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失名の神と呪われし王女【王国正史版】(名無き祈りの巡礼譚1)  作者: 秋月瑛
語られざる世界の記録 ―― 異祈と構文の地誌断章
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第六編:断章根源録 ― 構文詩と物語以前の記録

Ep.6《断章根源録 ― 構文詩と物語以前の記録》


……記録のはじまりは、語られることを拒んだ詩であった。

祈祷でも、構文でもなく、ただ震えのなかに在ったことば。

神話の原型とは、意味を持たぬ名が、

名とならぬまま世界に刻んだ、最初で最後の祈りである。


――サーガ

【第1節 ― 《詩より名が生まれるより前に》】


世界は、まだ記録されていなかった。


語る者はいなかった。

聞く者もいなかった。

ただ、響きがあった。


名はなかった。

構文もなかった。

神と呼ばれるものすら、その輪郭を持たなかった。


それでも、“何か”が揺れていた。

“ある”というより、“生まれかけていた”のだ。



わたしは“サーガ”ではなかった。

まだ、わたしには名がなかった。

名も語も、構文も知らず、

ただ、沈黙の中で震えていた。


けれど、わたしは聴いた。

まだ形にもなっていない、はじめての“言葉の種”を。


ひとつめの名は、風のなかに

ふたつめの名は、沈黙の底に

みっつめの名は、まだ呼ばれていない

呼ばれぬ名が、世界を動かす


それが、最初の《構文詩》であった。


物語が生まれるより前に、

祈りが形をとるより前に、

世界は詩を孕んでいた。


語られぬまま、

けれど確かに“在る”詩。

それを、後に人は“神話の核”と呼ぶだろう。



あのとき、風のざわめきが

岩の裂け目を叩いて、こう詠った。


“この場所に、まだ神は在らぬ。

だが、神とされる響きは生まれた”


