遠征に出発しました
もうすぐ生死を分ける遠征がはじまる、なんていうタイミングで誘拐されてしまった私だが、なんとか遠征には行けることになった。
大きかったのは、誘拐の首謀者と見られた風属性の魔法使いが、死体で発見されたこと。首つり自殺をしていて、逃げられないと観念したのだろうというのが、大方の意見だ。
「トカゲの尻尾切りだな」
「ああ、そう思う」
もっともエドヴィンとマルクは、別意見。私も同感だ。なんなら証拠もあるのだが、それはいざという時までとっておこうと思う。
「でもおかげで遠征の同行が許されましたから」
そうでなければ両親はもちろん、学校側だって許可してくれなかっただろう。
「よかったような。悪かったような」
「なんだ? エドはまだ迷っているのか?」
元々私が遠征についていくことを危険視していたエドヴィンは、今回の誘拐事件で、また迷いが出たみたい。
「一緒に連れて行ってもらった方が、私は安心です」
まあ、私が「一緒にいたい」と言えば、頷いてくれるのだけど。
「……わかった。その代わり、絶対前線に出ないこと。戦闘時以外は、常に私たちと行動を共にするんだよ」
ものすごく過保護だと思うのだが、私は小中学生か?
…………あ、年齢的にはそうだった。なら仕方ないのかな?
「わかりました」
「本当に? 約束だからね。あと、指輪も必ずつけておくこと」
「…………はい」
私は、渋々頷いた。
件のGPS機能付きの指輪は、まだ私の指に嵌まったまま。自分の位置情報がエドヴィンに筒抜けという事実には、ちょっと退くものがあるのだが、誘拐――――それも殺人目的の誘拐の標的になっている現状では、この機能は私にとって益にこそなれ害にはならない。
「ピアスも外さないでね」
「…………はい」
それどころか、ピアスまで付け足されてしまった。当然エドヴィンの手作りだ。
素材は指輪と同じ金で、やっぱりブルーサファイアが埋めこまれている。
……きっと同じ材料が余っていたのだろう。
どっちもエドヴィンの色だとか……偶然だ。
しかもこのピアスは、会話機能付きだった。
『定期連絡、忘れちゃダメだよ』
ピアスを通した声が、耳元で響く。
体がゾクゾクとしてしまうのは……まだ慣れていないからかな?
コクコクと頷く私を見て、エドヴィンは満足そうに笑った。
そのエドヴィンの耳にも、同じ形のピアスがつけられている。
素材は金と銅の合金であるピンクゴールドで、宝石はスカイブルートパーズ。
…………別の材料もあったのなら、私はそっちの方がよかったんだけど。
(会話機能なんだから、二組あるのは当然のことよね)
片方だけでは通話が出来ないのだ。
だから、お互いにつけているのは機能的な理由で、お揃いなんかじゃない! ないったら、ない!
色合いが互いの色だとかも……きっと偶然だろう。
うんうん、そうに違いない!
「いちゃつくのは、いい加減にしろよ」
ちょっと、マルク! そんなことしていないから!
「ああ。悪かった」
エドヴィンも素直に謝らないで! まるでマルクの言葉を肯定しているみたいじゃない!
「もうっ! 早く行くわよ」
絶対顔が赤くなっている。
私は頬を押さえながら、遠征の行軍に加わった。
騎士団の移動手段は、馬である。
騎士団なのだから当たり前だが、私とビクトリアは馬車だった。
「私も馬に乗りたかったのに」
ビクトリアは、文句たらたら。
「まあ、私たちは荷物を運ぶためについてきているのだから、仕方ないんじゃない」
正式には、荷物運搬係はビクトリアひとりだ。私は彼女のお世話係。
「私が、お荷物だって言うの!」
そういう意味じゃないけれど、あながち間違いとも言えない。
「馬になんて乗っていたら、今頃お尻の皮が剥けていたかもよ?」
私もビクトリアも馬には乗れるが、長時間の騎乗経験はない。もしも馬で移動していたならば、きっと悲惨なことになっていただろう。
ビクトリアは、パッとお尻に手を当てた。
「そ、それはいやだけど……」
「きっと最後尾に配置されるだろうから、前の馬が跳ね上げた泥だって被ってしまったかもしれないわ」
そうなったら大変だ。遠征中はお風呂だって入れないのだから、体も髪も汚れ放題。清拭するにしたって限度がある。
ビクトリアは、今度は自分の髪に手を触れた。ポニーテールにくくった艶やかな黒髪をひと房手に取り、顔を顰める。
「…………馬車で、よかったかもしれないわね」
最終的にそう言った。
「ええ。そのとおりよ」
私はそう言いながら、自分のアイテムボックスからだしておいたフカフカクッションを、そっとビクトリアに差しだす。
実は、馬車だから移動は楽かと言えば、それほどでもない。
この世界の馬車は、ノーサスペンション。ひどく揺れるのだ。
おかげで酔いやすい人間は五分と耐えられず、酔わない人間でも、腰や尻にかなりのダメージを負ってしまうという欠点だらけだった。
私もビクトリアも三半規管は丈夫だったのだが、ガタガタという振動だけは如何ともしがたい。ずっと我慢していたのだが、そろそろ限界だ。
私のクッションを、ビクトリアは黙って受け取った。ジトリと私を睨む。
――――おそらくだが、ビクトリアは私が収納魔法を使えることを、察しているようだ。元々頭のいい子だし、エドヴィンとマルクの私への態度を間近に見れば、自然見えてくるものもあるだろう。
そして、それを口にださないという賢さも併せ持っていた。
「……ありがとう」
お礼の言葉に「うん」と頷き、同時にごくごく弱い回復魔法をかけてあげる。
腰の痛みの軽減を、クッションのおかげだと思うか、私が何かしたのだと思うかは、ビクトリア次第。
「ありがとう」
ビクトリアは、もう一度そう言って笑った。




