油断しました
その後、私は遠征の準備をはじめた。
訓練に一層熱を入れることはもちろん、あらためてゲームの知識を思いだし、この遠征で現れる魔獣や、陥る危険について調べ直す。
(攻略対象者のトラウマの原因ってだけで、詳細な情報がなかったのが悔しいわ。スチルが一枚あったけど、あれに描かれていた魔獣は、フェンリルと、あとなんだっけ)
懸命に思いだし、魔獣に関する知識を探した。
対応策を考えて、アイテムボックスを充実させる。
(大量のポーションは必須として、毒消しも必要よね。氷耐性が強い防具やアイテムを用意して……武器は、炎属性のあるものがいいかしら)
自分の分だけではなく、エドヴィンとマルク、ビクトリア……出来れば、遠征隊全員に行き渡る分くらいのアイテムを備えたい。
(魔法を使えないとされている私が持って行っても、大っぴらには渡せないかもしれないけど……転ばぬ先の杖。備えあれば憂いなしよね)
もちろん結界魔法を刺繍で付与したハンカチも作った。
マルクとビクトリア用で、図柄は紋章、名前無し。
「エドヴィン殿下にもお渡ししたの?」
ビクトリアに渡したら、興味津々に聞かれた。
「ええ。先に渡してあるわ」
「……ひょっとして、名前入り?」
エドヴィンの忘れ物が多いということは、ビクトリアも知っているほど有名なのだろうか?
「そうよ」
「きゃあ! やっぱり」
ビクトリアは、飛び上がるほど興奮した。
…………これはマズいのではなかろうか?
「……誰にも言わないでね」
口止めしなければ、あっという間にエドヴィンが忘れん坊だと広まってしまいそう。
「もちろん、秘密は守るわよ。お子ちゃま王子に知られたら大変だものね」
まあ、たしかに弟には知られたくないかもしれない。
「……ねぇ、ひょっとしてその指輪は、お返しにもらったの?」
ビクトリアが指さすのは、私が左手の薬指にはめている指輪だ。
ハンカチを渡した三日後にもらった。
匿ってもらったお礼にハンカチを渡したのに、そのお返しなんてもらえないって、いったんは断ったんだけど、気持ちだからって言われて押し切られてしまったのだ。
今まで私は装飾品を身につけたことがなかったから、これがお返しだとわかったのだろう。
シンプルな細い金の指輪には、小さなブルーサファイアが邪魔にならないように埋めこまれていて、とても機能的だ。日本でいう結婚指輪にイメージは近い。
(普段使いの指輪って感じよね。それほど高くなさそう)
だから受け取ったのだけど。
なお、この世界では左手の薬指にはめることに、日本のような意味は無い。偶然エドヴィンがこの指にはめたので、そのままにしているだけだ。
(わざわざ別の指にはめかえるのは、意識しているみたいだし)
「エドヴィン殿下の色よね?」
「偶然でしょう」
なんとなく頬が熱くなる私だが、ビクトリアの頬も赤い。
「頑張ってね!」
「…………何を?」
「もうっ、いやね。そんなこと言わせないでよ!」
言いながらビクトリアは、私の肩をバチンと叩いてきた。
地味に痛い……。
本気でわからなかったんだけど、聞くのは諦めた。
そんなこんなで、遠征出発まであと三日。
いつも以上に気を張っていたつもりだったのだけど、それはあくまで遠征に関して。
その他のことが、おざなりになっていたことは間違いない。
結果、この体たらくだ。
ガタガタと揺れる馬車の荷台に、私は手足を縛られ転がされている。しかも口には猿轡まで。
なんと、拐かしに遭ってしまったのだ。
(嘘でしょう…………)
信じたくないのだが、この現状は如何ともしがたかった。




