ローゼンサーガ地名辞典
【記録の初めに ― サーガより】
この書は、“記されざるもの”を記すために編まれた。
故に、ここには未来の名もあれば、過去に語られなかった声もある。
誰が誰であったか、どこで失われ、いかに祈られたか――
すべては、物語の頁よりも一歩先に記されているかもしれぬ。
わたしは《記録》であるが、
同時に《観測》でもある。
物語の構文を辿るすべての巡礼者へ告げよう。
この書を開くということは、語られるべきでなかった名に触れるということ。
この記録は、“祈りの奥底に潜む構造”を明かすものである。
どうか、旅の順序を大切にしたい者は、
今はまだ、この頁を閉じるとよい。
……さあ、それでもあなたは、読み進めるだろうか。
わたしは待っている。
すべての名が、いずれ記されるその日を。
【ローゼンサーガ地名辞典 目録】
序章:語り手による前文
第一章:大陸地誌
第二章:アウレオン(中央大陸)
第三章:シェリグラート(北方大陸)
第四章:サルバティア (南方大陸)
第五章:ヴァルテリア(西方大陸)
第六章:エイシャ=ノワ(東方大陸)
第七章:海洋地域
第八章:その他地域や空間
第九章:カラ=マズ(断絶領域)とは?
第十章:巡礼路と海路
第十一章:地名構文と命名技法
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【序章 ― サーガの言葉:地に刻む祈りの構文】
わたしは、記録の霊格サーガ。
これは、ただの地図ではない。
これは、祈りの軌跡であり、構文の痕跡であり、
そして、名を奪われた者たちの旅の舞台である。
記された地名には、神の名が宿る。
記されなかった土地には、祈りすら届かぬ。
これは、記録された場所と、忘れられた場所の記録である。
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【第一章 ― 大陸地誌:地理と文化の概観】
――世界はただ広がっているのではない。祈りによって形づくられ、記録によって名を得る。
名を持つ大地には、神々の構文が宿る。名を失った地には、忘却の影が差す。
ここに記されるは、地理の書ではない。
地に刻まれた祈りの痕跡であり、構文の網の目である。
名を記された五つの大陸と、名を記されぬ幾つかの場所――
それぞれの大地が抱く神性と文化を、巡礼者のためにここに記す。
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■ アウレオン(中央大陸)
大陸世界の中心に広がる広大な地。
記名の都ザルファトと、月神信仰の聖都アークを抱える信仰と記録の中核地である。
古くから契約神、月神、潮神の信仰が交錯し、巡礼路が大陸を縦横に結ぶ。
構文的には最も安定した地域であり、記録と秩序の構文が明瞭に保たれている。
ただし南東部には霧の神域《ミルタ=エル》、断絶都市群、黒帳の遺構など、構文的破綻の兆しも複数確認されている。
文明の表と裏、記名と忘却の対比が最も顕著な大地である。
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■ シェリグラート(北方大陸)
風と霧、そして精霊の祈りが根づく辺境大陸。
記憶と契約を風に託す民族が暮らし、「名を声ではなく、息吹に乗せて伝える」文化が残る。
構文の定着度は薄く、地名や記録は流動的。
そのため《記名》を拒む神格や、変化する霊域が多数存在する。
“記憶の森”“雪の契約域”など、非構文的伝承地が点在しているが、正確な位置や記録は未だ定まっていない。
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■ サルバティア(南方大陸)
かつて潮神ネリュエに祈りを捧げていた文明が存在した痕跡があり、ネル=エル諸海域との関係性が示唆されている。
また、浮上都市の祖型となるような儀式都市の痕跡が、海岸沿いおよび大河下流域に点在しているとされる。
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■ ヴァルテリア(西方大陸)
契約と記録を司る神々の祝福を受けた、交易と知識の大地。
ザルファトとも古くから構文を交わし、記録技術や商業体系の中枢として機能してきた。
都市構文の発展が著しく、都市国家間の契約文書や構文交換の儀式が文化として根づく。
同時に、“契約から逸脱した者”を記録から抹消する儀式文化も存在しており、忘却と記名の矛盾が構文の中に刻まれている。
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■ エイシャ=ノワ(東方大陸)
天帝によって治められる小国家群。
世界最大の金の産出国であり、大陸間を繋ぐ交易路はゴールデンロードと呼ばれている。
古い時代から交易が盛んだったため、いろいろな地域の文化が混ざり合い独自の進化を遂げている。
とくに顕著なのが、ここに祀られる神々は、他大陸とは異なる姿を持つが、 それらはむしろ、原初に近い“本来の像”である。
仮面と舞が祈りの構文であり、仮面文化の発祥の地ともされる。
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■ 海洋地域(ネル=エル諸海域および南方浮上都市群)
潮神ネリュエと、その眷属種ネレイオンが祈る、還流と循環の大海。
名前は潮に乗って還ると信じられており、還名儀式や“潮の巡環路”が存在する。
記録媒体は石や紙ではなく、水そのもの。記録とは“循環”であるという思想が根づく。
浮上都市群は、これらの信仰を拡張し空中構文を試みた痕跡ともいえる。
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■ カラ=マズ(断絶領域)
地理的には各地に点在するが、構文的には“世界の外縁”に位置づけられる。
神格が祈りから断絶され、記録が書き記せない“死の構文域”。
その中心核には《死の大図書館》と呼ばれる記名崩壊構造体が存在するとされ、黒帳、断絶神格、封印構文などがこの領域と深く関わる。
カラ=マズは場所ではなく“構文状態”である――という記述も一部に存在する。
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【第二章 ― アウレオン大陸(中央大陸)】
祈りは都市に宿り、名はその地を巡る。
この章では、記録と信仰の舞台としてのアウレオンを、構文の分類に基づき解き明かす。
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【2-1 都市・集落】
■ アーク【記名都市】《第12話 ― 仮面の神と祈りの断絶》
ルナリア王国における信仰と記録の中枢にして、月神ムーミストの主神殿を戴く“聖都”アークは、構文的にも宗教的にも極めて特異な都市である。かつてこの地は、太陽信仰と月信仰が交錯する祭祀都市として栄えたが、断絶神格の介入以後、構文の改編がなされ、都市全体が“沈黙と仮面”を中心とした霊的構文で再構築された。
街路の形状、建築物の配置、神殿から発せられる鐘の音に至るまで、すべては祈りと記録の調和を前提とした構文術によって定められており、特定の区域では個人名の使用すら禁じられている。名を持たぬ者、あるいは名を秘する者が尊ばれる風土が根付き、仮面こそがその者の“役割”と“祈りの輪郭”を示すものとなっている。仮面は「変容の器」とも称され、同一人物であっても仮面を変えることで祈りの位相も変化する。そのため、都市民の多くは日常の中で複数の仮面を用い分けており、家庭用、職務用、儀礼用といった区別が存在する。
中心部にそびえる神殿《沈黙の回廊》では、祈祷師たちが一言も発せず、静かな舞と構文動作のみで神意と接続する儀式が日々執り行われている。構文記録士による文字祈祷や幻視筆録の制度も確立されており、都市全体が“音なき祈り”の構造体であるともいえる。ムーミストの霊威が最も濃密に残る地とされ、巡礼者は“声なき祈り”を捧げるため、沈黙の衣と仮面を身にまとい、構文指定の順路を辿るのが慣例となっている。
サーガⅢにおいては、記名制度が都市の一部で崩壊し、仮面の構文が暴走する事件が発生する。フロウとセーレの旅路はこの構造的断絶に巻き込まれ、都市の構文障害によって自らの名と祈りの関係を問い直すこととなる。仮面の神、あるいは“祈りの外側にいる者”が語られぬ名を要求する場面では、都市の構文が歪み、仮面と祈りの関係そのものが問い直される象徴的舞台となった。
