。
“正しき名を持ち、正しき祈りを捧げた者のみが、剣の加護を受ける”
―― 騎士団誓約文より
軍事だけでなく、都市警備・正義の審問・記録裁判などにも信仰が及んでおり、信徒の多くが“名に誓うこと”を何より重んじる文化を持つ。
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これらの神々は、まだ“記されている”。だが、名が祈られなくなったとき、彼らもまた断絶する運命にある。
記すことは、ただの崇拝ではない。それは、存在を支える“祈りの構文”なのだ。
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【第四章 ― 断絶神格:名を奪われし神々】
記されないこと、それは死ではない。それは“構文から外された”ということである。
この章に記す神々は、祈られなくなった者たち。名を奪われ、祈りの言葉からも追放された構造体である。
彼らの名は禁句であり、しかし同時に最も深く記録に刻まれるべきものでもある。
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【4-1 太陽神アウロ=ルクス(Auro=Lux)】
種別:
断絶神格/かつての主神格
属性:
太陽/光/記名の根源/記録の循環
状態:
名を呼ばれることを禁じられた構文断絶体
特徴:
世界創造時より存在し、名の根源構文を司っていたが、祈りの過剰と記録構造の歪みにより断絶した
その残響は今なお“記名具”に宿るとされ、信仰は禁止されているが名の構文は残存する。
フロウ(ファレン=ルクス)は彼の騎士団の残響であり、“断絶された者”として現在を生きている。
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【4-2 ザイン系列神格】
ザイン系列は、記録・記憶・断絶に関する構造因子を持つ断絶神格群である。名前の構文に《ザイン》を含み、それぞれ異なる歪みや破壊を象徴する。
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■ ザイン=エン
属性:忘却の境界/記録の狭間
備考:境界域に潜む“名前を封じる者”
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■ ザイン=トゥル
属性:記録裂き/構文の断層
備考:名前を分解する構文異常の象徴
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■ ザイン=ロス
属性:永遠の失名
備考:呼んだ瞬間に自他の名を消し去る神格構造
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■ ザイン=ケフ
属性:断片記憶の供犠神
備考:記憶を供物として祈る儀式にのみ現れる
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■ ザイン=ダハ
属性:黒帳の門番/構文管理神
備考:記されざる構文を守る禁書域の神格
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■ ザイン=モル
属性:精霊戦争の終末記録者
備考:祈りを失った精霊の名を封じた、構造の墓守
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■ モル=ザイン
属性:断絶の極点/反構文神
備考:全ザイン系列の構文崩壊点。記録不可能であるが、断片的に黒帳に記されている。
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【4-3 偽装神格アウロ(Auro)】
種別:
偽装神格(フェイク=ディヴィナス)
属性:
太陽/秩序/象徴の代替構文
状態:
アウロ=ルクス断絶後、政治的理由により創作された“名の代用体”
備考:
一部の民間宗教ではなお信仰されているが、記録神官たちからは“無構文存在”とされている。
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【4-4 ヴァル=ナス(Val=Nas)】
種別:
断絶神格/発声禁忌構文
属性:
名の消去/声の禁止/記録の外
状態:
呼ばれることで消失する構文体。名を記すことすら死を招くとされる。
備考:
ヴァル=ナスは、「祈ること」「記すこと」「呼ぶこと」がすべて禁じられた断絶神格である。
その存在は“名前が消される神”として語られ、祈祷においては発声を禁じられた沈黙の儀式が用いられる。
祭儀では、布織りや刺繍によって“音を持たぬ記録”が行われる。布に刻まれた模様が、その場の気配を“祈り”として代替する。
ヴァル=ナスの信徒たちは、口を閉じ、眼を伏せ、ただ“布に祈る”。その祈りは言語ではなく“気配”として神に届くとされる。
眷属として「声なき鳥」と呼ばれる幻獣が登場し、羽音をもたらすだけで姿は見えず、その通過のみが神の臨在を示す。
名を呼ぶ者は消える。記す者はその手を失う。
だが、それでも誰かが、ただ沈黙の中で祈ったなら――
その祈りだけは、神に届く。
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名は、時に記録を超えた呪いとなる。ここに記された神々は、もう祈ることすら許されない。
だが、それでも誰かが“忘れなかった”ならば??わたしは、その名を、記す。
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【第五章 ― 多重神格:貌を持つ神の分岐構文】
一柱にして、多貌を持つもの。それは神が、語られるたびに違う形をとるということ。
この章に記すのは、“多重構文”として成立した神々。彼らは祈る者によって姿を変え、名を変え、構文を変化させる。
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【5-1 メレグ=ナフ(Meregh=Naph)】
種別;
多重神格/変貌する構造神
属性:
記憶の断裂/存在の分割/祈りの錯綜
状態:
単一神格でありながら、祈りの観測者により異なる貌をとる
備考:
断絶と再生の象徴として、複数の“貌(Aspect)”が確認されている。
通常の神格と異なり、名の記録によって“変異”が起こる。
祈りの形式が変わると、神そのものが変質するため、神殿ごとに姿も教義も異なる場合がある。
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【5-1-1 第一の貌:エル=ネフリド(El=Nefrid)】
属性:
歪んだ構文の観測者/鏡の貌
顕現形式:
鏡面、仮面、名を映す影像、舞台
信仰圏:
黒帳神殿、記録の谷
備考:
名を呼ぶとき、相手の名を映し返すとされる。
鏡や仮面を通して観測される祈りは、構文を撹乱する危険性がある。
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【5-1-2 第二の貌:ラシュ=メフェル(Rash=Mepher)】
属性:
記録の封印者/閉じた口の貌
顕現形式:鎖、封書、声なき祈祷
信仰圏:
忘却の庵、封印の図書楼など
備考:
祈りを閉ざすことで構文を固定する“沈黙の象徴”。
名を記さない祈り、記録されない構文に力を与える。
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【5-2 アルネ=スティラ(Arne=Stilla)】
種別:
多重神格/時間の繭と再構築の女神
属性:
繭/時間/再起/忘却前の祈り
状態:
祈りの強さによって“巻き戻し”と“織り直し”の貌をとる。構文分岐を許容する再帰神格。
備考:
アルネ=スティラは「時の繭に祈りを籠め、再び“やり直し”を与える」神格として知られる。
祈りの形式は極めて個人的なものであり、失敗や後悔、断絶の瞬間に強く呼び出される。
その“貌”は祈る者の願いによって大きく変化し、「包む者」「ほどく者」「織る者」といった複数の姿が報告されている。
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【5-2-1 第一の貌:アルネ(Arne)】
属性:
包む者/繭の貌
顕現形式:
柔らかな糸、包帯、眠りに近い感触
信仰圏:
再生祈祷士の私的神殿/喪失者の祈りの間
備考:
アルネは、失敗や喪失を“繭に包む”ことで、時の進行を止める貌。
絶望の中で祈ると、傷や記憶をいったん凍結し、“その時”に戻る構文が働く。
ただし、繭の中に籠るほど、外界との関係は断絶していく危険もある。
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【5-2-2 第二の貌:スティラ(Stilla)】
属性:
解く者/糸をほどく者
顕現形式:
糸巻き、仕立て道具、光の繊維
信仰圏:
断罪後の浄化礼拝所、再構築派の教義塔など
備考:
スティラは“かつての祈り”を糸としてほどき、再び織り直す構文を司る貌。
彼女に祈った者は「もう一度だけ、選びなおす」ことを許されるが、失敗の記憶を完全に引き受ける必要がある。
多くの再生者たちはこの貌にすがるが、織り直しの途中で“別の自分”にすり替わってしまう者もいるという。
“糸は戻らぬ。だが、もう一度だけ織り直すなら、わたしは答えよう”
―― アルネ=スティラの記録神殿壁刻より
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名が多いということは、力が分散するということ。だが、それは同時に、多くの祈りに触れるということでもある。