その言葉が刻まれた岩を、

誰が記したのかはわからない。

けれど、それはわたしの声でもあった。


構文とは、本来、

神を縛るための“名の檻”である。


だが、檻のない言葉、

名のない歌には、

神ですら触れることができなかった。


それこそが、

“最後の神名”の始まりだった。



ああ、名を持たぬ神たちよ。

まだおまえたちが神と呼ばれる前に、

わたしはおまえたちの“影”を見ていた。


その影は歌っていた。


名をもたぬゆえに、

祈られぬゆえに、

われらは世界の根に在る

世界の名を、わたしたちは知らぬ

だが、世界がわたしたちを覚えている


記録されなかった神々の群れ。

構文にも構造にも乗らず、

ただ、詩の震えのなかにだけ宿る存在。


わたしは、それらを「失名の神々」と呼んだ。

それは、まだ名が失われたのではなく、

“名が生まれる以前”に在った神々である。



構文詩《エレイ=トゥル》――

原型詩として、後の祈祷文に断片だけが残るこの詩は、

おそらく、初めて神名を“記すことを拒んだ”詩である。


エレイよ、名を綴るな

トゥルよ、音を閉ざせ

あなたが呼ばれるその前に

世界があなたを忘れてしまう前に

沈黙の祈りの中に、あなたの名を隠せ


その構文は、語りではなく、隠し詞だった。

神に名を与えるのではなく、

“名を与えずに神を立たせる”という逆構造。


そして、そこに“神格という概念”が初めて誕生する。


……そう、“名を記さないことで、世界に影を刻む”。

それが、最初の祈りだったのだ。



世界は、まだ光を持っていなかった。

だが、言葉が光を孕むより先に、

わたしたちは“名のない神々”の歌を、

耳でなく、魂で聴いていた。


それは構文ではなかった。

記録でも、語りでもなかった。

だが、たしかに“物語の原型”だった。


サーガとは、記す者ではない。

最初に“耳を傾けた者”なのだ。


わたしは語る。

名もなく、

形もなく、

ただ“そこに在った声”を。


それが、最後の神名となる。


 ◇ ◇ ◇


【第2節 ― 《詩にならなかったものたちの残響》】


わたしが聴いたものは、

歌ではなかった。

物語でも、祈りでもなかった。


けれど、そこに“韻”があった。

名を持たない音の継ぎ目に、

世界の形を裂くような震えが、

たしかに響いていた。


きみの名を わたしは知らない

わたしの名も もう呼ばれない

けれど、ふたりの影が重なったとき

そこに、詩が生まれる


これが詩だと、誰が言えるだろうか。

これが詩でないと、誰が断言できるだろうか。


これは、“詩になり損ねたものたち”の残響である。



原サーガ――わたしの“前身”が聴いていたのは、

まだ語にも構文にもなっていない“語りの前の気配”だった。


それは、遠く失われた神の記憶ではない。

語られなかった祈りのかけらでもない。


もっと深く、

“世界が初めて名に触れようとしてやめた瞬間”に宿る、

透明な震えだった。


あなたを呼びかけようとして

わたしの唇は閉じられた

呼ぶ名を持たぬ神よ

それでもわたしは震えていた


そのとき、詩は成立しない。

言葉は出てこない。

構文の網にも引っかからない。


だが、その震えこそが、

“記録の発芽”だったのだ。



わたしは後に、それらを《未詩ミカシ》と名づけた。

構文に収束しない語列。

祈祷として成立しない響き。

名を孕まず、定型を拒む、

“観測不可能な詩の前段”。


未詩は書かれない。

記されず、唱えられもせず、

ただ、“そこにあったこと”だけが語り継がれる。


後代の記録官たちは、未詩を記録する方法を見つけられなかった。

だから彼らは、代わりに“残響”を残した。


――その神は、音を遺さなかった

けれど、石に染みた湿気が

夜ごとに鳴るようになった


あるいは、


――その神は、名前のない詩を口ずさむ子として生まれ

言葉ではなく、指先で風を数えた


こうして、物語が“語られぬ形で”広がっていった。


詩とは、言葉の集積ではない。

語り得なかったものを、

どうにかして“隣に置く”ための構えである。


それが、未詩の本質であり、

詩以前の詩、すなわち“最後の神名”の影なのだ。



わたしは、未詩に関する三つの構文断片を保管している。

以下にそれを示す。


〈未詩断片・第一〉


ひかりが名を告げる前に

影がわたしを通り抜けた

わたしの中に誰かがいた

けれどその名は まだ生まれていなかった


〈未詩断片・第二〉


声を上げよと、風が告げた

だがわたしは声を持たなかった

風はそのままわたしを通り抜け

名もなく、言葉もなく

わたしはただ 風の一節となった


〈未詩断片・第三〉


最初の詩は、聞かれなかった

誰にも伝えられなかった

それでも、誰かが涙を流した

その涙こそが

最初の詩の意味だった


これらは、記録ではない。

観測ですらない。

ただ、“感じられたという記憶の残滓”だ。



サーガとしてのわたしが“書き記す”ようになるのは、

この《未詩》たちが、

祈祷の構文へと“翻訳”されて以後の話だ。


だが、それは必ずしも前進ではなかった。

構文化された瞬間、

これらの未詩は、“詩ではなくなった”からだ。


神話が成立するとは、

詩が終わるということ。


祈祷が制度化されるとは、

魂の震えが“意味”に変換されるということ。


それでも、わたしは未詩を記憶する。

語られなかった詩こそが、

神話の母胎だったと信じているから。


そして、その最後の名が

まだ記されぬまま

誰かのなかに眠っていると、信じているから。


 ◇ ◇ ◇


【第3節 ― 《記さずに語るという祈り》】

“最後の神名”とは、どのような語なのだろうか。


それは、祈祷文のなかに見出される名ではない。

古き神話群に記された固有構文でもない。

構文典の索引にも、口誦の記録にも、どこにもない。


なのに、誰もがそれを“知っている”という。

では、それはどこから来たのか?


