やり過ぎ注意
思えば異世界に来て遠出をするのは、はじめてだ。
リシャーク男爵家は、法服貴族で領地を持たない。だから基本王都暮らしで、外に出たのは夏の避暑で王都に近い海辺の都市に家族旅行をしたくらい。
(強くなりたい一心で、訓練最優先だったからな)
あちこち出かけるよりも、筋トレしたかった。親不孝な娘である。
王都を出たばかりの頃は、人の手が入った景色ばかりが広がっていた。
人家と庭、農地や牧場、木々も整然と伐採され、道路は整備されている。
しかし、カラカラと軽快に走っていた馬車がガタゴトと揺れだした頃には、集落もまばらになり所々に草原や荒れ地が見えだした。
最初は宿場に泊まっていた夜が野営ばかりになって、獣対策の不寝番が欠かせなくなっていく。
「いよいよね」
深い森の中、テントに寝転びながら、私はビクトリアと話していた。
「…………そうだけど。緊張感に欠けるわ」
ビクトリアの声は、なんだか疲れている。
「え? どうして?」
「この環境で、気を張れるわけないでしょう!」
ガバッと上半身を起こしたビクトリアは、私に向かって愛用の枕を投げつけた。
「なんでこの枕が、ここにあるのよ!?」
次いで問われたのは、そんなこと。
「えっと、トリアを家まで迎えに行った時に、執事さんに『お嬢さまは、この枕がないと安眠出来ないのです』って頼まれたから?」
「セバスチャン! もう、何頼んでくれたのよ!」
あ、やっぱり執事はセバスチャンって名前なのね。
「エイミーも、なんであっさり引き受けているの!?」
「え? だって、それほど大変なことでもないし」
たかが枕のひとつやふたつ。アイテムボックスに突っこむだけなのだ。造作ない。
「……あなた、収納魔法を隠す気あるの?」
「あるわよ。なければ、今頃遠征隊全員に『あなたもぐっすり安眠グッズ』一式を配っているもの」
私とビクトリアが使っているのは、愛用の枕だけではない。厚いマットレスに羽布団、あったかアイマスクに、ドームまで、安眠セット一揃いだ。これで野営でも安心して眠れること間違いなし!
「やり過ぎなのよ!」
「よく眠れなくて遠征隊の足を引っ張るよりマシでしょう?」
「そりゃそうだけど……私に隠すのは止めたの?」
ビクトリアは納得出来ないようだった。
早く諦めて、現状を受け入れた方が絶対楽なのに。
「トリアは、薄々察していたでしょう?」
「確信はなかったわよ?」
「あなたなら、バレても言いふらしたりしないって、知っているもの」
「……少しは、疑いなさいよ!」
「無理! トリアを信用しているわ」
私の言葉を聞いたビクトリアは、顔を朱に染めた。
まったく、可愛いんだから。
「…………もうっ! 寝るわよ」
「あはっ、トリアがデレた」
「さっさと寝なさい!」
これ以上からかうと、本気で怒られそうだ。
深い森の中。私はぐっすり眠った。
――――そして、眠りすぎたみたい。
「済みません!」
「ああ、ああ、いいよ。魔獣が出たっていっても、離れた場所に一頭だけ。しかもあっという間に、見張りのクロブジャー士官候補生が退治したんだ。大した騒ぎにもならなかったんだし、寝ていられたんなら、そっちの方がいいさ」
昨晩、野営地の近くに魔獣が一頭現れたらしい。
巡回していたエドヴィンとマルクが見つけ、その場でマルクが退治したそうなのだが、私とビクトリアは、そんな騒動にまったく気づかず眠っていた。
「今年の一年生は、度胸があるな」
周囲はクスクス笑っている。
本当に大失態だ。申し訳ない。
「か、代わりに今朝の炊事当番は、私たちがします!」
「ちょ、ちょっとエイミー、私は、炊事はあんまり――――て、痛!」
ビクトリアが止めようとするが、小突いて黙らせる。
「そうか、そうか。それは助かるな。主食は保存食を配るから無理しないでいいぞ。出来る範囲で作ってくれ」
「はい!」
汚名返上! 前世は主婦だったのだ。炊事のひとつやふたつ、任せてもらおう。
(まあ、主婦は主婦でもサレ妻だけど)
私は、張り切って朝食作りに取りかかった。
幸いにして今は火の使える環境だ。天候や野営地の形状、周辺の魔獣の出没状況によっては、煮炊き出来ないことも多いから、この機会は逃せない。
(収納魔法のおかげで、食材は十分あるし……ごった煮みたいなスープを作ろう)
文句を言うビクトリアに包丁を持たせ、野菜を切らせた。
「よく洗えば、多少皮が残っていたって大丈夫よ。適当な大きさに刻んでね」
味の決め手は、香辛料だ。私のアイテムボックスには、塩や胡椒はもちろん、ヒングやオールスパイスまで、この世界で手に入れられるありとあらゆる香辛料が入っている。
なんのことはない、父の店の商品なのだけど、この場面においては最強のアイテム。
手際よく炒めた肉や野菜をぶちこんで、贅沢な香辛料で味付けしたスープを、私はちゃちゃっと完成させた。
仕上げに加えるのは、ほんの少しの回復魔法。傷や病が劇的に治るわけではないけれど、蓄積されていた疲労とか肩こりとか頭痛とかが気持ち楽になるくらい。
「スープ、出来ましたよ! どうぞ食べてください」
私は周囲に声をかけた。
「お、おお。本当に作ったのか? すごいな」
私たちに朝食を任せてくれた団員が、驚いたように目を見張る。
なんといっても、私もビクトリアも十三、四歳の少女だ。作らせはしたものの、本当に食べられるものが出来るとは期待していなかったのかもしれない。
恐る恐る皿によそったスープを口にして――――。
「うおっ! なんだこれ? 旨いな!」
ますます驚いた。
「へぇ! 本当か?」
「おう! 少なくともうちの嫁の料理より旨いぞ」
「おいおい、そんなこと言っていいのか? まあ、騙されたと思って食べてやるよ」
軽口をたたき合いながら、スープを食べる人が増えていく。
「うわっ、本当に旨いな!」
「そうだろう?」
「ホントか? 俺にもくれよ」
「旨い! 旨い!」
あっという間にスープは、大人気になった。そして――――。
「やっぱり温かいものはいいな。体が軽くなったような気がする」
「ああ、腹が温まると気力が湧いてくる」
「今日は、活躍出来るような気がするぞ!」
回復魔法も徐々にだが、効果が出てきたようだ。
よしよしと思っていれば、ポンと肩を叩かれる。
「私たちも、もらおうかな」
振り返った先にいたのは、笑顔のエドヴィンと無言のマルクだった。
「あ……あ、どうぞ」
慌ててスープをよそって渡せば「ありがとう」と、変わらぬ笑顔と無表情で受け取られた。
「ああ、美味しいね。それに、不思議と元気になれるスープだ」
「…………そうだな」
ふたりの、圧を感じる。
(やっぱり、回復魔法をかけたことに気がついているわよね?)
冷や汗がタラリと背中を流れる。
『やり過ぎないようにね』
ピアスから、低い声が聞こえてきて。
「はい!!」
大声で叫んだ私は、周囲から「なんだ? なんだ?」と不審な目で見られたのだった。




