過保護すぎます
エドヴィンから自重を求められた私だけど、その後もこっそり回復魔法を使い続けていた。
だって、仕方ない。遠征が進むにつれ、日々魔獣との遭遇率が上がっていったのだもの。
最初は一頭だった魔獣が複数で襲ってくるようになり、その回数も夜に一回から四、五回に。夜間だけでなく昼間も現れるようになったから、行軍していても気の休まる暇がなくなった。
それに伴い騎士の疲労は重なり、負傷する者も増えてくる。
当然、ポーションでは治しきれない怪我をしてしまう人も。
とはいえ、負傷者を大々的に回復させることもできない。
(私が聖女だと、絶対バレるわけにはいかないもの!)
だから私がかけるのは、内緒の回復魔法。
深い傷を負った騎士の、皮膚の傷はそのままに、内側の傷――――たとえば内臓の裂傷などを治して、思ったより傷は浅かったと思わせたり、粉砕骨折を亀裂骨折に修復したり、感染症になりそうな細菌を除去したり。
あと、食事を作れる日には料理に回復効果を持たせたけれど、それも段々難しくなっていった。だから、そんな日は疲労がとれるように広範囲の回復魔法を展開する。
おかげで遠征隊の士気は、なんとか保たれていた。
「足の調子はいかがですか?」
負傷者に食事を配っていた私は、その中のひとりの脇に膝をつき、声をかける。
「ああ。君がよく効くポーションを分けてくれたおかげで、だいぶいいよ。魔獣にかじられた時は、もう二度と歩けないかと覚悟したんだけどね」
まだ血の気の失せた顔で笑うのは、魔獣との戦闘で足を負傷した若い魔法使いだ。思いっきりバックリやられていて、かろうじて骨は繋がっていたけれど、筋肉も腱も靱帯もズタボロで、これでは傷は塞がっても、戦闘どころかまともに立つことすら出来ないだろうと思われた。
(咄嗟にポーションを使いながら、強めの回復魔法を上乗せしたのよね)
おかげで今は骨折と派手な切り傷だけで、時間が経てば足は元通りになることは確実だと、従軍医師からも保証されている。
「実はあのポーション、父が内緒で持たせてくれた最新の上級ポーションなんです。誰にも言わないでくださいね」
ということにしておく。
普通のポーションではとても治らない傷だったのを、この人はわかっていそうなんだもの。
「お父上が?」
「うち、リシャーク商会です」
「ああ、あの――――」
どうやら彼は、父の商会を知っていたみたい。
「じゃあ、君はリシャーク男爵のお嬢さんなんだね?」
「はい」
彼は、少し考えた。
「そうか。……僕は、ウルリル。キャンベル侯爵家の三男坊だ。本当は、この遠征には従兄弟が参加するはずだったんだけど、無理やり交代させられちゃってね。あのまま足を失っていたら、あいつをひどく憎むところだったよ」
「……そうなんですね」
なんだか、どこかで聞いたような話だわ。
正直名前とか興味はないんだけど……名乗られたからには、私も名乗った方がいいのかしら?
「私は――――」
「リシャーク男爵令嬢!」
答えようと思ったら、急に手を引かれた。
「えっ、エドヴィンさま?」
いつの間にか私の側にエドヴィンがいる。
『リシャーク男爵令嬢』だなんて、どうしてそんな呼び方をするのだろう?
エドヴィンは、私の体を抱えこむようにして、強引に立ち上がらせた。
「急にどうしたんですか?」
「あ、あっと、その…………済まない……マルク、マルクが怪我をしたみたいなんだ。診てくれないか?」
なんと、マルクが負傷したらしい。
見れば、エドヴィンの背後にマルクもいて「俺?」と自分を指さしている。
…………あんまり怪我をしているようには見えないけれど?
「ああ、さっき頭痛がすると言っていただろう?」
エドヴィンの言葉に、私もマルクも首を傾げた。
「怪我って言っていませんでした?」
怪我と頭痛は違うだろう?
「頭をぶつけてから痛みだしたそうだ」
それならと、納得する。頭への衝撃は危険だもの。
「わかりました。ちょっと診せてください」
私は、マルクの方に近づいた。
マルクは、なんだか疲れたようにため息をつき、黙って私の方に頭をだす。
「…………別にたんこぶとかは出来ていないみたいですね。どこが痛いですか?」
「う~ん? てっぺん辺り?」
考えながらマルクは答えた。
なんで疑問符がついているの?
すると、突然「アハハ」と笑い声が上がった。
その声の主は、先ほど名乗ったウルリル・キャンベルさん。
「……あの?」
「ああ、いや、ごめん。……フフ。いつも優秀で隙を見せない殿下の、意外な顔が見られたからね」
殿下って、エドヴィンのこと?
私は、エドヴィンに視線を向けた。彼は、私とマルクの間に立っていて、ちょっと不本意そうで、情けなさそうな顔をしている。
(うん。いつものエドヴィンさまだわ。この人、冷静沈着そうに見えるけど、結構いろいろもだもだ考えてて、表情豊かなのよね)
伊達に、長く一緒に過ごしていない。
「それほど意外な顔でもありませんよ?」
「プッ! ハハハ」
ウルリルは、ますます大きな声で笑った。
「ハハ、殿下、私は、私の足を心配してくれたリシャーク男爵令嬢に、きちんとお礼を言いたくて名前を聞いただけです。他の意図はありませんよ」
何を当たり前のことを言っているのだろう。
「……それくらいわかっています」
「わかっていて、その反応ですか?」
ウルリルは、少し呆れたみたいだ。
エドヴィンは、頬を赤らめる。
「それは……悪かった。あと、キャンベル卿、ここでの私は一介の士官候補生です。『殿下』呼びはお控えください」
「ハハ、そうですね。……いや、そうだなエドヴィン候補生。もう行っていいよ。リシャークも、ありがとう」
そう言うとウルリルは、手を振った。『卿』と呼ばれるということは、彼は何かしらの爵位を持つ、それなりに功績を挙げた魔法使いだということだ。
(まあ、侯爵家の三男ってことは、親の威光も少しはあるかもしれないけれど)
どちらにせよ悪い人ではなさそうだった。
私は、エドヴィンとマルクと一緒にその場を離れる。
「もう、なんなんですか?」
一応、そう聞いた。まあ、理由はわかっているのだけれど。
「済まない。君がキャンベル卿に問い質されているのだと思って――――」
「名前を聞かれただけですよ?」
「でも――――」
「過保護すぎます。私に声をかけるだけで、いちいちエドヴィンさまが反応していたら、かえって注目を引くんですよ!」
怒鳴ってしまったが、仕方ない。
だって、ここ最近のエドヴィンは、ずっとこんな感じなのだもの。




