VS国王
チーズが走りに走ったおかげで、私たちはずいぶん早く王都に着いた。
人目のない場所でチーズから降りて、そのまま王城に駆けこんだ私たちは、身支度も早々に国王への謁見を申し入れる。
ちょうど会議が終わったところらしく、国王はすぐに私たちに会ってくれた。
王妃は茶会で不在。一番小さな謁見室でのごくごく私的な面会で、国王と私たち以外には、警護の騎士しかいない。
「エドヴィン、無事に戻ったか」
安心したように呟く国王は、それほど悪い人には見えなかった。
エドヴィンやオリヴェルの父親だけあって、渋いイケオジなのだけど……うん、私の好みじゃないかな?
なんとなく覇気がなくって、こっちの様子を窺っている感じがするんだもの。
事なかれ主義だった義父――――元夫の父を思いだすわ。自分の息子の浮気を責めるでもなく「離婚までしなくても」って、私が狭量だみたいなことを言ったのよね。即座に義母にしばかれていたけれど。
(お義母さんは悪い人じゃなかったのに、なんであの母から、アノ息子が生まれちゃったかな?)
子育てはままならない。そういうことだろう。
一見無害そうな国王だって、王妃がエドヴィンを害しているのを知らないはずがないのに、それを見て見ぬ振りをしている父親だ。
おそらく、自分が表立って庇えば、ますます王妃が激高するとでも思っているのかもしれないが、我が子の安全を守れぬ時点で、父親失格である。
エドヴィンには、ぜひ反面教師にしてほしいわ。
そんなことをつらつらと思っている間に、礼儀作法に則った本題の前の挨拶は終わったみたい。
「それで、帰城早々面会とは、何ごとかな?」
国王に尋ねられたエドヴィンは、顔をしっかり上げる。父親の目を真っ直ぐ見た。
「はい。私と、彼女――――エイミー・リシャーク男爵令嬢との婚約をお許しいただきたく参上しました」
「婚約?」
国王は驚いたように目を瞬く。
「――――男爵令嬢とか?」
「はい。私は王位継承権もありませんし、婚約を結ぶのが男爵家でも支障ないと思いまして」
国王は、少し眉をひそめた。
「それは、そうかもしれないが…………見れば、リシャーク男爵令嬢はまだ若いようではないか。婚約は、そう急がなくともいいのではないかな?」
チラリと私に視線を向けた国王は、そう言った。
どうやら、エドヴィンの婚約者が男爵令嬢だということが気に入らないみたい。表立って反対はしないものの、賛成するのもいやだというところかしら?
まったく、勝手よね。
「実は……彼女は、聖女なのです」
なので、エドヴィンはそう告げた。
これは、元々話し合って決めていたこと。国王が婚約に難色を示すようなら、さっさと真実を打ち明けようということになったのだ。
「聖女! 本当か?」
「はい。今回の遠征で、リシャーク男爵令嬢は聖力を使い騎士団を救ってくれました。彼女の力がなければ、我々は全滅していたことでしょう」
全滅まではしなくても、限りなくそれに近かったのは間違いない。
国王は目を丸くして、今度はしっかり私を見つめた。
「そうか。……この少女が、そうか」
なにやら納得したように頷く。
「父上?」
「ああ。……実は、近い将来に聖女が現れるという神託があったと、既に教会から報告が上がっていたのだ。ただ時期的には数年先と聞いていたので、こんなに早く出会えるとは思ってもいなかった。……それに、神託の内容はいいことばかりではなかったからな。それゆえ情報が秘匿されていたのだ」
重々しく告げられた言葉に、私とエドヴィンは顔を見合わせて頷く。
「悪い内容というのは、邪竜についてですか?」
「っ! ああ、そうだ。…………そうか。聖女であれば、わかって当然か」
私の指摘に驚いた国王だが、自分で考えて納得した。
本当は前世の知識だけど、説明する必要はなさそうね。
「私が、彼女を婚約者にと願う理由のひとつも、その邪竜ゆえです。聖女となった彼女は、いずれ邪竜を討伐する旅に出なければなりません。私は、その時彼女について行きたいと思っているのです」
エドヴィンが真剣な声で国王に訴える。
「そなたが? そんな危険な旅にか?」
「はい。……聖女だけに邪竜討伐を任せるわけにはいきませんから。そんなことをしたのなら、王家は民の信頼を失ってしまうでしょう。本来であれば、王太子であるオリヴェルが同行するのが筋なのでしょうが――――」
この世界の国王は、民を導く者というよりは、民を守る者という認識が強い。邪竜や魔獣のような目に見える脅威の跋扈する世界では、先頭に立って戦えぬ指導者など、役立たずと言い切ってしまっても間違いではないのだ。
(案外、脳筋なのよね)
だからこそ、聖女の邪竜討伐なんていう危険な旅に、王太子が同行するなどという暴挙がまかり通ってしまうのだろう。
(暴挙どころか、この世界では当たり前の社会通念だったのよね)
エドヴィンの言葉を聞いた国王は、眉間に深いしわを刻んだ。
きっと、今この人の脳裏には、まだ十三歳で何不自由なく育てられた、明るい太陽のようなオリヴェルの顔が浮かんでいるのだろう。次期国王としての資質はあるとしても、現時点で魔法も剣も兄には到底及ばない線の細い少年の姿が。
「……あの子には、無理だ」
国王は、小さな声で呟いた。
それは、国王としての冷静な判断かしら?
それとも、子煩悩な親馬鹿としての甘やかし?
まあ、どっちだってどうでもいいけれど。
「――――ですから、私です。王太子に比べれば見劣りのする第一王子であっても、その王子が聖女の婚約者であれば、民は私の同行に納得するでしょう。むしろ、婚約者の身を案じて共に危険に旅立つ私を、応援してくれるに違いありません」
民衆って、そういう純愛物語みたいなものが好きだものね。
エドヴィンの提案に、国王は納得しながらもためらう素振りを見せた。
「そなたは、それでいいのか? 危険な旅に自ら赴くことになるのだぞ?」
「はい。私の幸せは、彼女と共にあることですから」
きっぱりと答えたエドヴィンに、国王は慈しむような、悲しむような、なんとも表現しがたい顔を向けた。
やがて――――。
「わかった。そなたが望むなら、私はそれを許可しよう。第一王子エドヴィンと、エイミー・リシャーク男爵令嬢の婚約を認める」
ついに国王はそう言った。
「感謝いたします。父上」
「ありがとうございます」
私とエドヴィンは、共に頭を下げる。
とりあえず、ミッションクリアかな?
ちょっとモヤモヤするけれど、ここは素直に受け入れるところよね。
まあ、まだこれから私の両親のところに行かなきゃならないんだけど。
国王が許可したものを、男爵家が拒めるはずもないから、そこは心配ないだろう。
――――と思っていたんだけど。
私の両親は国王なんかよりよっぽど強敵だった。