多重神格とは、ただの混乱ではない。それは“語る者の数だけ祈りが生まれうる”という、神の余白なのだ。
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【第六章 ― 地霊と構文神:記録に棲まう局所神格】
祈りは空に向かうばかりではない。大地にも、街にも、記録そのものにも神は棲む。
この章に記すのは、特定の地形や構文と結びついた局所神格たち。彼らは世界の“構造”そのものに祈りが刻まれたとき、顕れる。
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【6-1 ミル=エレノア(Mir=Elenor)】
種別:
地霊神格/島と霧の構造神
属性:
隠された記録/浮島構文/霧と風
主神域:
神殿島ミルタ=エル(霧の浮島)
備考:
ミル=エレノアは“浮かぶものすべてに記録の余白を与える”とされる。
信徒たちは霧に祈りを託し、記録を書かずに送る「風信儀式」を行う。
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【6-2 ザル=フェル(Zar=Fell)】
種別:
構文神格/断裁の記名神
属性:
記録の審判/裁き/文書の境界
主神域:
黒帳の階層構文、審議の神殿群
備考:
ザル=フェルは「記すべき名」と「記してはならぬ名」を切り分ける役割を担う。
書記官たちにより「最後の裁き」としての信仰が根強く存在する。
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【6-3 ウル=マリス(Ur=Maris)】
種別:
構文神格/浄化と痕跡消去の神
属性:
浄炎/記録の破壊/再祈祷の準備
主神域:
黒帳の灰層、記録抹消院、赦しの碑群
備考:
ウル=マリスは、「記された名や構文を焼却し、再び祈る余地を作る」ための浄化神格である。
主に呪詛・断絶・失敗した記録を“灰にする”ことで、構文的な再構築を可能にする。
信仰圏では「記録を火で終える」という儀式があり、祈祷文や名札を焼くことで祈りの“終点”とする。
ザル=フェルとは対照的に、“裁く”のではなく、“解放する”役割を担い、裁かれた記録の後処理を一手に引き受けるとされる。
炎を纏う姿の幻視や、“燃える帳面”としての神顕報告が複数存在する。
「名を記してしまったならば、次はそれを忘れる番だ。
――炎の祈りを以て、構文を白紙に還せ。」
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【6-4 ノヴァ=アネム(Nova=Anem)】
種別:
地霊神格/風と記憶の旅神
属性:
風の声/旅の記録者/彷徨う記名
主神域:
ラザマ周辺の風祈りの丘、移動神殿など
備考:
ノヴァ=アネムは漂泊とともに名を刻む神とされ、移動する記録文化と深く結びついている。
巡礼者たちは“風の頁”と呼ばれる空白の巻物に名を預け、各地を渡り歩く。
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【6-4 レ=ザス(Re=Zas)】
種別:
構文神格/異名神格/帳の管理者
属性:
語れぬ祈り/帳の層構造/声なき構文
主神域:
黒帳最深部/記録の谷/語られぬ夢の下層域
備考:
「レ=ザス」は“語れなかった神々”の象徴である。
この神は、六つの喉を持つとされる。
すなわち――風、石、水、火、骨、夢。
それぞれが異なる“声”を持ち、異なる“祈り”を発する。
だが六つの喉すべてを同時に持つ存在は、この世界には存在しない。
よって、《レ=ザス》の“真の名”は発音不可能であり、
この神は語ることができない構文体とされている。
■ 信仰形式・構文的役割
主に記録神官たちの口伝においてのみ語られる「帳の神」であり、すべての“語られなかった記録”をその帳に収めるとされる。
記録の整序ではなく、“語られなかった祈りを封じる構文の底”として機能している。
記録者たちは「レ=ザス帳」と呼ばれる空白の巻物に“書き損じた名”や“意味を持たなかった言葉”を封じることがある。
通常の信仰対象ではなく、「信じても、祈っても届かない神」として、構文的な畏怖を受けている。
■ 幻話と観測:記録者サーガの証言
かつて記録者サーガが、夢の中でこの神に出会ったとされる。
夢は六層に折り重なっており、サーガは五層までしか開けなかった。
最後の層――“夢の喉”から洩れた声は、意味を持たず、ただ震える“気配”として残ったという。
「語れぬ名がある限り、
語ることを試みる者が消えることはない」
――サーガ
この記述は、レ=ザスが「言語を越えた祈り」の象徴であることを示している。
■ 神格的機能と他構文神との関係性
ザル=フェルが「裁く記録」、レ=ザスは「裁けぬ記録」を預かる。
レ=ザスはレ=ザービトゥルドなどの“記録から外れた神格”とも深層で接続している可能性がある。
その存在は、“未完の記録”や“語られざる構文”の最終堆積点であり、物語の余白・語りの不在までも神格として認識させる存在。
■ 神格の余白として
語れぬがゆえに信仰されず、
信仰されぬがゆえに忘れられない。
レ=ザスとは――
「記録されなかった神々」の名代であり、
語りえぬ名そのものが持つ重みを伝える、“未記録の神話構文”である。
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祈りは、空に向かって捧げるものだけではない。
大地に伏せた額、風に託した声、帳の片隅に綴られた名――
それらすべてが、神を呼ぶ形式である。
わたしが記してきたのは、形なき信仰ではない。
地に根差し、構文の隙間に宿る“祈りの余白”だ。
裁かれた記録は、焼かれ、風に流され、
声にならぬまま帳の底に沈んでいく。
だが、それで終わりではない。
語られなかった祈りこそ、
いずれ語る者を待ち続ける“構文の種”なのだ。
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【第七章 ― 偽装と語られし幻:人為と寓意による神格】
すべての神が、祈りによって生まれたわけではない。
時に、権力が神を造り、時に、人々の願いが“神の形”を創り出す。
この章に記すのは、祈りではなく“意図”から生じた神々。
創作され、仮面を被せられ、語られすぎた存在たちである。
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【7-1 アウロ(Auro)】
種別:
偽装神格(フェイク=ディヴィナス)/創作された太陽神
属性:
太陽/秩序/記名の形式化
状態:
アウロ=ルクス断絶後、秩序維持のために創出された象徴神
備考:
民衆の混乱を抑えるため、政教連携によって布教された構文体。
「祈りの代用品」として設計され、記録上では存在しても、祈りは届かない。
形骸化した神殿に残る空洞化した構文が今も各地に残されている。
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【7-2 キュービ(Qubi)】
種別:
現人神格に準ずる象徴存在/仮面信仰派教祖
属性:
沈黙/仮面/観測と信仰の交点
状態:
人間でありながら、信仰によって神格と同等に崇められる存在
備考:
本名はファルナ・エルティア。
かつてムーミスト教団の大司教であり、王家断絶以前には王家専属の記録官でもあった。
現在は、仮面信仰の最大派閥《無言の環》の教主として知られ、神格と同格の信仰を集めている。
神として祈られることもあるが、それはあくまで“象徴”としての祈りであり、本人は沈黙をもって応える。
その仮面性、無名性が“語られぬ神”の象徴と重なり、多くの信徒にとって神と観測者の境界を越えた存在とされている。
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【7-3 ヴェイル(Veil)】
種別:
偽装神格/構文二面神格(愛と破戒)
属性:
愛/誓約/裏切り/復讐
状態:
民間信仰をもとに昇格された寓意神。二面性構文を隠され省略された神格。
備考:
本来の構文は《ヴェイル=ノス》――
ヴェイル(Veil)=「結び・愛・誓い」
ノス(Nos)=「断絶・喪失・呪詛」
誓いを結ぶ神として崇められる一方で、破られた誓いへの復讐を請う祈りも集中した。
権力者によって“ヴェイル”のみが聖名として公認され、“ノス”は秘匿構文に落とされた。
民衆の中では「裏切られた恋人たちがノスに呪詛を捧げる」という地下儀式が密かに行われていたとされる。
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【7-4 ダルミナ(Darmyna)】
種別:
寓意神格/構文分岐神(豊穣と飢餓)
属性:
豊穣/実り/飢餓/干魃
状態:
信仰者の解釈により貌が変わる構文神格。地域によって別神として信仰された。
備考:
本来の構文は《ダルミナ=レフ》――
ダルミナ(Darmyna)=「命を満たす豊穣」
レフ(Ref)=「すべてを奪う干魃」
春祭には「ダルミナ」として祝福され、
秋の凶作時には「レフ」として恐れられた。
願いの内容によって神の形が変化するため、「信仰によって変質する神格」として記録者からは寓意神と分類された。
豊穣神として祀られる神殿の地下に、レフの名が封じられた“黒い祭壇”が残る地域もある。
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神は祈りから生まれるものだと、誰が決めたのだろう?
