悔しくなんて……ないんだから!(嘘)
『うわっ! マルク、急に耳元で叫ぶのを止めろ。キ~ンとしただろう!』
今度の叫び声は、エドヴィン。
私は、二つともキ~ンとしたんですけど。
『お前がグズグズしているからだ。迷っている暇なんてどこにある? 今すぐエイミーに来てもらえ!』
やっぱり戦況はかなり悪いみたい。
『わかった。わかったから、怒鳴るな。…………私も覚悟を決めたから』
なんの覚悟を決めたのだろう? 気になるけれど、今は一刻を争うとき。
『エイミー、今まで進んでいた方向からもう少し右に逸れてくれ』
エドヴィンの指示は、開始されればハッキリとしてわかりやすかった。
『右に行きすぎだ。もう少し左。……ああ、そのまま真っ直ぐ。……もうすぐ着くぞ』
そう言われた次の瞬間、不意に森が途切れ明るい場所に飛びだした。
目の前には、ゴロゴロとした岩場とその隙間に生える灌木があり、少し行った先に渓流が流れている。
対岸も似たような地形だが、その向こうには切り立った崖がそびえ、先の視界を遮っていた。
どうやらここは、森の中に開けた河原のようだ。かなり広範囲に渡っており、魔獣はこの水場を住処にしていたのかもしれない。
「エイミー!」
平時であれば、きっと息を呑むほど美しい自然風景なのだろう。
しかし、今のこの場は修羅場だ。
岩場には、血を流して呻く騎士が何人も倒れていた。その倍以上の魔獣の死体も。
その傍らで繰り広げられるのは、牙をむき襲いかかる魔獣と、それに立ち向かう騎士たちの死闘。
血臭と喧騒がこの場に満ち、怒りと恐怖が支配している。
私は……情けないけれど、立ちすくんでしまった。
足が地面に吸いつけられたように動けない。
「エイミー!」
そんな中、私の名を呼ぶ声が何度も聞こえた。
なんとか首を回してそちらに目を向ければ、額から血を流し金髪を赤く染めたエドヴィンと、変わらぬ黒髪のマルクの姿が見える。
駆けてくるマルクの片腕はぶらりと力なく垂れ下がり、人形のように揺れていた。負傷したのは間違いない。骨がいったか、肩が外れたか。
満身創痍のふたりを見た瞬間、私は自分の頬をパン! と自分で叩いた。
(呆けている場合じゃないわ!)
心に活を入れると同時に、全力の広範囲回復魔法をかける。もちろん、魔獣は除いて。
倒れていた騎士たちの傷が、みるみる塞がった。
うめき声が聞こえなくなり、変わって「え?」と不思議そうな声が聞こえてくる。
「エイミー!」
エドヴィンとマルクが側に来た。
エドヴィンの血の汚れはそのままだけど、額の傷はなくなっている。マルクの腕も、普通に動くようになっていた。
「エイミー、ありがとう。助かった。……でも、いいのかい?」
エドヴィンは、私が躊躇なく回復魔法を使ったことを心配する。
でも、もうやってしまったことだもの。今さらだ。
「礼なんて、後でいいです! それより強化魔法をかけますよ」
当然広範囲。倒れている騎士にも、まだ戦っている騎士にも、問答無用で強化魔法をかける。
「うおっ! なんだ? 体が急に軽くなったぞ?」
「ととっ! 行き過ぎた! 魔獣を飛び越しちまった」
戦闘中だった騎士は、急に能力が強くなり多少不都合があったみたい。でも、そのくらいは我慢してもらわなくっちゃ。
私は続けて魔獣に対し、弱体化魔法をかけた。こちらは遠慮無く三乗がけだ。
「グ?」
「グルルルル」
魔獣も体に異常を感じるのか、不審げなうなり声を上げた。
フェンリルの眷属なのだろうか、魔獣のほとんどは、四つ足の獣だ。落ちつかない様子で首を動かす獣の尾が、徐々に下がっていく。
その異変を逃すような騎士たちではなかった。
「よくわからないが――――」
「今がチャンスだ!」
「みんな、一斉に攻撃するぞ!」
倒れていた者も立ち上がり、魔獣に立ち向かっていく。
「エドヴィンさまとマルクさまは、強化魔法三乗がけでいいですか?」
聞けば、ふたりは力強く頷いた。
「ドンと来い!」
「四乗でも五乗でもいいぞ」
いや、さすがにそれはやり過ぎだ。体におかしな負担がかかってもいやだし。
普通に三乗の強化魔法をかけた。
直後飛びだして行くふたりを見送る。
エドヴィンは魔法で炎を纏わせた剣を、マルクは氷を宿した剣を、それぞれ振るった。
私も剣を握りしめる。
その瞬間――――。
「グオゥゥゥゥゥ~!!」
ビリビリと空気を震わす咆哮が響いた。
その声を聞いた魔獣はブルブルと震え、毛を逆立てる。
見れば、彼らの目は真っ赤に染まっていた。興奮状態になったのだ。
同時に弱体化魔法が無効にされたのを感じる。
(この声は――――)
見つめた先にいたのは、一際大きい銀色の魔獣――――フェンリルだった。
(なんて大きいの…………遠近感がバグってるわ)
渓流の向こう、遠くの崖のてっぺんにいるはずなのに、詳細に姿が見えるフェンリルの大きさは、実際どれ程のものだろう。
(三階建ての豪邸ぐらいはあるんじゃないかしら? 少なくとも前世の我が家よりは大きそう)
なんだかものすごく悔しくなった。
ギッと睨めば……目が合ったような?
刹那、背中を走った悪寒を振り払うように、わたしは自分に強化魔法をかけた。
同時に、魔獣に弱体化魔法を四乗でかけ直す。
(いくらでも解除すればいいわ。その都度もっと強くかけ直すから)
再び動きの鈍った魔獣が、私の剣で真っ二つになる。
「せいっ!」
かけ声強く、大地を駆けだした。




