ワンワンパラダイス!
敵も味方も関係なく全方向に攻撃し、爪や牙を狂ったように振るうフェンリル。
輝いていた金色の目は赤黒く濁り、口からは多量の涎が溢れている。
(……もしかして、苦しんでいる?)
「危ないっ!」
驚き見上げていれば、エドヴィンにタックルで助けられた。
「気を抜くな!」
「ごめんなさい。でも、あれは?」
「おそらく、魔獣の興奮剤だ。残酷だからと禁止されたはずなのに」
マルクが厳しい表情で、小瓶の中身を推測する。
チラリと小瓶が投げられてきた方を見れば、騎士がマントを着た不審人物を拘束していた。
きっと、あの人が小瓶を投げたのね。
狙いは…………たぶん私だわ。
私を誘拐して殺そうとした犯人が、今度は私を魔獣に殺させようとしたのだろう。
憶測だけど、間違っていないんじゃないかしら?
まったくしつこいったらありゃしない。
しかし、今はそっちにかまっている場合ではなかった。
フェンリルは、ますます正気を失い暴れ狂い、人も魔獣も関係なく薙ぎ払っている。
その姿には魔獣の統率者としての威厳も風格も何もなく、哀れにすら見えた。
「止めなきゃ」
言葉が口をつく。
使うのは浄化魔法だ。すべてを浄化することで、興奮剤の効果も消せるはず。
私は両手を組むと、その場に膝をつき目を閉じ、頭を下げた。
(神さまなんて信じていないけど)
今、このときだけは、真摯に祈る。
(私の全力をもって、すべてを正しい状態に――――)
体の奥から熱い何かがせり上がってきた。
グルグルと渦巻くそれは体に満ちて、足の先から指の先、髪の一本一本に至り、やがて外へと溢れ出る。
ブワッと力が放出された。
目を開ければ、自分の中から後から後から溢れる光が、周囲に広がっていくのが見える。
光は、すべてを呑みこんだ。
エドヴィンもマルクも仲間の騎士も、そして魔獣やフェンリルまで。
パーッと周囲に光が満ちて――――。
収まったその時には、フェンリルが消えていた。
あれほど大きかった体が失せて、その場にいたのは白い子犬。
(前世のお隣さんが飼っていたマルチーズみたい! すっごく可愛いわ)
「キャン!」
子犬は愛嬌たっぷりに鳴いた。
「キャン! キャン!」
すると、その声に応えるように、あちらこちらから子犬の声がする。
見回せば、あれほどあった魔獣の死体も消え失せて、代わりにコロコロと転がるように駆け回る子犬たちがいた。
(うわっ! あの子は豆柴みたい! あっちの子は、トイプードルかな)
犬種も様々な子犬パラダイス! 犬好きにはたまらぬ光景だろう。
私はどちらかと言えば猫派なのだけど、それでもこの子犬の集団にはノックアウトされた。
「か、可愛い~」
たまらず叫べば、足首をトントンと叩くモノがいる。見下ろせば、そこにいたのは一番最初に発見したマルチーズ。
「キャン!」
小さな前足を私のすねに当て、二本足で立ち上がる姿は、間違いなく抱っこ待ちだろう。白い尻尾がブンブンと千切れる勢いで振られていた。
「もう、仕方ないなぁ~」
などと言いつつも、きっと私の頬は緩んでいる。
マルチーズをさっと抱き上げれば、呆れたような声がした。
「…………ソレは、フェンリルかもしれないのだけどね」
エドヴィンが苦笑している。
「わかっています。でも、こんなに愛らしいんですもの、不可抗力ですわ。それに、ほら!」
私が指さす先では、騎士たちが次々と子犬を抱き上げていた。
「うおっ! なんだ、このチビは?」
「よしよし、怖くないぞぉ」
「お前の名前は、ジョンだ! どうだ、いい名だろう?」
中には、さっさと名前をつける者までいる始末。
エドヴィンは、こちらに近寄ってきたマルクと顔を見合わせ、肩を竦めた。
「それにしても、派手にやったな」
「ああ。回復魔法や強化、弱体化魔法だけでもすごいのに、浄化魔法で魔獣まで生まれ変わらせたんだからな」
「前代未聞の聖女さまの誕生だ」
うう……。そんなグサグサと指摘しなくてもいいのに。
私もちょっぴりやり過ぎたかなとは思っているんだから。
それでも、ふたりが無事でよかった。他の人たちも誰も犠牲にならなかったし。
だから、私は自分の選択に後悔なんてしないわ!
やらなきゃいけないのは、今後の対策よ。
「エドヴィンさま、マルクさま、協力してもらえますか?」
「もちろんだよ」
「言われなくたって」
力強い言葉が返ってくる。
「キャン!」
腕の中の子犬も元気に吠えた。