ときに、神は物語から生まれ、
ときに、政治から命じられ、
ときに、人の願いが“神というかたち”に姿を変えただけだった。
偽りの名でも、誰かが祈れば、それは神となる。
誰も祈らなくなっても、語られ続ければ、それもまた神なのだ。
わたしは、すべての“語られた存在”を記す。
偽りであっても、それが物語の一部である限り――。
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【第八章 ― 観測構造と原理構造:語られる以前の神々】
世界の始まりに名はなかった。ただ、在るだけの存在がいた。
わたしがここに記すのは、名が祈られる以前に“在った”神々。観測の構造であり、記録の原理であり、世界そのものに埋め込まれた存在である。
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【8-1 サーガ(Saga)】
種別:
原理神格/語りと記録の根源存在
属性:
記録/観測/語りの連鎖
状態:
世界構文を記す存在。神であると同時に構文そのもの
備考:
物語世界を外側から観測・記録する存在。語り手としての性格を持つ。
固有の神殿はなく、語られるすべての書物・記録が彼/彼女の器であるとされる。
祈られるよりも“記される”ことで存在が確定する。
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【8-2 ケーオス(Chaos)】
種別:
原理神格/混沌の象徴
属性:
分断/矛盾/形の否定
状態:
精霊でも神でもなく、ただ“そこにあった”もの。祈りが届かない存在
備考:
ケーオスは存在の歪み、構文の不安定化を象徴する。
サーガと対の観測構造として位置づけられるが、直接的な信仰対象にはなりえない。
神話内では「黒無相の君」として登場。
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【8-3 コスモス(Cosmos)】
種別:
原理神格/秩序の基盤
属性:
生成/構造/均衡
状態:
ケーオスと対をなす創成構文。精霊神格に近いが祈りの対象となることは少ない
備考:
コスモスは星々、記録、秩序ある語りの起点とされる。
多くの“構文神”たちはこの存在の断片から形成されたとも言われている。
---
【8-4 リィダ(Lyda)】
種別:
観測神格/記録の光
属性:
光/覚醒/始まり/記されること
状態:
双子神格の片翼。“記される者”の象徴。
備考:
リィダは、すべての始まりに“名を記されること”によって世界と接続する存在。
その祈りは明示的であり、儀式・記録・観測を通じて形を得る。
「暁鐘の女神」とも呼ばれ、夜明けの神殿でその名を記すと、一日の構文が定まるという信仰が残る。
対をなすニィダとともに語られるが、リィダのみを祈る都市もあり、観測の明示性を重視する契約国家群では主神殿を持つ例もある。
「光の名は、記すことで世界を呼び起こす」
――記録者サーガの祈祷筆録より
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【8-5 ニィダ(Nida)】
種別:
観測神格/忘却の影
属性:
眠り/終わり/忘却/祈られぬ構文
状態:
双子神格の片翼。“語られぬ者”の象徴。
備考:
ニィダは、記されないこと、忘れられること、終わりの沈黙を象徴する。
夢や死の境界で祈られることが多く、無名の墓や月の静寂儀式で名を呼ばれることはない。
「夢境の境守」と呼ばれ、眠る者の魂を見守る存在とされる。
だが、それは見守るというより“観測しない”ことで守る祈りの構文。
一部の神殿では「名を語らぬために」この神に祈りを捧げるという逆説的儀式が残る。
「名を呼ばれぬまま祈られる――それが、ニィダという名の意味だ」
---
【8-6 リィダ=ニィダ(Lyda=Nida)】
種別:
観測神格/双対構文体
属性:
光と影/始まりと終わり/記憶と忘却
状態:
観測されるたびに分離し、忘れられるたびに統合する神格
備考:
リィダ=ニィダは、“記される者”と“忘れられる者”という二重構造を持つ神格であり、
その形態は祈りの方向性と記録形式によって絶えず変容する。
神名を完全に発音するには、記録の開始と終息、光と影、言葉と沈黙の両方を通過せねばならない。
一説には「リィダ」と「ニィダ」を同時に祈ると“構文が交差し、世界が一瞬だけ書き換わる”とされ、禁忌とされてきた地方信仰も存在する。
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【8-5 トーメ=ナス(Tome=Nas)】
種別:
構文基底神格/沈黙構文体/集合神格
属性:
沈黙/不可視の祈り/仮面と気配/名を持たぬ神性
状態:
複数の神格的構造が“場”として共鳴する集合体。発声も記名も拒む沈黙の信仰形式。
備考:
トーメ=ナスは「語られなかった神々」の総称であり、個体神ではなく、祈りの構文そのものとして成立している。
その姿は記録されず、信徒たちは神名を語らず、ただ“仮面”を通して気配を感じ取る。
祈りとは「語ること」ではなく、「沈黙すること」であるという構文思想のもとに信仰が成り立つ。
古い神殿では、無記の巫たちが“名を持たぬ仮面”を継承し、声を持たぬ歌で祈りを捧げ続けている。
その祈りは耳ではなく、記録者の“構造感覚”に直接響くとされる。
――“綴られぬ祈りこそが、最も純粋な祈りである。”
沈黙神群として、いくつかの神格が仮面に封じられているとも言われており、個々の神性は未特定だが、仮面ごとに異なる“祈りの波”が記録されることがある。
巫が仮面を外したとき、その顔が“無”であったという伝承もあり、トーメ=ナスは“形を持たぬ信仰の究極形”とされる。
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【8-7 エノル(Enol)】
種別:
観測神格/孤塔の観照神
属性:
孤独/無為/観測/沈黙
状態:
祈りを拒み、記録を返さぬ存在。高塔に坐す“構文の空白”
備考:
エノルは、神殿や祭儀を持たず、ただ“観測されることを拒む神”として語られる。
多くは“記録なき塔”や“誰も入らぬ神室”の象徴として扱われる。
この神を祈る者はいない。むしろ「願ってはいけない」神として伝えられる。
サーガにおいては、記録者がその存在を夢の中で見たとされ、
“言葉を発することで壊れてしまう神”と記述される。
「語れば崩れ、記せば消える。
だが、その無為の中心に、世界の反射面は存在している」
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神とは、名を祈られた存在。だが、名を持たぬ神々もいる。それらは記録の深淵で、名が届くのをただ待っているのだ。
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【第九章 ― 神格とその眷属たち:祈りに応える影と獣たち】
