犯罪者は……私?
――――話しだしたのに、その場では止められて、王都に向かう道中で話す羽目になった私です。
そりゃあ、一刻も早く王都に向かわなくちゃいけないのはわかっているわよ。
でも、話を聞いた後で、私と婚約したくないってことになったらどうするのよ?
なのに、エドヴィンもマルクも、そんな心配いらないって力説するから。
マルクなんて「俺は後でいい」って言うのよ。
「何を聞こうと、俺の選択が変わることはない」
なんて自信たっぷりに言ってくれちゃって。
これで変わったら思いっきり罵ってやるわ。
そして、今、私は、大きくなったマルチーズ――――残念ながら姿は、純白のフェンリルだ――――に、エドヴィンとふたり乗りをして、全速力で王城に向かっている。
「チーズ、急いでちょうだい」
「ウォン!」
ちなみにフェンリルの名前は『チーズ』とつけた。本当は『マル』にしたかったんだけど、マルクから強烈な反対があったのだ。
『すごいスピードだね。これなら今日中に王都に着けそうだ』
耳のピアスからエドヴィンの声がする。
私は、エドヴィンに抱きかかえられるようにしてチーズに乗っているのだが、こんなにぴったりくっついていても、吹きすさぶ風のせいで直接の会話は不可能なんだもの。
おかげで誰かに聞かれる心配もないけどね。
ピアスがあってよかったと、心から思う。
そうして私は、前世の話をエドヴィンに伝えた。
自分が、夫に浮気されて、その浮気相手から殺されたってこともすべて。
(さすがにこの世界が、乙女ゲームの世界だとは言えなかったけど……)
ゲームではなく伝説みたいな物語の世界ってことにして、私はその物語の主人公に生まれ変わったようだということにした。
……迷ったけれど、エドヴィンとマルクが死ぬ運命だったってことも話したわ。
もうその死は乗り越えられたんだし、ふたりとも知っても大丈夫だって信じられたから。
話終わった後、しばらくエドヴィンは何も言わなかった。
でも、なんとなく怒っている気配は伝わってきて……やっぱりこんな荒唐無稽なことを言いだす私とは婚約出来ないって言われるのかなと、思う。
(なによりサレ妻だし)
少し胸が痛いわ。
心配していれば――――。
『――――その前世の世界とは、もう行き来出来ないのかい?』
そんなことを聞かれた。
「無理だと思うわ」
『君の聖力でも?』
どうだろう?
聖女の力は、未知な部分もあるから、やってやれないことはないのかもしれないけれど?
「たぶん。……それに、たとえ出来たとしても、元夫の顔は二度と見たくないから、行き来はしないと思うわ」
あ、でも娘となら会ってもいいかも。
でも、元夫と同じ空気を吸うと考えると……やっぱり無理だわ。
『そうか。私は行きたいな。行って、君の元夫に会って撲り殺してやりたい』
なんとも物騒な言葉が聞こえてきた。
どうやら、エドヴィンの怒りの方向は、元夫に向かっていたみたい。
「日本で撲殺なんてしたら、あなたが凶悪犯として捕まっちゃうわよ」
『すぐこっちに帰ってくれば、見つからないと思わないかい?』
かなり魅力的な提案ね。
でもやっぱりダメよ。
「あんな奴殴ったら、エドヴィンさまの手が汚れちゃうわ」
『私は、かまわないよ』
「私が、かまうんです!」
強めに言ったら、ようやく諦めてくれた。
『……いや、でもどうにかして、呪い殺したり、天罰を下したりする方法は、ないのかな?』
ブツブツと声が聞こえてくるけれど。本当に諦めてくれたよね?
「それより! 私はこんなおかしな前世持ちなんですよ。このまま婚約してもいいんですか?」
私は、あらためてそう聞いた。これだけは、王都に着く前に確認したいから。
『もちろんだよ。むしろ、抱いていた懸念がなくなってホッとした』
返ってきたのは、なんだか嬉しそうな声で、私は首を傾げる。
「懸念ですか?」
『ああ。私が少女愛好家じゃないかという懸念だよ。絶対違うと思っていたんだけれど……そうか。君は普通の十三歳の少女じゃなかったんだね』
心底安心したという声に、私は「ああ」となった。
「気にしていたんですね?」
『当然だろう。君は、その……可憐だけど、まだまだ成長途中の体型だからね。そんな君に、私は本気の恋をしたんだ。外見だけじゃなく、中身に強く惹かれているのだという自負はあったけど……自分の性癖が、ちょっぴりだけど心配だったんだよ』
成長途中で悪かったですね。
まあ、でもたしかに、本気で惚れた相手が子どもだったら、私も心配したかもしれないわ。
……いや、むしろその心配をしなければいけないのは、私では?
エドヴィンは十七歳の青年だ。年齢の割に背が高く、鍛えているから体格も引き締まっているし、しっかり成人しているように見えるけど……婚約者が十七歳の美青年だとか、おばさん的に犯罪なんではないかしら?
(まあ、こっちの世界で十七歳は、十分婚約や結婚の対象にできる年齢なんだけど)
それに、私はエドヴィンに本気で恋しているわけじゃないわ……まだ、今は。
そりゃあ、婚約して将来は結婚する覚悟を決めて、それでもいいと思ってはいるのだけど。
…………やっぱり、犯罪なのかもしれない?
『前世の記憶があって、今世を精一杯生きている、今の君が好きだよ』
私の悩みを見透かしたようなエドヴィンの声が耳を打つ。
そうか。私は、サレ妻だった日本人でもなく、愛されるばかりだった乙女ゲームのヒロインでもなく、今のありのままの私なのね。
だったらいいかと、素直に思えた。
今の私のまま、今の私を好きだという、この人と生きていくのは、案外いいんじゃないかしら。
「あらためて、婚約者としてよろしくお願いします」
『こちらこそ』
「言っておきますが、私は浮気は許しませんよ」
『もちろん、わかっている。……私もそうだからね?』
耳に届いた声は、重く深かった。
それが嬉しいと思うのだから、私とエドヴィンはお似合いなのかもしれない。