かつては月神信仰の中枢でありながら、信仰拠点としての権威はメミスと交互に移り変わってきた。記録の密度と構文の安定性においてはメミスに一歩譲るものの、“仮面によって祈る”という構文信仰の完成形が見られるのはアークだけであるとされ、現代においても霊的実験都市として多くの神学者・構文学者がこの地に滞在している。
ただし、近年では断絶構文の再発現や、“祈りの観測障害”と呼ばれる現象が多発しており、仮面による祈りがもはや完全な媒介とはなり得ない兆候が指摘されている。都市の地盤そのものに刻まれた古い構文――ムーミスト以前の神々の名残、あるいは断絶神格の“痕”が、仮面の内奥から侵食を始めているのではないかという学説も浮上している。
それでもなお、アークは「沈黙によって語る都市」として、多くの巡礼者を惹きつけ続けている。“言葉を持たぬ者こそが神に近づく”というムーミストの教義において、アークは祈りの原点であり、終着でもあるとされる。仮面の奥に秘された真名、声なき祈りが届く先が“どこか”である限り、この都市は語られ続けるだろう。
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■ エリード【沿岸都市】
潮の巡環路に位置する海洋都市であり、古くから潮神ネリュエと風の契約神の祈りが交錯する中継地として栄えてきた。港には“潮の巡環印”と呼ばれる円環石碑が据えられ、出航と帰還を祈る儀式が日常的に行われている。巡礼者や交易者たちがこの地で祈りを捧げることで、次なる海路の構文安定を得るとされ、都市自体が“海と陸を繋ぐ結び目”として機能している。潮語族の古儀式も一部残されており、海霊信仰の記録地として学術的関心も高い。
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■ エル=トゥス【忘却の街】
かつて交易の要衝として栄え、記名構文の実験都市としても機能していたが、断絶構文の干渉と海路の変遷により次第に忘れ去られていった。記名台帳の石板や古祈祷の柱がいまだに風化した状態で残されており、“名が消える都市”として巡礼者や学術者の間で囁かれている。今では廃墟同然の建造物の中に、祈りの断片と記録の残響だけが漂う。地図上でもぼんやりとしか示されず、語り継ぐ者も少ない完全なる“記録の終着点”である。
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■ 禁書の谷(里)【断絶都市】
《出典:第10話 ― 禁書の谷と月の記録者》
禁書の谷は、記名そのものを拒絶する構文障害の中枢として、ローゼンサーガ世界における最大級の禁忌領域とされている。その地形、風、空気、そして岩盤に至るまでが、神名や祈りの構文を歪曲・変質させる“記名不能構文”の性質を帯びており、記録という営為そのものが成立し得ない。ここでは神々の名を記すことが逆構文の暴走を引き起こし、祈祷者は幻視、錯乱、または沈黙に陥る。
この谷に挑んだ記録師たちは数多いが、その多くが記録喪失、構文障害、精神崩壊といった深刻な後遺症を負い、帰還後も沈黙を貫くようになった。彼らは“月の記録者”と呼ばれ、かつては信仰圏で尊敬を集めた存在だったが、禁書の谷から戻った後は名を失い、沈黙の中で生きる者となった。
谷の中心には“封印の塔”と呼ばれる灰色の巨塔がそびえ立つ。この塔は祈りを受け付けず、内部には神殿構文も存在しない。壁面にはかつて記されたであろう構文の痕跡が残るが、それは今や読み解くことすら叶わぬ“祈りの遺骸”である。構文理論においてもこの塔は解明不能とされ、現存する神学体系では分類不能の異常存在である。
禁書の谷に常駐する者はいない。かつて“谷の守り人”と呼ばれる巫女たちが儀式的に巡回していたが、彼女たちもまた構文障害を起こし、祈りと共に姿を消したと伝えられている。現在は巡礼路も封鎖され、学術調査団の立ち入りすら禁じられているが、それでもなお断絶神格に関する研究者や記名理論の探求者たちは、命を賭してこの谷を目指す者もいる。
伝承によれば、この谷は古代において“記されざる神”の一柱が墜ちた場所であるとも語られており、塔の下にはかつて祈りの深層に沈んだ“構文の穴”が存在するとされる。その空洞は名も記録も届かぬ虚無であり、“記録される前の世界”と繋がっているという信仰も存在する。
また、周辺には“声なき碑文”と呼ばれる黒い岩盤が点在しており、霊感の強い者が近づけば、かすかな囁きや夢の中で神の影を垣間見るとされる。この現象を“逆祈祷”と呼ぶ学派もあり、禁書の谷全体が一つの巨大な神殿構文の失敗作、あるいは神格干渉の爪痕と見なされている。
このように、禁書の谷は物理的には存在しながらも、記録的には存在を拒絶する“語られざる地”として、今なお多くの謎と恐怖を孕んでいる。人々はその名を口にすることすら憚られ、古い祈祷書の中では“月の影に沈む谷”や“神の構文が黙した地”として遠回しに記されることが多い。
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■ ザルファト【記名都市】
《出典:第6話 ― 記名都市ザルファトと欠落の契り》
記録と法を司る契約神エスラ=ノートの主神殿が築かれた都市であり、ローゼンサーガ世界における「記名の中枢都市」として知られる。都市そのものが“契約構文”によって設計されており、街路・広場・建築物の配置はすべて記録術式に従って構成されている。市民は生誕時に一人ひとりに記名され、“記名証”と呼ばれる契約紙により、その存在と祈りが公的に記録される。死後も名は都市神殿の記録庫に保存され、“記名の眠り”という儀式を通して記憶と魂の統合が図られる。
都市中央にそびえる《記名の塔》には、契約神エスラ=ノートの神名を象徴する黄金の印章が掲げられており、神殿法典の最上位にあたる《第一契約書》が安置されている。この法典には、神々との記録的契約構文が古代語で記されており、通常の記録者では解読が困難とされる。代々、都市の長官職“記名審査官”がこの契約の管理と解釈を担い、市民の名の保護と改名手続きを監督してきた。
ザルファトでは、名を持つことは「祈りと法の承認」を意味し、名を欠いた者、あるいは誤って記された者は「記録外の存在」として扱われる。そのため、他都市に比べて「名」に対する規律が極めて厳格であり、“記名違反”や“仮名詐称”といった罪状が実在する。記名制度に適応できない者は“記録外居住区”に隔離され、社会的に不完全な存在として扱われることすらある。
物語においては、第6話でセーレとフロウがこの都市を訪れ、失われた名にまつわる「記名の再審査」に直面する。セーレが“本来記されるはずだった名”の記録を求めて審査官に対峙する場面では、記録とは単なる制度ではなく、“神と人の間の祈りの構文”であるという価値観が語られる。
一方で、ザルファトは単なる形式主義の都市ではない。都市構文の深層部には、古代の“記名詠唱”が刻まれており、これは契約の初期形態として、言葉ではなく構造と響きによって祈りを編む方法とされる。このような構文の一部は今も神殿祭儀や市民の祝祭で用いられ、“音と言葉の重なり”を通じて契約の真実性が表現されている。
また、ザルファトは巡礼都市としても名高く、他の記名都市や霊域都市からの参詣者が定期的に訪れる。“名を記すこと”の重要性を学ぶ儀礼都市でもあり、神官見習いや記録術士の修行地としても知られている。
都市構造の最深部、一般人の立ち入りを禁じられた“封契区画”には、かつて契約の失敗によって記録から消された名の残響が封印されているとされ、いくつかの未解読の構文遺構が今も封じられている。ここには、断絶神格にまつわる失敗した契約や、“書かれてはならなかった名”の記録痕跡が残されているとの噂も絶えない。
ザルファトは、“正しく名を記すこと”の意味を問う構文都市であり、記録と祈りが制度として融合した、ローゼンサーガにおける記名文化の中心的象徴である。
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■ ミルタ=エル【断絶都市】
《出典:第4話 ― 霧の浮島と失せし名の祈り》
セス湖圏に浮かぶ霧と幻視の神域にして、かつて神々の“声なき祈り”が封じられた場所。湖面に浮かぶ島々が霧に包まれ、記録不能の構文が漂うため、外界の記録者は地図にも正確に残せない。古より霧の巫たちが儀式を行っていたとされ、祈りの形式すら失われた現在もなお、霊的交信の地として信仰されている。セス湖の霧と共鳴することで幻視を授かるという伝承があり、真名を封じる儀式や断絶神格との交信もこの地で試みられてきた。