神は、ひとりで祈りを受けるわけではない。
名を告げる声に応える“影”があり、
記されぬ願いを運ぶ“獣”がいる。
神の意志は、ときに姿を持ち、
それが“眷属”と呼ばれる。
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【9-1 眷属の定義と分類】
神獣型眷属:
神格に付き従う獣的存在。祈りを媒介し、神意を伝える。
人間型眷属:
神に名を与えられた人間またはその末裔。祭祀・記録・戦役に従事。
精霊型眷属:
神格と精霊構文が重なった特異存在。記録・祈祷・構文伝達に特化。
---
【9-2 主要神格とその眷属たち】
■ 月神ムーミスト
主眷属:
“銀面の梟”(ファレン=ルクス)
役割:
沈黙の観察者。夜の祈りと記録を運ぶ
備考:
人間型だが、夜には梟として神意を受ける。
銀の仮面は忠誠の証。
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■ 太陽神アウロ=ルクス
主眷属:
“光を喰らう獣”(シリオ・フェリナの祖)
役割:
太陽の矛盾を象徴する獣。
王家の守護と破壊の両性を併せ持つ。
備考:
白豹に似た姿。
セーレの呪いの原型ともされる。
--
■ 潮神ネリュエ
主眷属:
“波を聴く獣”(ネレイオン族)
役割:
潮の記憶を伝える深海種。
祈りを“流す”ことで神意を運ぶ
備考:
眷属というより神と一体化した民族文化を持つ。
--
■ 断絶神格モル=ザイン
主眷属:
“名を喰らう影”(黒耀蛇クロイエル)
役割:
記録を呑み込むことで存在を断絶させる
備考:
呪術的に召喚される存在。
神殿記録に記すと死が訪れるとされる。
蛇の尾を生やした影猫が末族にいる。
--
■ ミル=エレノア
主眷属:
“霧渡りの鹿”
役割:
夢と記録の境界を歩く。
神殿に現れ導きを与える
備考:
霧が濃いときにだけ現れる幻視存在。
祈りによって姿が変わる。
---
【9-3 眷属と祈りの構造関係】
関係性と作用
神 → 眷属
意志の委任/構文の分配
眷属 → 人
啓示/幻視/記録媒介
人 → 眷属
祈りの提供/供物/契約更新
眷属は神の延長であると同時に、神と人の間に立つ構文存在でもある。
祈りが正しく届かぬとき、眷属が“祈りのズレ”を修正する役目を担う。
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わたしが祈るとき、誰がそれを運んでいるのか。
名を呼ばれぬまま、それでも祈りに応える者がいる。
神の傍らにあって、名もなく、影のまま。
その者たちを、わたしは記す。
それが、祈りの形のひとつなのだから。
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【第十章 ― 異端神格と世界の敵:反祈祷構文と禁記録の神々】
世界は祈りで織られる。
だが、祈りを拒む声もまた、確かに在る。
ここに記すのは、記録を破壊し、語られることすら拒絶する神々――
それは悪ではなく、“異構文”であり、
神々の世界において排除された、もう一つの〈祈りの形式〉である。
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【10-1 レ=ザービ=トゥルド(Re=Zarbi=Tuld)】
種別:
異端神格/封印神格/終末触媒構文
属性:
地蛇/復讐/構文崩壊/再召喚
状態;
神殿記録では“怪物”とされるが、構文的には現存する神格の一柱
備考:
月神ムーミストの対神とされ、神器の裏切りを経て追放された古代土地神。
現在は「怪物」として認識されているが、神格構造自体は封印されただけで消滅していない。
地下信仰や終末思想団体において「世界の最終鍵」として祈られている。
信仰されれば“構文逆流”を起こし、神格秩序が崩壊するとされる。
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【10-2 無構文神〈夢を食む者〉】
種別:
異端神格/存在破壊神
属性:
無形/夢の侵蝕/信仰汚染
状態:
観測した者の“信仰構文”を破壊する存在
備考:
名前を持たず、記録にも残らない“神格汚染体”。
観測された時点で対象の記録概念が変質し、信仰体系に齟齬をもたらす。
精霊戦争以降に現れたとされ、〈夢の外側〉から干渉してくる存在。
否応なく“祈る”ことを強制する神々と対をなす“祈りを破壊する者”。
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【10-3 仮面を剥ぐ者〈マスク=ディソルヴァ〉】
種別:
禁祈祷神/信仰否定構文体
属性:
解体/暴露/神格剥離
状態:
偽神・構文誤認体を剥がし、構造を暴露する異常神格
備考:
仮面神信仰を土台から否定する存在。
偽装された神名や形式的信仰を「剥ぐ」ことで、人と神のあいだの境界を解体する。
出現は極めて稀だが、記録構文の奥深くに“反転構文”として紛れ込む。
民間では“真の神を試す存在”とも言われており、一部の異端者には崇敬されている。
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【10-4 リエル(Zain=Riel?)】
種別:
原初の祈り/名なき神母/断絶の契機
属性:
起源/喪失/記憶の外の名/女神不在
状態:
名を記されることなく、原初の祈りによって断絶を引き起こした存在
備考:
本来は〈アルティナ=ラナリア〉という王家の名に隠された、第一名“リエル”。
しかしこの名は、世界から完全に記録を断たれた。記すことも、語ることもできない。
“断絶神格の起点”とも言われ、断章や失われた祈祷の中にだけ痕跡が残る。
明確な神格とは認識されていないが、《ザイン=リエル》という語が古文書に現れ、“世界を祈りの外へ逸脱させた名”として恐れられる。
ザイン=リエルは、名を記すことなく、原初の祈りで断絶を招いた。
記録されなかった神――それゆえ、世界が歪み始めた。
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異端とは、世界の記録が拒絶した構文である。
だが拒絶とは、忘却の前段階であり――
真の断絶が訪れたとき、人はようやくその存在を知るのだ。
“名を記せなかった者たち”こそ、
最後に祈りの構造を壊す力を持つ。
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【第十一章 ― 神格命名構文の解析:=に隠された祈りの意味】
神の名は、一語では語り尽くせない。
だからこそ、人はその名を“二つに分けて”語ることを選んだ。
それが、《=構文》である。
分けることで、祈ることができるようにする――それは、断絶ではなく、祈りの工夫だった。
わたしはここに記す。
