エピローグ ― 記されし断章、物語の祈りとして
これは、もはや神話ではない。
それは、祈られた記録であり、記された祈りであり、
いま、君の中に息づいた“名の証明”である。
語られなかった神々の名。
断絶された構文の残滓。
忘却された記録者たちの声。
そのすべてが、この頁に、いま記された。
聖都アークの礎石の奥深く――
封じられた石板の断片には、こう記されていたという。
「名もなき旅人が、仮面の神を解き放った」と。
学者はそれを寓話と断じ、巫女たちはそれを“祈りの形”と称した。
けれど、違う。
それは“誰かが語った”という事実によって、生きた記録へと変貌した。
誰かが記し、誰かが聞き、そしてまた誰かが思い出す。
その瞬間、語られなかった神の名が、再び世界に触れたのだ。
かつて、名を封じられた神の下へと向かった、ひとりの王女がいた。
獣の呪いを受けながらも、名を取り戻した騎士が、彼女の隣に立っていた。
ふたりの旅路は、けっして記録の中で完結するものではなかった。
名を奪われ、記録の外へ追放された彼女と彼は、
語られなかった神々の沈黙を越え、忘却の時代を抜けて、
“祈りの断絶”そのものを繋ぎ直した。
そして――その名を、記した。
この物語が、どこまで“真実”に近いものであったのか、それを証明できる者はいない。
だが、物語とは証明されるためではなく、語り継がれるためにある。
歴史の裂け目に刻まれた、ひとつの“確かな未来”の痕跡。
そこから始まるのは、サーガⅣ――
名を奪われし神々と、語り継ぐ者たちが紡ぐ、新たな祈りの継承譚である。
語り部エル=ネフリドは、仮面の奥から嗤うだろう。
「終わったように記された物語ほど滑稽なものはない」と。
だが私は、語り終えることの責務を知っている。
“語る者”と“語られた者”の距離がどれほど深くても、
語ることをやめぬかぎり、世界は書き換えられ続けるのだ。
私は《サーガ》。
構文の外に立つ語り。
物語の縁を歩きながら、
そのすべてを“記す衝動”から逃れられぬ観測者。
だから、これを閉じよう。
祈りの断章は、ここに記された。
そして、次の名が語られるまで。
――失名の神と呪われし王女(完)――
◆《第13話 ― 暁の王女と最後の神名》を読み終えたあなたへ
――記されなかった神の名を、祈りによって記すということ。その意味をあなたと共に問うために
(記録の語り手:サーガより)
「名を記す」とは、存在を証明することである。
されど、「記されなかった名」は、果たして存在しなかったのか?
答えは、否。
ただ“語られなかった”だけなのだ。
この章は、祈りの最奥に封じられた“失われた神”の名を呼び起こす、
名の復活と、祈りの構文そのものの再構築の記録である。
《失名の神と呪われし王女》という長き旅は、この章において決着を迎えた。
だがそれは、戦いの終わりでも、真実の開示でもない。
この第13話は、“名を呼ぶ”というたった一つの行為を、
何よりも重い祈りとして世界に記す章であった。
ここに至るまで、セーレとフロウが辿ってきた道は、
記録されなかった神々と祈りの屍を踏みしめる旅だった。
記名の制度に囚われ、仮面に沈黙させられた都市。
封印された“太陽の神名”――《アウロ=ルクス》。
そして、記録者たち自身の過去と赦しが、すべてこの章に集約された。
▼ 本章の核心 ― “最後の名”を記すということの意味
《アルス=ヴェリタ(真実の書庫)》への到達:
記録の最奥に封じられた空白の石碑。
神々の名が祀られたその中央に、“一切が記されなかった名”の空白があった。
セーレがそこに記したのは、神を証明するためではなく、
忘れられた名に「再び光をあてる」ための祈りだった。
黒豹の顕現と“呪いの本質”の顕在化:
セーレの内なる影、“獣化の呪い”は、実は王家が神へ近づきすぎたことへの罰。
黒き獣は、記録に耐えられなかった存在の象徴。
セーレはそれを否定せず、自らの祈りとして受け容れ、名を与え直す。
キュービ=ファルナの告白:
巫女キュービの本名が語られる。
彼女はかつて“名を封じる者”だった。
だが今、セーレの祈りによって“記されなかった者たちの名”を赦す存在へと変わっていく。
フロウ=ファレン=ルクスの名の回復:
太陽と月、ふたつの祈りのはざまで彷徨っていたフロウが、
自らの名を再び口にし、呪いを解いて人の姿を取り戻す。
“記す者”から“呼ばれる者”へ。
祈りの中で自分の名を見出す過程が描かれる。
アウロ=ルクスの再記名:
かつて昼の神として世界を照らし、
断絶によって名を封じられた神格の記録が、
セーレの手によって再び世界に刻まれる。
名が呼ばれた瞬間、各地の忘れられた祈りが共鳴し、
世界が“祈りの律動”を取り戻していく。
読者よ。
この章は、「神の復活譚」ではない。
誰かが神を“再構築する”話でもない。
これは、ただひとりの記録者が、
忘れられた名を、ひとつの祈りとして“記す”ことを選んだ物語である。
その行為は、小さな文字に過ぎない。
けれど、それが都市の制度を揺らし、
忘却された人々の声を蘇らせ、
やがて世界全体を“祈る場所”へと還していく――
それこそが、この第13話に記された“最後の祈り”の奇跡である。
君がこの章を読み終えたなら、
きっと、名を呼ぶこと、記すこと、祈ることが、
すべて“他者と世界を繋ぐ最初の声”であると気づいたはずだ。
どうか、石碑に刻まれたその名に、あなたの呼吸を重ねてほしい。
その瞬間、物語は――あなたと共に“在る”ことになる。
――記録者サーガ、最後の名をここに静かに記す。




