逃げだすことにしました
――――今日は休校日だ。
遠征前の最後の休日を家族と過ごすため、私は家から迎えに来た馬車に乗った。
そこまでは覚えているのだが、その後の記憶がなくて、気づけばこの状況。
おそらく睡眠系の魔法を使われてしまったのではないかと思う。
いや、既に攫われてしまった今、誘拐方法なんてどうでもいい。
(いったい誰が? なんの目的で私を攫ったの?)
私は男爵令嬢だ。父はそこそこ豊かな商人で、我が家には金がある。
だとすればお金目的と考えるのが、妥当なところかもしれないが……所詮我が家は男爵家。騎士団幼年学校には、豊かな領地や金銀鉱山を抱える高位貴族の子どもだってごまんといる。
(同じ誘拐のリスクを犯すなら、もっと費用対効果が高そうな学生を狙うんじゃないかしら?)
高位貴族を相手取るのは危険だと感じたのかもしれないが、それなら我が家と同規模の商人の、騎士団幼年学校に通っていない子どもを狙うべきだろう。多少なりとも戦闘訓練を受けた「私」を狙う意味がわからない。
(まあ、それでも誘拐されちゃった私が言えることではないんだけど)
お金目当てでないのなら、考えられるもうひとつの可能性は……オリヴェルだ。
私に避けられまくったオリヴェルが、強引な手段に出てきたと考えられないこともない。
(でも、それにしては、私の扱いが乱暴なのよね)
荒縄で手足を縛って、こんな荷物みたいに放置するなんて、私に嫌われようとしているとしか思えない。
(あの王子さまなら、絶対こんなことしないわよね? 誘拐した瞬間に現れて、寒い台詞を言いまくって、私を囲いこみそうなものなのに)
誘拐という手段を取った時点で、その後どんな態度を取ろうとも犯罪者は確定だが、それでも腐っても王子だ。レディファーストは徹底しそうである。
(だから、オリヴェルは容疑者から外すとして)
結局、誰がなんのために私を誘拐したのかだけど。
ぶっちゃけ、さっぱりわからない。……そう言いたいのは、山々なれど。
残念だが、ひとつだけ考えたくもない心当たりがあった。
(そうかもしれないと思うだけで確信はないし、想像するだけで不快だわ。……だったら、こんな思いまでして、無理に推測しなくてもいいんじゃないかしら?)
私はそう結論づける。
となれば、やることはひとつ。さっさと脱出するだけだ。
実際、脱出はそこまで難しくないと思う。
(伊達に毎日厳しい訓練をしていないもの。身体強化をかければ荒縄くらい千切れるし、馬車から飛び降りることも、なんなら誘拐犯全員ぶちのめすことだって、出来ると思うわ)
ただそうした場合、かなりの確率で私が聖女だとバレてしまう。
付与魔法は聖属性の魔法だからだ。
(つまり私は、聖属性魔法を使わずに脱出しなきゃいけないってことよね?)
十中八九、誘拐犯は成人男性。単独犯とは考えにくいから複数犯だろう。
いくら私が騎士団幼年学校の学生でも、手足を縛られた状態から大人の男性数人に勝つのは、かなり難しい――――というのが、普通の考えだ。
(となれば、使えるのは収納魔法の中身くらいかしら? たまたまポケットに入っていましたってことにすればいいわよね。何か役立ちそうなモノなかったかな?)
私は無言でアイテムボックスを開いた。幸いなことに遠征前の準備で、アイテムは山ほど入っている。
(北部での戦いを想定していたから、炎系のアイテムがたくさんあるのよね。火炎瓶とか馬車の外に転がしてみるのはどうかしら?)
馬車の周囲で爆発が起こったら、さすがに馬を止めるだろう。その隙を突いて逃げようという作戦だ。
ただ、問題はこの馬車がどこを走っているかわからないこと。周囲に何もない荒野の一本道を走っているならいいけれど、街中を走っていたりすれば、他にも被害を与えてしまう可能性がある。
それに、さすがに火炎瓶を持ち歩く令嬢はいないかもしれない。
(火炎瓶はダメね。使うならもっと威力の小さいモノじゃなきゃ)
だったら、煙玉はどうだろう?
派手な煙が上がるだけで、目眩ましになる以外では、目が染みるとか咳きこむとかの効果くらいしかないものだ。小型の魔獣によく効くから遠征に持って行こうと思っていたのだけど。
(周囲への被害も少ないし、煙を見れば馬車も止まるかもしれないわ。それに、煙玉なら、貴族令嬢が護身で持っていてもおかしくないわよね?)
あとは煙に紛れて私が逃げだせば万々歳だ。
――――よし、そうしよう!
そう思った私は、アイテムボックスから煙玉を選ぶ。
そのまま馬車の進行方向に向かって五メートル離れた辺りに、ポンと放りだすイメージを浮かべた。
すると次の瞬間、ボン! と大きな音がして、馬車がガタガタと揺れだす。
次いで、馬のいななきと男の大声が響いて、馬車は急停止した。
「なんだ、いきなり!」
「クソッ! 前が見えねぇ」
「敵襲か!?」
「いったい誰が!」
誘拐犯の声は、四人分。無言の人がいる可能性も考えて、五~六人というところかもしれない。
私ひとりを攫うにしては、ずいぶん大勢いるみたいね。
よほど、金払いのいい依頼主なのかな?
……いやな予想が膨らむばかりだ。
まあ、いいや! グズグズしてはいられない。
私は、自分に強化魔法をかけると、足を拘束していた荒縄をブツリと引きちぎった。