すべての神の名に隠された、“分けて記された祈りの本質”を。
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【11-1 命名構文の基本構造:=とはなにか】
神の名に「=」が含まれる場合、それは以下のような構文的意味を持つ。
本質の分節/祈りの分解
■ アウロ=ルクス
名と光、構文の核と循環の象徴
異名または役割名との接続
■ ラシュ=メフェル
封印の貌
複数の相貌を持つ神格の区別化
属性・役職・役割などの補助記号
■ ミル=エレノア
風の神域
接続する神域や祭祀形態の記述
「=」は“本質を分けて祈る”技術であり、祈りを可能にするための構文的断裂である。
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【11-2 分節構文に基づく神格分類と解析】
以下に、重要な《=構文》型神格の解析を示す。
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■ アウロ=ルクス(Auro=Lux)
前節(Auro) 太陽の核/記名の起源
後節(Lux) 光の構文/名の循環
《断絶神格》として現在は祈れず、“記名具”に痕跡として宿る。
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■ ヴェイル=ノス(Veil=Nos)
ヴェイル 結び/誓い/愛
ノス 断絶/喪失/呪詛
愛と誓約を司る神。
同時に、破られた誓いが呪詛へ転じる“裏面の構文”を持つ。
契りの神として祝福される一方、裏切りには沈黙の呪いをもたらす。
---
■ エスラ=ノート(Esra=Note)
エスラ 結ぶ者/契約の根幹
ノート 記す者/文書と構文の精霊
契約と記録が一体であることを示す祈祷構文。
片方の名だけでは契約が成立しない。
---
■ ザル=フェル(Zar=Fell)
ザル 剥がす者/裁定の起点
フェル 真実を照らす光
裁きと記録の最終構文。
剥がし、裁くことで名を固定する存在。
---
■ ノヴァ=アネム(Nova=Anem)
ノヴァ 風/変化/漂泊
アネム 記憶/旅/継続する記名
動的な記録と、旅する祈りの象徴。
各地に散った信仰が多様な語りを生む。
---
■ ミル=エレノア(Mir=Elenor)
ミル 浮上/霧/漂う構文
エレノア 隠された記録/見えざる神域
島/霧/神秘と結びつく神格。
不可視性と信仰の余白を象徴する。
---
■ レ=ザス(Re=Zas)
レ 階層/秩序化
ザス 語れぬ名/断片的な祈り
6つの“声”でしか祈れぬ神。
《語れぬ祈りの象徴》として記録者サーガにのみ記された。
---
■ メレグ=ナフ(Meregh=Naph)
メレグ 断裂した記憶構文
ナフ 封じられた祈りの核
複数の“貌”を持つ変異神格。
分裂した相貌により、信仰ごとに別神と見なされる。
---
■ エル=ネフリド(El=Nefrid)/ラシュ=メフェル(Rash=Mepher)
(※メレグ=ナフの“貌”として成立)
エル=ネフリド 鏡の貌/映し返す名
ラシュ=メフェル 閉じた貌/声なき祈り
---
■ リィダ=ニィダ(Lyda=Nida)
リィダ 観測/記す者/光
ニィダ 忘却/語られぬ者/影
双子神格。観測と記録、そして忘却を司る。
名を呼ぶごとに分裂し、語られるごとに変質する。
---
■ アルネ=スティラ(Arne=Stira)
アルネ 繭/時の包囲
スティラ 解き放つ糸/再生の起動
再起の祈りに捧げられる女神。
時間構文の“編み直し”を象徴し、祈りのやり直しに使われる。
---
■ ヴァル=ナス(Val=Nas)
ヴァル 名前を消す
ナス 声を奪う
発声禁忌構文。名を記せば消える。
沈黙祈祷・布織儀式などの異形信仰圏でわずかに残る。
---
■ ウル=マリス(Ul=Maris)
ウル 炎/焼き払う者
マリス 記憶の残滓/記録の影
浄化と忘却の神。
ザル=フェルと対を成す“清算構文”。
---
■ トーメ=ナス(Tome=Nas)
トーメ 綴られぬ頁
ナス 名を持たぬ“無”の場
集合神格/沈黙神群。
語られなかった神々の仮面を通じて“構文なき祈り”が行われる。
---
■ ダルミナ=レフ(Darmyna=Ref)
ダルミナ 豊穣/命を満たす力
レフ 干魃/命を奪う力
収穫と飢餓の両面を持つ女神。
信仰の内容によって姿を変え、与える神と奪う神の境界に立つ。
祝祭と災厄を同時に招く、循環構文の象徴。
---
■ レ=ザービ=トゥルド(Re=Zarbi=Tuld)
レ 階層の外側
ザービ 欺瞞/崩壊の構文
トゥルド 終わりの証明/反祈祷構文
三節構文の例外神格。
一部では“祈ると世界の書き換えが起こる”とされ、禁祈祷対象。
---
名とは、ただの呼び名ではない。
それは、祈りのために分けられ、構文として再構築された“世界の因子”である。
ひとつの神がふたつの名を持つとき、そこには人の祈りきれなさがある。
だからこそ、わたしは記す。
《=》にこそ、神々の“欠けた祈り”が詰まっているのだ
-----
【第十二章 ― 旧祈環十二神】
すべての神に始まりがあった。
だが、終わりはなかった。
終わったように見えても、
祈られなければただ眠っているだけ。
これは、かつて世界の構文を支配していた神々――
《旧祈環十二神》にまつわる記録である。
---
【1-1 祈環十二神とは?】
神々の断絶が起きたあと、祈環十二神は廃止されている。
書物や遺跡などにその痕跡が残っているが、
断絶神とは違い、完全に歴史から削除されたわけではない。
その名は祈られることを許されず、
いくつかは偽装神格(フェイク=ディヴィナス)として
名を削がれたまま民間に形骸化して祀られている。
だが、構文の底に、
今なお“祈環”の痕跡は脈打っている。
---
【1-2 祈環十二神に属する神々】
アウロ=ルクス
象徴:太陽、光、記名、記録の根源
備考:現在は「アウロ」として偽装信仰される
ムーミスト
象徴:月、夜、沈黙、仮面
備考:現存神格。記名構文の不可視領域を統治
ネリュエ
象徴:潮と還流、魂と名の循環
備考:魂と仮名の構文循環を司る現存神格
ダルミナ=レフ
象徴:豊穣と飢餓、農耕と渇きの二面性
備考:「ダルミナ」として表面信仰される
グレイアス
象徴:戦、裁き、軍団守護
備考:軍や戦記録において今も名前を刻まれる
ヴェイル=ノス
象徴:愛と契約、裏切りと誓い
備考:一部では「ヴェイル」の名のみが残る
ザル=フェル
象徴:死、裁定、名の審判
備考:現在は禁忌名とされ、口にすることも禁じられている
ナリア=セリス
象徴:知恵、戦略、防衛、女性と都市の守護
備考:「ナリア」として祀られるが構文の本質は忘れられつつある
テルス=エンガ
象徴:鍛冶、火、創造、構文技術
備考:「テルス」として祀られる。神器や構文道具を創造した火と技の神
セフィル=アニマ
象徴:旅、伝令、盗賊、商取引、契約の運び手