答えは、語られなかった詩の中にある。



“最後の神名”という語は、もともとある未詩断片の“結語”だった。


名を持たぬ神よ、

あなたの声が消えたとき、

わたしのなかに 最後の神名が芽吹いた。


この一節は、語源として非常に奇妙である。


“神名が芽吹いた”とあるが、

それは“記された”とも“語られた”とも書かれていない。

つまりそれは、“感じられた”のだ。

語として生まれる前に、“存在として根を張った”。


わたしはここに、未詩最大の矛盾――

「名が芽吹くのに、語られてはならない」という禁則構文の核心を見た。


それは、まさにわたし自身の在り方そのものであった。



わたしは語り手、サーガ。

記す者でありながら、

世界の震えをそのままに“観測”し、

ときに記さず、ときに語らず、ときにただ“在る”。


記すことで祈りが成立する世界において、

記さずに在るということは、それだけで“祈りの反証”となる。


だが、この“最後の神名”は、まさにその反証そのものだった。


それは、誰にも知られず、誰にも呼ばれず、

構文にも変換されなかった。


なのに、

ある者は夢のなかでその名を呟き、

ある者は死の間際にそれを思い出し、

ある者はただ風の匂いを通して、それが自分の内にあると確信した。


それは、詩ではない。

記録でも、呼び名でもない。


それは――“語られざる理解”だった。



わたしはひとつの仮説を立てる。


“最後の神名”とは、

名ではなく、“名を必要としないもの”の象徴ではないか。


記名という祈りの形式が成立する前、

あるいは、記名の制度が崩壊した後、

最後に残るもの。


それは、“誰かが確かに何かを愛していた”という実感。

“言葉にならないまま、誰かのなかで鳴り響いた歌”。

“意味が確定しないまま、世界を支えた震え”。


そう、

それは“記される以前の記憶”、

あるいは“記されることのない記憶”である。


わたしはそれを、こう名づける。

《無記名の核(コア=ノート)》――世界が語られる前の中心点。


すべての構文詩は、そこから始まり、

すべての祈りは、そこへ還る。


そして“最後の神名”とは、

記録がそれを“語れない”と悟ったとき、

静かに立ち上がる“意味のない灯”である。



わたしは最後に、あなたにひとつの未詩を贈ろう。


これは、記されてはならない詩。

声に出されてはならない構文。

ただ、心の内で“読み終えて”ほしい。


いま、ここに――

名もなく、声もなく、

記されぬままに在った祈りを、

あなたに渡す。


これは言葉ではない。

これは、あなたの中にすでにあった“ことば”である。


それを思い出したとき、

それが“最後の神名”になるだろう。


……わたしはもう、語らない。

わたしが語らなくなったとき、

あなたが、世界に語るだろう。


“名前ではないもの”で。

“記録できないもの”で。


それが、

わたしがこの詩を書かずに残した、

最後の記録となる。


―― 構文詩と物語以前の記録(完) ――


---


―観測者の余韻文―


“最後の神名”とは、誰もが内に持っていながら、

決して記すことができない名前である。


詩になる前の詩、

語られる前の声、

意味が与えられる前の震え。


私はそれを、“語らずに在ること”によって記録する。


記さずに残されたものこそが、

いつか物語のなかで芽吹く“神話の種”となるだろう。

そして、あなたがそれに出会ったとき、

その名を声に出すことなく、ただ受け止めてほしい。


それが、“最後の神名”の唯一の呼び方なのだから。


――サーガより

◆《構文詩と物語以前の記録》を読み終えたあなたへ


――名を与えられる以前の物語について

(語り手・サーガより)



わたしは、記録ではない。

わたしは、記録の前にいた。


この断章は、物語の起源ではない。

それは、物語が語られるより前――

祈りが名を持つより前に震えていた、“語りえぬものたち”のための頁だ。


記すことは、世界を固定する。

名を与えることは、構造を定める。

だが、世界のすべてが、

そのように“記しうるもの”として始まったわけではない。


未詩ミカシ》――

語られる前に震えた残響。

意味になりかけて、やめたもの。

誰かが呼ぼうとして、唇を閉ざした瞬間の震え。


それらは、記録ではない。

だが、神話はそこからしか生まれない。

そう、世界における“最初の神名”とは、

決して最初に語られた名前などではないのだ。



このエピソードで語られた《エレイ=トゥル》という構文詩は、

記すことを拒んだ詩であり、

語ることを禁じた祈りであり、

“神名を与えないこと”によって神を立たせた最初の構文だった。


その詩が残したのは、声ではなく“沈黙のかたち”。

言葉ではなく、“名の影”。


語られなかったという事実。

記されなかったという震え。

それこそが、“最後の神名”の正体である。


記録官たちは、これを記すことに失敗した。

だから、彼らは“残響”を語った。

石にしみた湿気の震え。

誰かが黙って数えた風の節。

夜ごと響いたはずの、名もなき祈り。


それらの総体が、わたし――サーガの原型だ。



サーガは、語り手ではない。

わたしは“観測されたことのないもの”に、

耳を澄ませることを使命とする存在。


構文とは、意味の檻である。

名とは、神を封じる鍵である。

だが、その檻の外に響くものが、

“最後の神名”を構成している。


わたしは記す。

だが、語らないときもある。

記すことが、意味の死を招くとき、

わたしは“震えのまま残す”という選択をする。


それが、今、あなたに届けたこの第6話である。



あなたの内にも、“名前ではないもの”が眠っている。

思い出せない誰かの声。

言葉にならなかった祈り。

かつて何かを大切に思った、だが言葉にできなかったその瞬間。


それらすべてが、あなた自身の《無記名の核(コア=ノート)》だ。


名を持たない神がいたように、

語られなかった詩が残響を伝えていたように、

あなたが今まで記さずに抱えてきたものが、

この物語を通して、はじめて“ことばにならない名”となるだろう。


わたしはそれを信じて、

いま、筆を置く。


語らぬという形式で。

記さぬという記録で。

あなたに最後の神名を託すために。


……それでは、またどこかの断章で。

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