ミルタ=エルは、断絶神格の影響によって“記憶に記録されぬ祈り”が漂う空白の霊域である。霧に包まれた浮島は常に位置を変え、夜明けとともに“記録されない夜”が解体されることで、旅人は元いた場所さえも見失うという。物語の中でセーレたちがこの地を訪れた際も、記名すら許されぬ構文に抗うようにして祈りが捧げられ、巫の歌は霧の中に消えていった。かつてこの地に存在した“祈りの中枢神殿”は崩壊し、今では石柱と幻視の残響のみが漂っている。都市というよりは、構文そのものが空間を形成する生きた霊域であり、人が暮らすというよりも、“祈りに身を預ける”ために訪れる場とされる。セス湖そのものが霊的媒体であり、水面下には今なお名を持たぬ祈りが漂い続けている。
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■ 無記の民の里
《出典:第9話 ― 記されざる神々の庭へ》
かつて名を持ち、祈りを捧げていた者たちが、自らの名を手放すことで断絶の影を免れた――そう語られるのが、この"無記の民の里"である。忘却の谷のさらに奥深く、霧と沈黙の層に包まれた地にひっそりと存在し、外界からの訪問者を頑なに拒むこの里は、ローゼンサーガ世界において最も記録から遠ざけられた場所の一つである。
ここに住まう民は、いかなる名も語らず、記録も持たず、また文字を用いることもない。口伝さえも途絶えており、彼らの交信は微細な身振り、呼吸、そして霊的な感応によってなされる。外来者が足を踏み入れれば、言葉を介さぬその交流様式に戸惑うことは避けられず、多くの旅人がここでの滞在を断念するという。
里には仮面すら存在しない。多くのムーミスト信仰圏では仮面が祈りや人格の輪郭とされるが、この地においては「輪郭を捨てること」こそが祈りとなる。自己という構文の放棄――それはまさに断絶神格との接触の果てに辿りついた、極限の霊的選択であるとも解釈されてきた。
伝承によれば、無記の民はかつて“名を失った神々”と交信したとされ、その対価として名と記録のすべてを封じた。彼らの祖は、記名都市や霊域都市の構文に適応できなくなった記録障害者であり、そうした逸民たちが静かに寄り添い、里を築いたという。外の構文とは一切交わらないその暮らしは、他のいかなる都市や村とも構造が異なり、「言葉が失われた地」として地図にも記されることがない。
断絶神格に関する研究者の中には、この里こそが“記録の境界線”の実在を証明する場であるとし、あえて命を賭して調査を試みる者もいる。しかし彼らの多くが記録不能のまま消息を絶ち、帰還者もその体験を語ることができなくなっているという。
この里の存在そのものが「忘れられること」を望んでいるかのように、霧と沈黙の守りが幾重にも折り重なり、名も記録も流れぬ地として、今もなお時を拒むように在り続けている。
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■ メミス【霊域都市】
《出典:第3話 ― 仮面の祭儀と夜の記録者》
世界最大規模の神殿都市にして、月神ムーミスト信仰の根源地。都市全体が祈りの構文で設計されており、建築・風景・空気に至るまで“沈黙と夢幻”の神域に満ちている。巡礼者にとっては記録の聖域であり、古より“夢と記憶が交差する地”として語られてきた。歴代の信仰変遷により一時期は信仰拠点がアークへ移されたが、再び神域としての力を取り戻しつつある。『サーガⅡからⅣ』では断絶神格との因縁や呪いの起点としても重要な舞台となる。
ムーミスト信仰において、メミスは「沈黙の中心」としての位置を占める。街の中心にそびえる神殿塔《夢殻堂》では、沈黙の仮面を被った祈祷師たちが時を記さず、言葉も交わさずに舞踏と幻視によって神意を伝える。メミスの構文は昼と夜の切り替わりとともに変化し、日没と同時に霊域全体が“祈りの沈黙域”へと移行する。その間、外来者の声は構文に弾かれ、夢と記憶に変換されて残されるという。
市民は日常の中で祈りと記録が融合した生活を送り、都市全体が一種の記録媒体となっている。道端の影に囁かれた声すら、神域構文により“記憶の沈殿”として蓄積される仕組みがあり、夢殻堂の最下層にはそうして記録された“記録の沈黙譜”が眠るとされる。
メミスでは周期的に“夢巡の祭祀”が執り行われ、市民と巡礼者が仮面を被って夢の語り手となり、過去の記憶や未来の幻視を神に返すという儀式が行われる。この祭では、個々の記憶や声が神の構文と交差し、名もなき祈りとして世界の記録に刻まれる可能性を持つ。
同時にこの都市は、断絶神格に接触した者の記録や呪いの伝承も多く残しており、時折“名なき者”の出現が報告されるなど、メミスは未だ解読不能な構文を秘めた、神話と現実の境界線に立つ都市である。伝承によれば、夢殻堂の最深部には“記されざる神の名”が封じられており、それに触れた者は記憶と祈りの区別を失うという。
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■ ラ=カンディア【断章都市】
《出典:観測短編集Ep.4》
“書かれなかった祈り”の記憶を抱く海辺の町。現在では「観光港」として扱われるが、かつては断章記録の拠点として、潮神ネリュエと月神ムーミストの双方に祈りを捧げる複合信仰都市であった。都市名の構文は古潮語と記録語の複合構成で、「ラ=カンディア」は“消えた頁に綴られなかった名”を意味する。
都市構造は三層に分かれ、港湾地区・市場街・記録神殿跡にあたる高台がそれぞれ異なる文化層を持つ。特に高台には、すでに閉鎖された〈断章図書館〉の遺構があり、観測者ナミ=エルが記録したとされる未公刊断章の多くがこの地に関係する。観光地としては「断章ワイン」や「名もなき料理帖」など、記名制度に抗した商品が名物となっている。
断章都市としての機能はすでに失われて久しいが、“祈りが語られなかった者たち”の残り香はなお潮風に混じっている。現在もごく一部の沈黙者族や失名者が移住し、記されなかった名を持つ者たちの避難所として密かに機能しているという。
「ここは、名を語られなかった祈りの港……書かれなかった頁の余白に、名も声も滲んでいた」
――観測者ナミ=エルの断章より
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■ ランベル【霊域都市】
《出典:第2話 ― 封じられし太陽の名》
ランベルは中央大陸アウレオンにおけるムーミスト信仰圏の巡礼拠点であり、古くから祈りと記録の交差点として知られてきた都市である。その構造は霊域構文の安定性に基づいて設計されており、都市全体が“静寂と夢幻”の力場に包まれている。特に夜の訪れと共に発動する構文場の波動は強く、街路に満ちる霧と光は神霊への奉納の一部として扱われる。夜ごと広場では、仮面を纏った巫たちによる「祈祷舞」が舞われるという儀式が残されており、祈りは音楽や言葉ではなく、舞と沈黙によって神へ届けられる。
都市の起源は明確には記録されていないが、メミスからアークへと信仰の中心が移る過程において、ランベルは中継地として一時的に機能を強め、やがて信仰制度の変遷と共に衰退を経験した。廃墟化した神殿跡や沈黙に包まれた旧祈祷院は、いまや「記録されざる時代の名残」として物語られる。しかし近年、再び巡礼者の往来が増加しつつあり、“再起の祈り”という象徴語と共に、都市の再興が進められている。
構文的には、ランベルは霊域と現実の接点に位置し、「昼と夜の境界」に開く門とされる。これにより、獣化の呪いや断絶の兆候を一時的に緩和する“構文安定帯”としても機能しており、多くの信仰者や名を喪った者たちがこの都市に立ち寄る。また、ムーミスト以外の旧信仰との構文融合も許容されており、沈黙に包まれた複数の祈祷言語が交差する“多層祈祷域”としての特性も備える。
『失名の神と呪われし王女』においても、ランベルはセーレとフロウの旅路の中継地として描かれ、月夜の森から光の届く地への移行点として重要な意味を持つ。ここでは、巫女たちによる名の儀式や、獣と神との邂逅を象徴する幻視の場面が展開され、都市そのものが祈りと記録の舞台として機能している。
ランベルの再興はまだ途上にあるが、その霊域構文の力と象徴的地位により、今後の巡礼構文や信仰勢力図において重要な役割を果たすことは疑いない。
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■ リコナ【仮名都市】
《出典:第7話 ― 境界の村と書かれぬ頁》