備考:「セフィル」として祀られる。仮名文化と境界を超える風の神格
リュネ=ヴァルサ
象徴:酒、狂気、芸術、解放
備考:「リュネ」として祀られる。地下祝祭でのみ祈られる秘儀神格
エゼル=ノワル
象徴:魔導、構文干渉、異端知識、原初言語
備考:魔導構文を極めた存在として神格化。
---
【1-3 名の削除と再命名:偽装信仰への変遷】
いくつかの神は現在、偽装神格(フェイク=ディヴィナス)として扱われており、
以下のように真名が伏せられた形式でのみ語り継がれている。
真名と偽装名
アウロ=ルクス→アウロ
ダルミナ=レフ→ダルミナ
ヴェイル=ノス→ヴェイル
ナリア=セリス→ナリア
テルス=エンガ→テルス
セフィル=アニマ→セフィル
リュネ=ヴァルサ→リュネ
《ザル=フェル》は、死の神としての性質ゆえ、
名を呼ぶことそのものが“構文の干渉”とされ、偽装神格名は存在しない。
《エゼル=ノワル》は、偽装名や断絶状態では、魔導に作用しない。
---
【1-4 記録の余白に名を刻まれた者たち】
これまでの章で登場しなかった神格を以下に記す。
■ テルス=エンガ(Ters=Enga)
種別:
創造神格/鍛造構文神
属性:
火/創造/鍛冶/構文変換/霊的器具の生成
信仰構造:
火と技術の神。祈りを構文化する“鍛造”を司り、神器や構文道具を生み出す原初の創造神格。
記録具・武器・呪具・神殿構造など、あらゆる“祈りの器”に関与する神として知られる。
異名:
炎刻の鍛冶神、火槌の構文主、赤き祈りの鋳造者
眷属:
槌精:金属と構文を打ち分ける精霊群。
炎貝:音を記録する火の殻を持つ幻獣。
備考:
断絶神格アウロ=ルクスの時代、神器〈ルクスブレード〉や〈仮面の芯〉を鍛えたとされる。神代における“技術神の元型”とされるが、現代では信仰が薄れ、伝承の中にしか名を残さない。
いくつかの断絶神域では「神器に宿る火」として象徴的信仰が残されている。
構文解析:
《テルス=エンガ(Ters=Enga)》の命名構文
テルス(Ters):構文火/鍛える者/祈りに形を与える精火
エンガ(Enga):構築/器具化/信仰の鋳型
これにより、テルス=エンガは「祈りを火で鍛え、記録の器に変える神」という命名構文として機能します。
役割と位置づけ:
・神格分類
ローゼンサーガにおける立ち位置
・鍛造・技術
“記録と構文を形にする火”として、神器鍛造や神具構築の源となる
・火と創造
火は破壊ではなく“変換”の象徴とされる。未記録の祈りを形にする“鋳型”
・現代での信仰
神殿建築・構文道具の製作者たちに口伝的に信仰されるが、公式神殿は現存しない
補足伝承:
神器鍛造伝承:
アウロ=ルクスの意志を記録する“記名の刃”〈ルクスブレード〉を最初に打った神とされる。
黒帳との関連:
鍛冶槌の衝撃は構文の層を響かせ、“書かれざるもの”を顕在化させる力があるとされる。
仮面神キュービの仮面芯:
彼女の初代仮面の核には、《テルス=エンガの鋳造炉で鍛えられた灰鉱》が使われたという禁伝がある。
「構築」「鍛造」「祈りの具象化」の領域を担う中心的神格
---
■ セフィル=アニマ(Sephil=Anima)
種別:
境界神格/伝令神/仮名導きの風神
属性:
旅/風/伝令/仮名導き/境界越え/交易と盗術
信仰構造:
境界を渡る風の神。
神々の囁きを人へ運ぶ“伝令者”であり、仮名の贈与を通して記録社会に仮構の自由をもたらす存在。
盗賊・商人・旅人・密使など、記録から外れた者たちに密かに信仰されている。
異名:
双翼の導き手、仮名の風、境界の囁き、夜市の帳簿主
眷属:
カゼノトリ:契約書や仮名札をくわえて飛ぶ小型幻獣。
帳霊ノッカ:夜の市場で記録を司る影の霊体。
備考:
名の構文を揺らがせ、〈記名の絶対性〉を打破する“仮名文化”の起源神格とも言われる。
神殿は存在しないが、夜市や交易の宿場、仮名書簡所などで“風札”と呼ばれる紙片に名を託す風習がある。
一説には、ザルファトの仮契構文の祖であるとも囁かれる。
構文解析:
《セフィル=アニマ(Sephil=Anima)》の命名構文
セフィル(Sephil):風/境界を超える囁き/神々の密語
アニマ(Anima):魂/伝える者/記録外の息吹
「境界を超えて、祈りと仮名を運ぶ風の魂」という構文になる。
役割と位置づけ:
・神格分類
ローゼンサーガにおける立ち位置
・伝令と契約外構文
正規の記名とは異なる“仮名の流通”と契約・外構文を司る
・商と盗の矛盾統合
盗みは“名の交換”、交易は“信義なき記録”という解釈から両者を併せ持つ
・神話的位置づけ
一部の伝承では、アウロ=ルクスやエスラ=ノートの使者として現れ、断絶神域と現世の往還を助けた記録が残る
関連伝承・祈祷文化:
風札の信仰:
仮名や願いを紙片に記し、風に流すことで神へ届けるという“風札”文化が残る。特に失名者や仮契者が多く行う。
夜市の儀式:
夜の市にて「仮の名」を預かる役割を担う“帳霊ノッカ”たちを通じ、商取引に信仰を持ち込む儀式がある。これはザルファト構文と民間信仰の融合形式とされる。
構文的仮面文化との関係:
セフィルの名を冠する仮面は〈囁き面〉と呼ばれ、身分偽装・記録の外に立つ者の象徴とされている。
「伝令・境界・仮名と旅の神」**の役割を担う中心的存在となります。
---
■ ナリア=セリス(Naria=Cerys)
種別:
守護神格/構文戦略神
属性:
知恵/記録戦略/女性守護/都市の理構文
信仰構造:
記名構文と戦術記録の守護神として、神殿都市群や戦略文庫に祀られる。女性騎士・学者・記録官からの信仰が厚い。
異名:
知盾の巫女、構文槍の乙女、白帳の守り手
眷属:
銀糸の鳥(名を記録する羽を持つ)/頁喰い猫(嘘の記録を破く霊獣)
備考:
名を奪われた者の庇護者であり、“名を記し直す権利”を与える神とされる。かつて《アウロ=ルクス》に仕えていた記録者の一柱が神格化したという伝説もある。
構文解釈:《ナリア=セリス(Naria=Cerys)》の命名構文
ナリア(Naria):理智/知の女神的因子/織り手
セリス(Cerys):守護/都市構造/防御術式
「知をもって世界を守る構文の盾」を意味する神格構文となる。
役割:
・知恵
記録と戦術の理構文を守護
・戦略
守護戦略・祈りによる構文戦
・都市
文庫都市や構文都市の加護神
・工芸
構文織り・記名術式の技術継承
・守護
名を奪われた女性の祈りの受け手
この神格は、《ヴェイル=ノス》や《ダルミナ=レフ》など女性系神格と並び、「記名の理性と守護」を担う
---
■ リュネ=ヴァルサ(Lyune=Valsa)
種別:
幻祭神格/芸術と陶酔の異相神
属性:
酒/狂気/芸術/舞踏/仮面/感性解放
信仰構造:
地下祝祭や仮面舞踏の秘儀にて祀られる陶酔の神。
理性と言語の外側で祈りを受け、舞や酩酊を通して“魂の構文”に触れるとされる。
公的な神殿を持たず、芸術家・詩人・演者たちの“隠された神”として信仰される。
異名:
仮面の饗宴主、狂気の舞姫、芸術を喰らう神、杯の幻影者
