灯台下暗し
久しぶりに前世の夢を見た。
元夫がでてきて、勝手なことを喚き散らす最低な夢。
「許してくれ!」
「軽い遊びのつもりだったんだ」
「しつこく言い寄られて、何度断っても諦めてくれなくて、『一度だけでいいの』『浮気なんて誰でもしているのに』って言われて……友人も肯定するから」
その友人って、あなたが親友だって紹介してくれたあの人でしょう?
私に、あなたの浮気を証拠写真付きで教えてくれたのも、その親友さんよ。
「あいつもよろしくヤッているんだから、俺たちもしないか?」って誘われたから、ぶっ飛ばしてやったんだけど。
あと『一度だけでいい』ってお願いされた割には、何度も浮気を繰り返していたみたいよね?
まあ、もうどうでもいいから、さっさと私の夢から消え失せて。
「……絶対離婚はしない!」
お生憎様、私たちもう離婚したのよ。
「だったら再婚する! 君と結婚するのは僕だ!」
そう言った途端、元夫の姿がオリヴェルになった。
「君と僕は、結ばれる運命なんだよ」
勝手に決めないで。
この世界が乙女ゲームだろうとなんだろうと、私は自分の運命は自分で決めるわ。
「さあ、僕の手を取って」
いやだって言っているでしょう!
あなたの手を取るくらいなら、私は――――!
その後、何かを叫んだような気がするんだけど……覚えてないわ。
夢ってそういうものよね。
見た後からぽろぽろと内容を忘れていくの。
その割に、元クズ夫とオリヴェルの身勝手な主張は、記憶に残っているけれど。
いやなことほど忘れられないって、こういうことかしら?
「エイミーさま、お茶をお持ちしましょうか?」
最悪な夢を思いだし頭を抱えていれば、声をかけられた。
「あ、はい。お願いします」
豪華な花はないけれど、小さく可愛い花々の咲き乱れる庭に面したバルコニーで、私は恐縮しながら頭を下げる。
「そんなに緊張なさらないでくださいな。ここは本当に小さな宮で、使用人も気心の知れた者が数名いるだけなのですよ。ご自宅にいるつもりでくつろいでください」
にこやかな笑顔を向けてくる年配の侍女さんは、穏やかな雰囲気でとても優しそう。
「ありがとうございます」
「フフ……すぐに準備いたしますね」
慈愛に満ちた視線を向けられて、私はもう一度ぺこりと頭を下げた。
そよそよと吹く風さえも和やかに感じられるこの場所は、実は王宮の一角だ。
派手で豪華な本宮とは離れた奥にある別邸の庭で、前世日本のわびさびに通じるような質素で奥深い美しさを感じられる。
そう。王宮から騎士団幼年学校に押しかけたオリヴェルから逃げるため、なんと私は王宮のエドヴィンの宮に匿われていた。
「まさかオリヴェルも、君が王宮にいるとは思わないだろうからね」
灯台下暗し。たしかにそうかもしれないが、もっと別の場所はなかったのだろうか?
――――あの日、オリヴェルの手から逃れるため、エドヴィンかマルクの偽婚約者になる手段を、私はきっぱり断った。
そのため、別の方法が必要になったのだが、三人で知恵を絞って至った結論は、逃げの一手だけ。
「オリヴェルは、もう収納魔法を取得している。それでも騎士団幼年学校にいるのは、エイミー、君に会いたいがためだけだ。つまり、君さえいなければオリヴェルは幼年学校からいなくなるはずなんだ。弟が諦める間だけ身を隠してくれないか?」
非常に不本意なのだが、他にいい方法も思い浮かばない。
私は泣く泣くその案を受け入れた。
問題は、それを学校側が受け入れてくれるかどうかだったのだが、こちらは呆気ないほど簡単に了承が出る。
「王太子が、一学生に毎日叩きのめされているのだから、当然さ。いくら不敬を問わないと言われていても、オリヴェルが負傷すれば学校側の責任問題になるからね」
私が身を隠している間の勉強や訓練は、エドヴィンが監督生として責任を持って教えてくれることになった。最終的には学期末の試験で合格点をだせば問題ないそうだ。
そして、避難場所としてあげられたのがエドヴィンの離宮だったのだ。
「王宮は盲点だと思うけど……」
もう一度周囲の様子に目を配る。
かつてエドヴィンの母の宮だったという建物は、日本ならばお金持ちの邸といった外観だった。
ただしそれはあくまで日本ならばの話。乙女ゲームの豪華絢爛なお城の中では、質素を通り越して貧相な部類になるだろう。
「……本当に差別を受けて育ったのね」
仮にも第一王子なのに、この境遇。その上命まで狙われたのだから、早々に王位争奪戦から離脱を図ったのも納得だ。
(生き残りたくて逃げた先で死んでしまったのは、哀れとしか言いようがないけれど)
エドヴィンは、本当に悲劇の王子だったのだ。
それもこれも、メイン攻略対象者のトラウマにされるためだけに。
(なんだか、滅茶苦茶腹が立ってきたわ)
やっぱり私は乙女ゲームのヒロインになんてならない!
そう心に誓う。
「――――ああ、よかった。お茶の時間に間に合ったようだね」
決意をあらたにしていれば、少し弾んだ声がした。