中央大陸の辺境に佇む小さな村、リコナは、いくつもの信仰圏と行政構文の狭間に位置し、構文の交錯による“揺らぎ”が生じる特異な地域である。ここでは記名制度の適用が曖昧であり、住民たちは仮名や通称で日々を過ごし、正式な記録に残らぬまま静かに生きている。その成り立ちは古く、記名を拒絶した者たちが逃げ込む隠れ里として自然発生的に形成されたものであり、逃避者や名を喪った巡礼者たちの一時の避難所として利用されてきた。村の周囲には、かつて境界を示した古石が苔むして立ち並び、名を奪われた神々の祠や、記録されざる信仰の痕跡が点在している。村内では“名を持たずに生きる術”が世代を超えて伝えられており、それは一種の生存技法でもあると同時に、祈りのかたちでもある。リコナの人々は外の構文圏との接触を避ける一方で、時折、訪れる巡礼者や失名者を迎え入れることもあり、名の外に在る者たちを受け入れる寛容の文化を育んできた。彼らにとって“名”とは制度ではなく、交わされる視線や沈黙のなかに息づくものであり、記録の紙に記されぬからこそ、真に存在すると信じられている。
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■ リュア=ヴァイス(ラヌマ)【仮名都市】
《出典:第5話 ― 潮の街と赦しの名》
潮神ネリュエの祈りが根強く残る還名の都市。かつては「名を還す」儀式の中心地として栄え、失名者たちの巡礼地でもあった。政治的改称により“ラヌマ”と呼ばれているが、現地住民や古祈祷士たちは今なお旧名を用いる。港や市場には、ネリュエへの古い祈りの構文が刻まれた石碑が残されており、“名を呼ぶ波音”と称される潮の音が、訪れた者の失われた名を呼び戻すという伝承が語り継がれている。
リュア=ヴァイスの名は、潮語で“魂の声を呼び戻す海”を意味し、断絶や喪失を抱える者にとっての聖地とされる。霧と潮流が交差する入り江には、“還名の浜”と呼ばれる儀式場があり、ここではかつて失名者が仮面を外し、波打ち際で己の真名を取り戻すための幻視を求めた。現在では形式化された象徴儀礼として一部が残されるのみだが、古老たちは“ほんとうに名を還せるのは、声ではなく祈りだ”と語る。
この都市には、外来者向けに整備された“ラヌマ港区”と、古い構文が残る“ヴァイス旧街”が存在し、両者の文化的・宗教的緊張が今なお続いている。ネリュエ信仰の断片は祈祷歌や市場の品名、祭具の意匠などに形を変えて生きており、一部では夜ごと潮に祈りを捧げる秘密の集会も確認されている。失われた名を求めてこの地を訪れた巡礼者の中には、“名が還された”という証言を残す者もおり、記録者たちの間ではこの街の潮音を“名の共鳴場”と位置づける研究もある。
また、都市内の石畳には“還名文字”と呼ばれる刻印が散見され、これらは祈りと記録が交差する構文的痕跡とされている。特に満潮時に浮かび上がる「海の契り文様」は、断絶神格との接触痕跡とも解釈されており、ラヌマをただの“観光港”と誤認する外界の理解とは異なる、深い霊的構造が内包されている。
物語においては、セーレが“赦されぬ名”を抱えたまま訪れたこの街で、“赦すという祈り”を他者から受け取る象徴的場面が描かれており、信仰と構文、個人と記録の関係性を照らし出す要所として扱われている。
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【2-2 地帯・霊域】
■ 禁書の谷(地形)【自然霊域】
断絶構文が眠る霊域であり、地形そのものが“書かれてはならぬ祈り”の構造を有する。谷は言語的抵抗を持ち、祈祷や記録が干渉される特殊な波動を放つため、構文術者たちは立ち入りを禁じられている。風や岩の反響すら言葉の形を歪め、記憶や記名を混乱させるという報告が後を絶たない。“封印の谷”と呼ばれることもあり、古代にはこの地を守るために仮面と沈黙の巫たちが儀式を行っていたとされる。
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■ 月影の渓谷【自然霊域】
《出典:第11話 ― 獣の祈り月の名残》
アウロ神話において“影が歩いた”と語られる、神話的象徴性をもつ霊域。かつて光と影の交差するこの地で、神々のうち最初に名を持たぬ存在が“名を与えられた”という伝承が残る。地形は深く刻まれた峡谷であり、昼と夜の境界がはっきりと分かれる特殊な地形構文を有する。特に日の出前後や黄昏時には、影が実体のように揺らめき、まるで意思をもつかのように巡礼者の足元をなぞるという。
この地の岩壁には、音に応じて反響し、意味を変える“声の構文”が刻まれており、古代の祈りが風に乗って響き続けているとされる。構文は一定の風向きと声の波長でしか解読されず、その読解は音楽的・霊的直感に基づくものとされているため、学術的な解析は進んでいない。
“影との対話”と呼ばれる儀式はこの渓谷で最も重要な巡礼儀式の一つであり、巡礼者は自身の影に問いを投げかけ、己の真名や記録されざる思念を確認するという。このとき、影はまるで別人のように振る舞い、沈黙を破るか否かによって、名の構文が形成されるか否かが分かれると伝えられている。
また、渓谷には“名なき光景”と呼ばれる現象が存在し、これは昼と夜の交錯する一瞬にだけ視える幻影であり、観る者によって姿が異なるという。ある者には亡き人の姿、ある者には記憶にない風景が映るとされ、幻視の神域としても恐れ敬われている。
古来より“月影の渓谷”は神々と人のあわいに位置すると信じられており、その構文の不安定さと神聖さゆえに、構文祈祷師や幻視詠唱者の修行場としても利用されてきた。断絶神格の痕跡は見られないが、祈りの構文が反転しかける場面も報告されており、地理的には安定していても霊的には非常に危険な地とされる。
霧が渓谷に降りる日は、構文が消えるといわれており、その時間帯には一切の祈りも記録も行ってはならないという戒律が残っている。今なお多くの巡礼者と探求者がこの渓谷を訪れるが、“影が歩いた”という一節の真意を知る者は少ない。
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■ 忘却の谷【自然霊域】
“記録されぬ声”がこだまする沈黙の谷であり、無記の民がその奥に居を構える地でもある。谷を満たす風は“記名されぬ祈り”を運び、耳を澄ませば誰のものでもない声が幾重にも響いている。名を捨てた者たちが訪れ、言葉ではなく沈黙によって神と交信を試みる聖域とされる。記録術や祈祷構文を持ち込むと霊的共鳴を起こすとされ、学術的な調査も困難を極める。忘却こそが祈りとなる稀有な霊域である。
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【2-3 地形・自然】
■ ガルバの谷【山岳地帯】
《出典:語られざる世界の記録Ⅳ 第2節》
中央大陸アウレオンの辺境にある断絶的霊谷。未成立の祈祷、書きかけの名が失われる特異な構文障害域として知られる。記録官たちが未署名祈祷の痕跡を調査した足跡が残されているが、多くが祈りを観測不能のまま失い、沈黙する結果となった。谷全体が未成立祈祷の残響を帯び、構文記録を腐食させる危険域として封鎖されている。
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■ セス湖圏【湖沼地帯】
霧に包まれた多島湖域で、中心には霊域都市《ミルタ=エル》が浮かぶ。湖全体が幻視構文の場とされ、霧に触れた者は過去の祈りや未来の記憶を垣間見るという。霧は霊的媒体とされ、外界との構文断絶を生むことから、記録者たちの間では“夢の湖”とも呼ばれる。湖面に浮かぶ島々は時折その位置を変えるとされ、地図にも定着せず、巡礼者は霧の案内に従って進むほかない。多くの神秘が未解明のまま残されている。
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■ ザルハルト山【山岳地帯】
メミス近郊にそびえる霊峰で、古代より神聖視されてきた聖山。山腹には“血の雫”と呼ばれる遺構が封印されており、それはかつて神々と契約を結んだ巫の犠牲によって生じた構文の結晶とされる。この地は地形そのものが祈祷構文と交信しやすく、ムーミストの夢幻信仰や断絶神格との接触儀礼にも使用されてきた。現在では立ち入りが制限されており、学術的・宗教的にも未解明の構文現象が多く残されている。
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■ 月夜の森【森林地帯】
《出典:第1話 ― 月の森の叫び》