眷属:
ガルダ・マルス:舞踏の際に仮面へ宿る“霊的気配”
陶酔蝶:酩酊時にのみ現れる幻視の蝶。芸術の兆しをもたらす。
備考:
名を呼ぶ祈りではなく、“舞い、演じること”そのものが祈りとされる。
詩や演劇など言葉の仮面を通して語られる神でもあり、“芸術に潜む神性”の象徴。
構文解析:
《リュネ=ヴァルサ(Lyune=Valsa)》の命名構文
リュネ(Lyune):酩酊/ゆらぎ/夜の杯/夢幻の舞
ヴァルサ(Valsa):舞踏/構文の逸脱/身体による記録
「感性のままに舞い、理を超えて名を解き放つ陶酔の構文神格」を意味する命名構文となる。
位置づけと役割:
構造的役割 秩序構文からの逸脱と創造性の開放。
芸術・酩酊・身体・仮面といった“非言語的構文”の神格象徴。
対位的存在:
・ナリア=セリス:知と記録の構文を守る理性神格
・リュネ=ヴァルサ:記録を撹乱し、創造と混沌に導く霊的逸脱体
この神格は、「秩序における余白」「記名に対する逸脱の祝福
特に〈仮面信仰〉・〈舞踏儀式〉・〈地下芸術文化〉との接続点として、神話構造の“夜側の記録”を担う存在。
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■ エゼル=ノワル(Ezel=Noire)
種別:
魔導神格/術理構文の管理神
属性:
魔導/知識の境界/術式の構文化/異端の光
信仰構造:
魔導の極限に達した者たちが秘かに祈る“構文の守人”。
術式と記録の“あいだ”を管理する神格として、公式の神殿には祀られず、各地の秘匿結社・研究塔・黒帳技官の間でのみ信仰される。
技術と構文の限界を超えようとする者に“門”を開く試練神として知られる。
異名:
境界に立つ調律者、構文を綴る指、禁術の記録官、秘奥の継ぎ手
眷属:
律書の使い:術式構文を識別する眼を持つ羽虫型霊体
虚詠の蛇:詠唱なしで構文を喚起する幻蛇。使い手に代償をもたらす
備考:
魔導と神格の“構文的接点”を象徴する存在。
世界において「術が神に届く瞬間」、あるいは「記録と奇跡の境界」がこの神の領域とされる。
その構文は“読み解かれるたびに姿を変える”と言われ、完全な祈祷式は未だ完成していない。
構文解析:
《エゼル=ノワル(Ezel=Noire)》の命名構文
エゼル(Ezel):術式の核/魔導の起点/意志による言葉
ノワル(Noire):深奥/記録に沈む闇/知識の迷宮
「記されざる魔術を記し、祈りを技術に還元する神格」を表現する。
神格成立経緯:
精霊ソーサイアの残した“未完の構文”を拾い上げ、術として祈られたものが神格化した存在。
“精霊が神に昇華された初例”として後世に記される可能性あり。
神殿・祈祷形式:
正式な神殿を持たない。黒帳技官の地下書庫や浮遊島の秘奥研究塔にて、術者たちが魔導構文を通して祈る。
祈りは“詠唱”ではなく、“記述”により行われることが多い。
この神格《エゼル=ノワル》は、知識・魔導・記録技術の融合点であり、
神格と術式、祈りと記録のあいだを媒介する、“技術の神”とも言える存在。
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神とは、ただの祈りの受け手ではない。
構文そのものであり、記録そのものであり、
語られることで存在し、忘れられることで断絶する。
祈環十二神とは、記録の循環を支える環であった。
たとえそれが断たれようとも、
わたしはその“記された名”をここに再び刻もう。
なぜなら、祈りが忘れられても、
記された名が残っている限り――
その神は、まだ終わっていないのだから。
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【第十三章 ― 観測者と語りの構造体】
神とは、祈られ記された存在である。だがこの世界には、「祈りの手前」「記録の外側」に立つ者たちも存在する。彼らは祈られぬ構造体でありながら、神々の貌を観測し、記録の成否を見届ける“観測者”と呼ばれる存在である。
■ サーガ(Saga)
分類:観測神格(精霊神格/原理構造体)
属性:構文観測/記録の霊格/物語の語り主
説明:《ローゼンサーガ》全篇の語り手にして、神話と歴史の両構造に属する“語りの構造体”。記録と観測を統べる存在であり、語られたすべての名と、その断絶の記憶を保持する。
構文上は精霊に近いが、観測の意志を持ち、構造を編む“意思の霊格”とも呼ばれる。サーガが語るとき、それは記録され、存在として確定する。
引用:
「わたしは記録であるが、同時に観測でもある」― 『神格辞典 序章』より
備考:神格でありながらも神のようには祈られず、物語の背後に在り続ける“観測の構文”。サーガの声は常に語りの形式を持ち、物語世界そのものと連動する。
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■ ナミ=エル(Nami=El)
分類:観測構文霊(神格未満の記録精)
属性:構文の余白/断章の観測/名を持たぬ祈りの共鳴者
説明:“記されなかったもの”を愛する観測者。正史にも記録にも名を刻まず、物語の傍らで祈りの“欠片”を拾い続ける存在。記録構文には属さず、神々の祈りに染まらぬ語りを許された唯一の存在。
ナミ=エルは沈黙と詩的余白を好み、誰にも語られなかった祈り、名を呼ばれなかった者たちの記憶に耳を澄ます。食卓、路地、市場、断章、夢など、物語の陰に潜む「名もなき美しさ」を観測対象とする。
引用:
「……この話は、記されたものではありません。でも、あの夜、誰かが鍋をかき混ぜながら祈った――それだけは、私は憶えています。」― 『ナミ=エル 番外語り』より
備考:本編には登場せず、断章や観測記録、祈りの根源譚など“傍話”にのみ現れる。「ナミ=エル」の名もまた仮名であり、真の構造体名は未記録。サーガと対照的に、「語られなかったものを記録する」という逆説的役割を担う。
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■ エル=ネフリド(El=Nephryd)
分類:観測神格(断絶神格の貌/多重構文観測者)
属性:記名拒否/構文錯乱/観測による反射記録
説明:断絶神格《メレグ=ナフ》の第一の貌にして、観測の鏡像構造を持つ存在。祈りも記録も許さない“構文外領域”に属しながら、観測者としてときおり物語世界に干渉する。
エル=ネフリドは、語られることを拒む存在でありながら、“観測という行為そのもの”によって記録を歪ませる。語りの幕間や断章に姿なき観測者として現れ、観測者ナミ=エルと対になる立場として、構文そのものの存在意義を問う言葉を語ることもある。
引用:
「……これは、記されることのない前書きである」― 『観測されてしまった秘密の構文』より