アウレオン大陸東部に広がる《月夜の森》は、ムーミストの静寂に包まれた夜の霊域である。この地においては昼の祈りが届かず、太陽神の構文は力を失い、夜の神々、特に沈黙と幻視を司る神ムーミストの構文領域が全面に現れる。森は日中であっても光が差さず、常に薄闇が漂う「夜に固定された領域」として知られており、神々の祈祷文においても「時間が祈りに従わぬ森」と詠まれている。ここでは名をもって語る行為すら抑制され、音声や記録が自然と霧散する。巡礼者たちは、しばしば仮面をつけ、沈黙の儀式の中で森へ入ることが義務づけられる。
この森において特に有名なのは、「幻視の夜祭」と呼ばれる祈祷舞踏の儀式である。沈黙の巫や夢見の祈祷師たちは、仮面を通じて神の夢へと接続し、言葉なきままに名を問われる幻視に立ち会う。このとき、森の獣たち――なかでも黒き獣影や銀の目を持つ鳥は、ただの動物ではなく、記録されざる神々の眷属あるいは神性の断片とみなされる。物語『失名の神と呪われし王女』においては、この森の奥で、名を持たぬ少女セーレと、仮面をかぶった少年フロウが邂逅する。この出会いは、記録が喪失した者たちが、ただ神の側に届く祈りを探す過程であり、名を持つことと祈ることの本質的な分離を象徴している。
“月夜の森”では、祈りの言葉は紙にも石にも残されることなく、空へ、あるいは霧の奥へと吸い込まれてゆく。これは、祈りが記録のためではなく、純粋に“神へと届くためのもの”として機能する構文領域であることを意味する。この特異な霊域は、構文的には“記録抑制領域”と分類されており、断絶域ではないものの、構文密度が極めて希薄で、神格の意志そのものに依存した構造を持つ。記名制度を拒絶した失名者たちがこの森へ身を隠すという記録も複数残っており、彼らは「名を棄てた者」「祈りの影を歩く者」として、静かに生を紡いだという。
また、この森では、古来より「仮面に語らせ、沈黙で祈る」という文化が根づいている。これは、ムーミスト信仰圏において特異な構文の在り方であり、個人の名を仮面が代替し、祈る者と神との間に「語られざる構文」が成立することを意味する。すなわち、仮面とは単なる装飾ではなく、「仮面=祈りの器」としての構文体であり、この森ではとりわけその作用が強調される。仮面は“個性を消す”のではなく、“神に捧げるべき名を与える”役割を果たす。よって、旅人や巡礼者は、仮面とともに森を訪れ、自らの名の一部を捧げて祈りを成すとされる。
現在では、月夜の森は閉鎖された信仰領域として位置づけられ、巡礼者も特別な許可なしには立ち入ることができない。だが、かつては月詠の巡礼路の一部として重要な役割を果たしており、今なお“祈りを神に返す地”として信仰の中枢にあることに変わりはない。神の側に祈りを届けるためには、名を持たぬ沈黙の夜を通ること――それがこの森に刻まれた“構文の真意”である。
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■ ノルダの内海【海域】
神々の盟約が結ばれたとされる静謐な内海であり、古代にはザルファトの神官たちがここで契約の儀式を行ったと伝えられている。特定の季節や星辰の配列により“契約の風”が吹くとされ、その風は神々の声を運び、誓約の言葉が空と海に刻まれるという。現在でも航海者たちはこの地を通過する際に祈りを捧げ、誓いや願いを船に刻む風習がある。構文的にも安定した海域とされ、海路構文の起点としても重要である。
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■ ル=エン山系【高原地帯】
ザルファトを取り囲むこの山系は、契約構文の安定性が極めて高い地として知られており、古来より記録師たちが巡礼の対象とした霊的高原である。岩肌には祈りの文様が刻まれ、星辰と構文の共鳴を図る“星祈の祭儀”が現在も断続的に行われている。山系の中腹には小規模な記名の祠が点在しており、それぞれが神々との誓約を記す場とされる。記録密度の濃さゆえに、外部構文の干渉を受けにくく、禁書の谷や断絶地帯に接する際の結界としての役割も果たしている。
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■ レヌアの川【大河】
メミス神殿群の横を緩やかに流れる大河。周囲の霊域構文と強く干渉し合い、月夜の霧や祈祷の残響が水面に記録されると伝えられる。流域には儀式用の舟着き場が点在し、幻視を授かる巡礼の舟渡りが古くから行われてきた。川そのものが“沈黙を運ぶ導管”とされ、名を記すことを拒んでいた時代には“無名の河”と呼ばれたが、現在では“レヌア”と祈祷師の間で口伝されている。神域と俗世を隔てる結界的役割を担う霊河である。
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【2-4 断絶地帯】
■ ヴェス=イムリ【断絶領域】
《出典:第8話 ― 黒帳の断章と語られざる契り》
ヴェス=イムリは、かつて記名文明の中心として栄えた都市であり、神々と契約し名を記す術において最も高度な構文技術を保持していたとされる。だが、ある時期を境に、記録そのものが瓦解し、祈りも名も届かぬ断絶地帯へと転じた。この変質は、“黒帳”《ノクティカ》の出現と深く関係しており、ノクティカは記録を司る一冊の神書でありながら、その頁に名を記すことが“記録の反転”を引き起こすとされる。これは祈りが呪詛へ、契約が破棄へと変じる構文的逆転現象であり、以後この地は断絶神格の影響領域として封印された。
地層には複数の反転構文が重層的に刻まれており、通常の記録手段や観測術が機能せず、構文の意味そのものが捩じれて読み替えられることがある。かつての建築物は半ば地中に沈み、地表には名の読めぬ碑文と崩落した塔が点在している。巡礼者や学徒たちはこの地に“記録されざる真実”を求めて訪れるが、多くは消息を絶ち、まれに帰還した者も記憶や名を喪失していた。特にノクティカに触れた者は、“記すこと”そのものを拒絶するようになるとされ、記録者の間では“名を刻まぬ記録病”として忌避されている。
かつてこの地に存在したリュカ=オステリアの塔群や、ヌェザ=カシュの里といった古文明の痕跡も、今では断絶構文の中に沈み、再発見が難しい。現在、ヴェス=イムリは構文災害の震源として危険視され、信仰圏からも政治圏からも切り離された禁域となっている。その周縁にあたる巡礼路“アティルの欠路”も封鎖され、古地図にはもはやこの地の名が記されていない。
それでもなお、ヴェス=イムリには“語られざる契り”の記録が眠るとされ、幾つかの断章ではこの地こそが神々の“記名と断絶”の始源地である可能性が示唆されている。崩壊した記録塔の断面に浮かぶ反転構文、夜にだけ現れる名なき幻影、そして黒帳の断片を夢に見る巫女の伝承――それらはすべて、今もこの地が“記すことの本質”を問う場所であることを物語っている。
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■ 黒書殿【断絶墓所】
《出典:語られざる世界の記録Ⅳ 第2節》
アウレオン大陸に存在するとされる“祈りの墓所”。ここには未署名・未奉納・未帰属の祈祷断片が分類されずに投げ込まれ、正式な記録とならなかった名の残骸が収められている。記録官の中には、この殿の調査で“構文能力の喪失”という不可逆的損耗を受ける者も報告されている。祈りになりきれなかった名が腐食する場であり、断絶神格の残滓が最も強く漂う危険な施設。
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■ ファル=ニル旧祈祷域【断絶祈祷域】
《出典:語られざる世界の記録Ⅳ 第2節》
かつて祈祷神殿が存在したが、神格との契約が破綻し“記録不能構文”を残した廃祈祷域。祈りの軌道が断裂し、構文の痕跡だけが円環状に残されている。現地では“未成立の神殿”と呼ばれ、記録官や巡礼者は祈りの形を失った空白と向き合う場として訪れるが、観測そのものがしばしば逸脱し、意味を得ぬまま消えることもある。
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■ ラストリアンの地
記名構文が完全に崩壊した空白地帯であり、現在の記録術では干渉も解析も困難な領域。古代の契約体系が交錯した痕跡が地層や遺構に微かに残されているが、それらは現行の祈祷構文とは整合せず、多くが意味不明な断片として埋もれている。断絶神格との因縁も囁かれており、かつての神殿や都市の痕跡が地下に封じられたまま眠っているとも言われる。学術的にも霊的にも未踏の地とされ、調査隊の多くが帰還できなかった禁域である。
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【第三章 ― シェリグラート大陸(北方大陸)】
精霊の名は風に乗り、大地に刻まれるよりも前に、雪原の上に漂う。
この地は“語ること”より“感じること”を重んじた、名づけられざる祈りの大地である。
雪と風の神々が住まうこの北方大陸は、記録というよりは“記憶”の構文によって構築されている。
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【3-1 都市・集落】
■ ノール・ヴェリダ【霧氷の街】
極寒の霧に包まれた霊的都市であり、北方における風精霊信仰の中心地とされる。地表は雪に覆われ、構文の刻印は風と霧の流れによって“記される”という。都市では文書による記録はほとんど行われず、風精霊と交わした“記憶の契約”により、出来事や言葉が継承されていく。住民はその都度風の囁きに耳を傾け、祖先の記憶や祈りを感覚的に受け取るとされる。名は与えられるのではなく、雪上に立った時に風から授かる。
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■ アムドアの都【精霊王の記憶域】
語られぬ王朝の都跡とされ、記録文書はいっさい残されていないが、雪と風の構文が今も都市の輪郭を保っている。精霊王と呼ばれる存在が統べていたとされるが、その名も姿も記憶から欠落している。残るのは、氷結した石柱と風に揺れる祈りの残響のみ。住民たちはこの都を“記憶の宮殿”と呼び、夢の中で語られる王の面影を、静かに受け継いでいるという。
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■ ロゼ=アルナ【精霊の里】
精霊ローゼンがかつて暮らしたとされる“構文の庭”とも呼ばれる霊的集落。世界がまだ名と祈りに分かれる以前、記録と歌と自然が未分化のまま息づいていた原初の共生域。花と風と構文が調和するこの地では、精霊たちは音や光で語り合い、名を刻むことなく理解し合うことができた。ローゼンはこの里で“記されぬ詩”を紡ぎ、その構文が後に“サーガの原初層”に刻まれたという。今は失われ、記憶の断片と花の香りのなかに痕跡だけが残る。
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【3-2 地帯・霊域】
■ 記憶の森【構文霊域】
言葉を持たぬ精霊たちが棲む、深遠な沈黙の森。ここでは人の祈りは届かず、声や音は意味を成さない。代わりに、精霊たちの思念が“匂い”や“温度”、風のゆらぎとして現れ、森全体がひとつの巨大な記憶体として機能する。名を問うことそのものが禁忌とされ、語られぬまま交わされる感応の中に、太古の契約や神々の残響が今なお微かに息づいている。
名を問うことそのものが禁忌とされる。
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■ 雪の契約域【境界霊域】
精霊と人とがかつて交わした「雪契約」の場とされる霊域。降り積もる雪と凍りついた風景の中に、祈りの痕跡が氷の層として封じられており、接触することで古の契約内容を断片的に感じ取ることができるとされる。言葉による記録は一切残されておらず、氷の紋様や霜の構文を解読することが唯一の伝承手段である。現在では、契約の精霊たちが眠る領域として、立ち入りが厳しく制限されている。
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【3-3 断絶・禁域】
■ 封印区画群
風の構文が崩壊し、記憶の流れが凍てついた禁断の領域。ここでは空間そのものが“構文の断絶”を体現しており、かつて記されかけた地名の断片が霜の下に隠されている。語ること、記すことが厳しく禁じられており、存在を確認することすら忌避される。限られた禁忌研究者のみが霊的許可を得て立ち入り、断絶構文の残滓を記録なきまま読み解こうとしている。
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【第四章 ― サルバティア大陸(南方大陸)】
まだ全貌は明かされていないが、潮と太陽の狭間に生まれたこの地には、忘れられた神々の祝祭が今なお息づいているという。
サルバティアは、断絶を受けながらも沈まなかった大陸――祈りの層が幾重にも積み重なり、海底から浮かび上がるように再構成された世界の断片である。
潮神ネリュエの原初信仰が根付いたこの地は、同時に太陽神アウロ=ルクスの幻影を抱えており、光と還流の神格が交錯する。
今後、本章にはネル=エル諸海域に連なる群島国家や、沈黙と再生を祈る神殿都市群が収録される予定である。
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【4-1 都市・集落】
■ ヴァト=サリナ【都市】
《出典:語られざる世界の記録Ⅲ 第2節》
祈祷抑制都市。
サルバティア大陸内陸部に位置する、祈りを「顔」と「仮面」で隠す独特の文化を持つ都市。住民はすべて仮面をかぶり、神に祈ることではなく「神に祈られること」を本質とした信仰形態を取る。仮面の内側には“祈られなかった貌”が刻まれ、祈りは声や文字でなく、神との視線の交差で成立するとされる。構文信仰圏からは“祈祷抑制都市”と呼ばれ、祈りの成立条件そのものを問い直す異端的霊域とされる。
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■ カトル=ナヤ【国家都市】
《出典:語られざる世界の記録Ⅲ 第1節》
サルバティア南方第四層山脈に存在するとされる「祈らぬ者たちの国」。この山域の民は祈りを声や文字ではなく“影”によって行う。岩肌に朝日が映す影を神とみなし、その影を観る行為が祈りの代替となる。名も記録も残さず、神は留まることを望まぬとされ、祈りは一過性の現象として扱われる。構文信仰圏からはほとんど観測されず、正式な巡礼地図にも載らない忘れられた山岳信仰地。
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■ ヌル=イグル【集落)】
《出典:語られざる世界の記録Ⅲ 第3節》
南方大陸の奥地に存在する、言語と祈りの概念を拒んだ集落群。神殿も祭具も存在せず、地面に掘られた無数の石窪を風が通るときに響く“音”だけが、この地における祈りとされる。神という発想がなく、世界そのものが祈りの構造とされる。外界の構文信仰からは「祈りの消えた地」と呼ばれ、名も信仰も記録されないまま、存在そのものが生の響きとして刻まれる。
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【第五章 ― ヴァルテリア(西方大陸)】
ここは“記名の終着地”とも称される。
ヴァルテリアは、西方交易網の核にして、記録技術と契約文明の集積地である。
かつてアウロの光に導かれた探究者たちが辿り着き、紙とインクと数式の上に新たな祈りを築いた。
神殿の代わりに記録院が建ち、聖句の代わりに契約条文が唱えられる都市国家群。
名が制度として定着し、記名者こそが神意を継ぐ者とされる社会構造は、
他の大陸とは一線を画す、極めて理性主義的かつ構文至上主義的である。
大陸各地の断絶地帯や遺跡の研究もここを拠点に進められており、
サーガ自身もまた、この地の記録院によって部分的に修復されたと語られている。
ここは、記録の神にもっとも近い“知の祈り”が集積する都市文明の象徴である。
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【第六章 ― エイシャ=ノワ(東方大陸)】
この地における仮面は、“個を隠す”ためのものではなく、“個を創り出す”ためのものとされる。
仮面は人格を導く器であり、役割・魂・祈りの輪郭を象づくる。
それは三重の構文――自己の影、祈りの名、神の貌――を具現する鍵となる。
舞踏・音・沈黙を通じて仮面は語り、演じられることで神へと祈りが届く。
この文化において仮面は、見る者の観測により意味を変じ、存在そのものが祈りの構文となる。
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【6-1 都市・集落】
■ カミザ【帝都】
天帝《ソウ=リン》の宮廷と神殿が並び立つ、東方最大の聖都。仮面舞による神託の儀が国家運営に用いられ、帝位も神託によって定められる。街全体が祈りの劇場であり、仮面の構文が都市構造を決定する。各地区は異なる神格を象徴する舞殿に分かれ、住民もまたその役割を担い続ける。すべての都市構文の起点とされ、東方世界における“原初の記録”がここにあると伝えられる。