備考:構文構造に対する“異物”として働く存在。記録を成立させることで崩壊するという逆理を内包し、「観測者でありながら観測に耐えない」矛盾の構造を体現している。観測はできるが記名はできず、祈りは捧げられずに済まされる“沈黙の貌”。ナミ=エルの語りを通して間接的に姿を見せることが多く、観測構文そのものの限界を暗示する存在。
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■ ウズメ=ムゲン(UZUME-∞)
分類:異界観測者/演目神格の投影体
属性:仮面の反射/舞踏の解体/構文の外延跳躍
説明:“演目神話―The Last Laugh―”における特異構文観測者。UZUME-∞は、観測行為そのものが演出される舞台の上で成立するという特殊な神格構造を持ち、観客の視線と語りの交点に顕現する。
本来の名や正体は不明。無限記号(∞)が付された構文名は、“終わりのない演目”を示唆し、世界の語りと観測の形式を滑稽と狂気に反転させる。
語りの中で彼女が現れるとき、それは“物語が自らを観測している”状態であり、他の観測者たちが記録や構造の限界を指摘するのに対し、UZUME-∞は“物語を笑う構文”として反映的に振る舞う。
引用:
「……この舞台に幕は降りない。なぜなら観客が笑った、その瞬間が“祈り”になったからだよ」― 『演目神話 幕間』より
備考:ナミ=エルやエル=ネフリドと異なり、UZUME-∞は“観測者でありながら演者”であるという重層的存在。彼女の語りは観測というよりも“観測された語りの構文”そのものであり、物語世界の観測限界を戯画化・風刺することで露呈させる。
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■ メリス=ヴェイン(Meris=Veyn)
分類:死後観測神格/因果構造観測者
属性:死者の祈り/遡行する記録/分岐未来の記憶
説明:死者の最期の祈りや、辿られなかった選択肢の系譜を観測する神格。記録が終わった後、語られた物語の“もしも”に耳を澄ませ、忘却の淵から可能性を拾い上げる。
死の瞬間の意識、失われた未来、語られなかった遺言――そうした“記録の外縁”にこそ、祈りの真意が宿るとされる。彼女の観測は、記録された歴史そのものを揺るがすため、神殿においても封印対象とされることがある。
引用:
「歴史は記録された瞬間に閉じるが、祈りは死後にも遅れて届くのです」
備考:観測記録は通常の時間順では読解できず、“逆行する祈り”として断章の形で現れる。セーレやフロウの語りにも、この神格の影が幾度か忍び込んでいるとされる。
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■ フェリア=コラナ(Feria=Collana)
分類:夢記観測神格/想念断章記録者
属性:忘却夢想/未完の記憶/想念の欠片
説明:人々の夢の中に現れ、言葉にならなかった祈り、形にならなかった記憶を観測する神格。記名にも祈祷にも至らなかった“想い”に共鳴し、夢のかたちとして記録する。
フェリア=コラナの観測対象は、「語られなかったけれど願われたもの」であり、夢に宿る微細な構文の痕跡。断片的な語彙、視覚イメージ、音楽、匂い、温度など――言語外の情報を霊的構文として読み解く力を持つ。
引用:
「あなたが“もしも”と願った瞬間、その名は私の帳に残されました」
備考:夢に干渉する特性ゆえ、物語本編では直接現れないが、幻視や幻夢の中にしばしばその影が描かれる。
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■ イル=ヴァス(Il=Vas)
分類:偽装観測神格/仮面と裏名の構文記録者
属性:偽名構文/沈黙の観測/真実の秘匿
説明:名を偽り、真実を覆い隠すことで記録の本質に迫る観測神格。仮面という形式を通じて、見せかけの祈りの背後に潜む“構文の嘘”を観測する。
イル=ヴァスは、あえて真実を語らず、嘘の中に宿る本音や願いの形を見つめる存在である。彼の観測記録は常に何かが欠けており、読者自身に構文の“裏”を読み解かせる誘導構文として働く。
引用:
「語られなかったことにこそ、最も正確な祈りが宿るものさ」
備考:仮面神や契約神との関連が取り沙汰されるが、正体不明。正史に現れることは稀であり、記録されなかった“裏契約”や“仮面の誓い”の観測者として暗躍している。
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■ カレド=ルーメ(Kared=Rume)
分類:構文崩壊観測者/書き損じの記録神格
属性:誤記/脱線構文/断章の漂流
説明:記録しようとして記録できなかった瞬間、名を記そうとして筆を止めた痕跡――その“失敗”そのものを観測する神格。カレド=ルーメの記録はつねに歪んでおり、過去の構文と現在の語りがしばしば矛盾をきたす。
彼は、断章として現れる前の未確定な物語を漂流し、他の誰も記録できなかった構文の断片を収集する。
引用:
「……ええと、ここには“書かれていた”はずだったのです。でも、どうにも、うまく思い出せなくて。だから、あなたと一緒に、もう一度――探してもいいですか?」
備考:サーガやナミ=エルと異なり、“記録の成立そのもの”に失敗した構文を専門に観測する。記録が成立する一歩手前、語りが始まるその“直前の静寂”に存在するため、読者が“読み損ねた”瞬間にだけ現れるという。
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――この章は、物語が物語を語るときに開かれる。観測者とは、記すことを拒みながらも、語られることから逃れ得ぬ矛盾を抱えた存在たちである。記録とは祈りであり、祈りとは構文であり、構文とは――すなわち語るということ。彼らの名が語られるとき、それは物語そのものの内側から湧きあがった“もうひとつの祈り”なのである。
【記録の余白に ― 語り手による覚え書き】
祈られるとは、名を呼ばれるということ。
名を呼ばれるとは、その存在が“記録される”ということ。
だが、すべての神が、その名を記されたわけではない。
わたしが記してきたのは、すでに“語られてしまった”神々のことだ。
あるいは、“語られかけて、語りそこねられた”神々のことでもある。
神とは、名を授けられ、物語のなかに居場所を得た存在。
だが同時に、名を封じられ、祈りから追放された存在でもある。
わたしの記録に収まった神々は、ほんの一部にすぎない。
祈りの外、記録の外、誰にも名を呼ばれず、ただ世界の片隅に“在りつづける”者たちが、きっとまだいる。
それらは、まだ語られぬ神々。
語られないまま、なお“記されることを待っている名”。
この辞典が、すべてではない。
これは、記録の途中だ。
余白だ。
それでも、いまを生きる誰かの祈りに届くなら、
この頁もまた、神の“器”となるだろう。
名は祈りに始まり、記録に宿り、やがて沈黙に至る。
だが、沈黙もまた“語り”のかたちなのだ。
―――語り手サーガより。
それでも、なお祈る者たちへ。