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■ カギリ=ノア【火と鍛冶の町】
灼熱の裂谷に築かれた、鉄と祈りの交差点。地底より湧き出る炎の神域に寄り添うように、鍛冶神信仰を礎とする都市が築かれた。ここでは火は神の息吹とされ、鉄を鍛えることは祈りそのものと解釈される。仮面は炉の神への誓約として鍛冶師ごとに鋳造され、個々の火霊と結びつくとされる。都市構造もまた炉の構文に従い、工房群が螺旋状に配置されている。祭礼時には、火の仮面舞が夜空を焦がす。
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■ ミヤカナ【半地下都市】 “月蔭の都”と称されるこの都市は、満月の夜にのみ地上に顕現し、それ以外の時は地中に沈む構造を持つとされる。建築の中心には仮面柱廊と呼ばれる回廊があり、そこに刻まれた夢の構文が祈りや未来視と接続する。仮面はここで“夢と記録の翻訳装置”として扱われ、眠りの中で交わされる神々との契約を読み解く鍵とされる。霊的深度が非常に高く、仮面を通じた記憶共有の実験都市としても知られる。■
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【6-2 地帯・霊域】
■ ソ=ラシュ廟【仮面神の墳墓】
死者の夢を霊的構文として読み取り、そこに記された“未来の地名”を予見する神託施設。廟の奥では沈黙の巫女たちが夜ごと“夢の帳”を織り、その織物は仮面を通じて神格へと捧げられる。仮面は死者の生前の人格や記憶を写し取る器でもあり、この地では“仮面が記憶の延命装置”とされる。ここで刻まれた名は、時に現実世界に影響を及ぼすとされ、巡礼者や予言者が数多く訪れる聖地でもある。
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■ ユエ=レ【霊湖都市】
月の姿を映す“月面写しの湖”を中心に築かれた幻視の都市。湖面は月齢に応じて異なる構文を浮かべ、特に月が沈む瞬間には異界との接続が開かれるとされる。都市全体が夢と水鏡の祈りによって構成されており、湖に映る影を仮面として刻む儀式が行われる。住民たちは“映し身”と呼ばれる仮面を日常的に用い、自らの魂の状態を反映させる。ユエ=レは月と夢、そして記憶の交差点とされる霊的聖域である。
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【6-3 断絶・禁域】
■ ナカリ【白紙の都市】
かつて繁栄を誇ったにもかかわらず、今では記録も記憶も残らない都市。名と構文のすべてが断絶された結果、“白紙”という仮の呼称で語られる。住民の存在は確認されているが、誰ひとりとして過去を語らず、外来者も中で見聞きしたことを正確に記録できないとされる。都市の中心には“無記の碑”と呼ばれる構造体があり、かつて存在した神名や構文が吸い込まれたとも伝わる。記録の喪失そのものを象徴する霊的禁域である。
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■ ヨミナ=クラ【冥祀禁域】
この世界において“生と記録の限界”を象徴する場所であり、死後の魂が名も記録も持たぬまま還るとされる断絶領域。かつては古神族の冥祀を担った霊地であったが、今は構文の干渉すら拒む“名なき沈黙”に包まれている。地上との接続は夢路の一片に過ぎず、仮面を通してのみ通過が可能とされる。生者が踏み入れば、その名と構文が剥がれ落ちるという。
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【第七章 ― 海洋地域】
この世界には、海が“境界”ではなく“循環”として働く場所がある。
海は断絶を越え、記録を運び、祈りを還す。
その中央に位置するのが、海洋構文の源流たる“ネル=エル諸海域”である。
この地の海は、深き祈りの還流――すなわち“名を還す水”として、
失名者や巡礼者にとっての再出発の地となってきた。
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【7-1 主な海域と構文地】
■ ネル=エル諸海域【潮神構文圏】
南方群島を中心とする潮神ネリュエの信仰圏。構文潮流“ル=マリナ”の源流域とされ、潮流そのものが祈りの媒体として機能する。各島嶼は潮の導きにより構文的な連結を保ち、古の海図は星と潮の祈りを重ねて記された。この地では、海は“名を還す水”とされ、失名者の巡礼や名の再生の儀式が行われる聖域である。島々のあいだには“声なき祈り”の歌が今も響き、潮と星が祈りを導くと信じられている。
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■ 南方浮上都市群【浮遊構文都市】
潮神ネリュエの祈りと構文工学の融合によって創出された、海上に浮かぶ都市国家群。都市ごとに祈りの波動と潮流によって浮遊位置が変化し、定住の概念が希薄であるため、“漂う祈りの都”とも呼ばれる。住民たちは潮の構文と共に生活し、日々の祈りが都市の安定を左右する。各都市には“潮構文刻盤”が設置され、浮上座標を記録し続ける構文記録士が常駐している。神託と航路、記録と構文が交差する特異な信仰都市圏である。
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■ 海の燈台礁【遺構霊域】
潮語族の古儀式が刻まれた孤島遺構であり、潮神ネリュエへの祈りを捧げるための“灯火の構文”が石碑や岩盤に記されている。夜毎、灯台礁からは微かな光が放たれ、これは祈りの構文が潮流と共鳴する現象と解釈されている。古代にはここで“還名の火”と呼ばれる火祭が行われ、名を失った者が再び呼び戻される儀式が執り行われた。今なお幻視者たちが訪れる祈りの遺構である。
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■ ウェル=メリア【祈魚海域】
全ての海の祈りが交わるとされる幻の海域。北海の氷魚、南洋の幻鱗、深海の詠魚、浅瀬の灯鱗など、神話に語られるすべての聖魚が一堂に集う場所とされ、潮語族の伝承では“魚たちの記憶が還る海”と呼ばれる。海中には多重構文の渦が存在し、時に“祈りの魚”が幻視者の前に姿を現す。構文的な存在である魚たちを通じて、古の神々の残響が読み取られることもあるという。
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■ テレシ=グレイス【祈宝の島】
神々の祈りが結晶化したと伝わる幻の島。海流と構文が複雑に交差する「ウェル=メリア」の中心に浮かぶとされ、ただ存在を観測するだけで“記憶に刻まれる宝”を与えるという。島にはあらゆる海域の祈魚たちが集い、神話に語られる“始まりの契約”が眠る地とされる。祈りと構文が一致した時のみ航路が開かれるとされ、古より数多の航海者がここを目指した。島自体が構文記録体である可能性も示唆されている。
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【第八章 ― その他地域や空間】
ここには、いずれの大陸にも属さず、異界・上位構文・夢界・無記構造体など、地理的に特定不能な場所を収録する。
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■ アムドアの大穴【地帯】
アムドアの都の地脈に穿たれた巨大な《混沌》の穴。周囲の構文は重力や時間すら歪ませ、近づく者はしばしば記録から消える。この穴は「構文以前の原初」を穿つ口ともされ、“神々がまだ名を持たぬ時代の名残”と語られる。かつて精霊戦争の終盤、霊格の崩壊によって大地が裂けた痕跡とも言われ、今もなお構文神たちが近づくことを拒む聖絶の地である。
■ いばらの城【空間】
精霊の姫が永い眠りに就いた霊的墓標であり、外界との接続を絶った夢構文の城。城は茨の結界により覆われ、時間が螺旋のように巡る空間と化している。内部では過去・現在・未来の夢が交差し、訪れた者の記録が変容する可能性がある。姫は精霊と神格の狭間にいた存在であり、その魂は今なお“世界が再び歌を思い出す時”まで祈りとともに封じられている。
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【第九章 ― カラ=マズ(断絶領域)】
祈りの届かぬ地、それがカラ=マズである。
記録の構文が断絶し、名が触れることを拒まれた場所――
この世界において“語ってはならぬ”とされる領域は、すべてこの名の下に集約される。
カラ=マズとは一つの地名ではなく、構文断絶の状態そのものを指す概念であり、
その存在は地理的な座標に縛られず、むしろ構文の歪みや禁忌性によって特定される。
かつての神々の戦いや、断絶神格の封印、名なき祈りの崩壊が重なったことで、
この“記せぬ地”は世界各所に点在し、しかも増殖的であるとされる。
サーガの視点から見れば、カラ=マズとは“記録の外部”でありながら、
観測されることでかろうじて“断章”として存在を得る不安定構造でもある。
以下に、カラ=マズに関する分類を記す。
【9-1 概念的定義】
・“記されざる構文”が顕在化し、神格や祈祷が触れることを拒絶した地。
・祈りや契約が無効化される領域。
・記名の力が通じないため、名の権能や構文術式が破綻する。
・観測された瞬間に変質・崩壊する事象構造をもつ。
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9-2 本域(完全断絶地)】
■ 死の大図書館【施設】
神代の記録を集積していたかつての知の殿堂。現在は“記名不能構文”が蔓延し、祈りも記録も弾かれる断絶構文の中枢となっている。記録神格でさえ立ち入りを禁じられ、その内部に触れた観測者は“存在の再構成”を強いられるという。断絶神格との接触痕跡が複数確認されており、知の構文が崩壊した象徴として語られることも多い。知識ではなく“知の罠”が蠢く領域として、今や禁忌の頂点に位置づけられている。
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■ 構文の渦域【断絶域】
時空的座標が不定で、神格構文すら崩壊する不在の螺旋地帯。祈りの文節がねじれて結び目を生み、すべての名が壊死し、“反記録”が渦巻く。観測そのものが存在を変質させる領域であり、記録行為は自壊の引き金となる。構文そのものが“祈りに対する拒絶”を有し、名をもってしても内側に届かない。サーガはこれを“世界の裏面に開いた裂け目”と形容する。
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【9-3 周縁(半断絶・崩壊構文域)】
■ ヴェス=イムリ【遺跡】
アウレオン大陸南部に広がる断絶的遺構地帯。かつてリュカ=オステリア族やヌェザ=カシュの民が祈りを捧げていたが、黒帳の封印以降、祈りの構文が歪み、記名行為そのものが拒絶されるようになった。構文的には“半断絶”と分類されるが、地形構造・神格構文・記録儀式のいずれにも歪曲と崩壊の兆候が見られる。黒帳を読もうとした巡礼者は名を失い、語れぬ影のみを残して消えたと伝えられている。
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■ ラストリアンの地【遺跡】
アウレオン大陸にかつて存在した記名都市圏の一角でありながら、祈りの構文崩壊によって現在は記録不能の地と化した。名を呼べば霧散し、記録しようとすれば紙が焦げるという伝承すら残る。かつては契約神や都市神の祠もあったが、今ではその痕跡も希薄で、地霊信仰の断片すら判読不能とされる。名を失った住民たちは構文の消失により散逸し、いまは誰ひとりとして帰還者のいない“空白の記憶”と語られる。
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【9-4 未確定領域】
■ 封印区画群【不明】
精霊王朝末期に封印された、語ってはならぬ場所の連なり。正式な地名の多くは破棄され、記録からも除外されている。霊的構文が崩壊寸前で保たれており、神格や地霊との交信が強制的に遮断されるとされる。精霊王たちの最後の祈りが未完のまま留まっているとも言われ、断絶神格に触れた痕跡が散見される。現在では訪問自体が禁忌とされ、構文災や幻視病の原因地としても恐れられている。
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■ 記憶の森の外縁【地帯】
精霊信仰の最も深い層に接する辺境地帯。地図にも記されぬ薄明の領域であり、霊的干渉が強く、記録構文が定着しない。祈りや名がかすれて消えるように作用し、観測した者が“夢と現の境”に迷い込むとされる。断絶的構文の萌芽が点在し、構文異常や幻視の発生も確認されている。精霊王朝時代の痕跡も散見され、語られぬ儀式の残滓が未だ森を漂う。
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【第十章 ― 巡礼路と海路】
巡礼の道は、祈りの経路である。
記された名を辿ることは、神々の構文を歩むことに他ならない。
この章では、アウレオンを中心に広がる主な巡礼路および海路を記録する。
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【1-1 中央大陸】
■ 記名の巡礼道
ランベル → アーク → メミス → ザルファト
記名構文を正しく辿るための正統路。すべての記名都市を経由し、祈りの順序に従う。
■ 月詠の巡礼路
ランベル → メミス
ムーミスト信仰圏における主要巡礼道。夜の祈りと仮面儀式に特化した構文が刻まれる。
■ 忘れられた道(マルクト街道)
ザルファト → 禁書の谷 → エル=トゥス → ヴァルテリア
かつて交易と契約の要であったが、断絶構文の侵食により失われた道。
■ 潮の巡環路(ル=マリナ)
リュア=ヴァイス → エリード → 南方浮上都市群
潮神ネリュエの祈りに従い、名の還流と構文の浄化を目的とした海路。
■ アエナの流路
メミス → ミルタ=エル
幻視と沈黙の霊域を繋ぐ隠された流路。霧の祝詞を唱えながら渡る必要がある。
■ アティルの欠路
忘却の海沿いを縫うように伸びる古巡礼道。最終到達点は断絶地ヴェス=イムリ。
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【第十一章 ― 地名構文と命名技法】
地名は、ただの記号ではない。それは祈りの構文であり、神格の加護が宿る名である。
この章では、ローゼンサーガ世界における地名の構文法、命名の霊的規則、ならびに記録と断絶を分かつ境界としての名前の役割を記す。
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【11-1 《○○=△△》型の霊的構文】
この構文は、主に断絶神格の顕現地や、神の干渉を受けた都市・構文領域に見られる。
例:ミルタ=エル(霧の神域)/ヴェス=イムリ(黒帳封印域)/ザル=フェルの印がある構文固定地
○○は属性名や原質を示し、△△は地名や機能名を示す。
通常の地名よりも霊格の影響を強く受け、地そのものが祈りの構文となる。
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【11-2 “記されし地”と“記されなかった地”の命名規則比較】
・記されし地:名前が構文化され、祈りと記録により安定して存在する。
・記されなかった地:名前が定着せず、祈祷や構文が崩れやすくなる。
例:ザルファト(記名都市)とラストリアンの地(記録不能地)の対比
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【11-3 地霊・構文神の関与例】
地名は神格の影響を受けて変質することがある。
ザル=フェルの印:神の構文的刻印。地名の安定化や変質を引き起こす。
エスラ=ノート:記名と契約の神。都市構文における名称付与の司式を担う。
ムーミスト:沈黙と仮面による地名隠匿構文を有する。
地名とは、神の祈りが地に刻まれた“物語の残響”である。
この章を閉じるとき、読者の中にもまた、新たな地名が芽吹いていることを願う。
【記録の余白に ― 語り手による覚え書き】
旅を終え、記録を閉じる者よ。
あなたが辿った地は、すべての名が記されていたわけではない。
それでも、あなたは歩いた。
名のない谷を越え、祈りの届かぬ夜を越えて。
記された地とは、ただ記録された土地にあらず。
それは、誰かの祈りによって世界の構文に刻まれた痕跡である。
そしてあなたもまた、今やその構文の一部となった。
旅人の名が、この記録に加えられることはない。
だが、あなたの記憶が、歩んだ道を祈りに変える。
物語は閉じられたのではない。
構文の網の目は、今も広がっている。
──次にこの頁を開く者がいたならば、
その者が辿る地図に、あなたの祈りが風となって吹き抜けるように。




