私の選択
私は焦った。そりゃあもう、この上ないくらい。
「な、な、な、な、なんのことでしょう?」
我ながら呆れてしまうくらいのキョドリようだ。
「ああ。怖がらないでいいよ。言っただろう。私たちは君の秘密を暴きたいわけじゃない。むしろ守ってあげたいんだよ」
エドヴィンが、ことさら優しく微笑む。
それをどうして信じられると思うの?
「俺たちが君を聖女だと思ったのは、入学試験の試合のときだ。……君は、骨折だけを治していた」
マルクが冷静に指摘してくる。
「こ、こ、こ、骨折なんてしていませんよ」
私はまだキョドリ中。鶏みたいにコココと鳴いてしまう。
「残念だけど、自分が相手の骨を折ったかどうかくらいわかるよ」
「か、勘違いでは?」
「ボキッて音がしたからね」
「え? ボキッ?」
「ああ。あれは間違いなく骨が折れた音だった」
そう言われれば……音がした。
私の耳にも、はっきり聞こえたわ。
でも、あの音って他の人にも聞こえていたの?
そんな大きな音だった?
疑問が顔に出たのだろう、マルクが頷いた。
「腹の鳴る音が周囲に聞こえることがあるだろう? あれと同じだ」
「まあ、音とかしなくとも自分の打撃が相手にどれだけ衝撃を与えたかくらいは、わかるけどね」
ふたりの言葉を聞いて、私の顔から血の気が引いていく。
「大丈夫だよ! 私たち以外は誰も気づいていないから」
言葉と同時に、エドヴィンが私の手を取った。両手でキュッと握ってくる。
「私たちは、君が聖女だということを誰にも言うつもりはないんだよ」
真剣な光をたたえた碧の目が覗きこんできて……私は、ようやく少し冷静になれた。
彼の言うとおりだ。
私の境遇に、今のところ大きな変化はない。もしも彼らが私を聖女だと訴えていたのなら、もうとっくの昔に神殿が迎えに来ていたことだろう。同時に騎士団幼年学校への入学も取り消されたと思う。
なにより王族や神殿が聖女を放っておくはずがないから。
聖女には、それだけの利用価値があるのだもの。
「――――どうして?」
なぜ、彼らは黙っていてくれるのだろう?
「君は、隠したいんだろう?」
「他人の秘密を、それがなんであれ言いふらすような趣味はない」
エドヴィンとマルクの言葉は、真摯だった。とても嘘をついているようには見えない。
でも――――。
「なんで?」
だからなおさらわからなかった。なぜ私を助けてくれるのかが。
彼らにとって、そこにメリットはあるの?
「…………あ~。なんて言うか……同病相憐れむ?」
「フェンリルは共食いしないだろう?」
照れくさそうに紡がれた彼らの言葉を聞いて、私は、目をパチパチと瞬いた。
フェンリルって……それは、日本で言うところの『狼は互いに食わず』と同じ意味なのかしら?
ひょっとして、こっちの世界では、そう言うの?
つまり、私が聖女でありながらそれを隠しているのと同じような事情が、彼らにもあるということ……なのだろうか?
それで、同情というか親身になって、私を庇ってくれようとしているの?
でも、第一王子と騎士団長の息子の彼らに、いったいどんな事情があるのかな?
きっと私の顔には、疑問符がたくさん浮かんで見えたのだろう。
彼らは、仕方なさそうに重い口を開く。
「私は、王子でなくてもいいから、暗殺の心配をしないですむ子どもに生まれたかったな」
「俺は、あの男が親でなければなんでもいい」
話す表情は、苦いもの食べたように歪んでいる。
――――そういえば、彼らは攻略対象者のトラウマになった存在だ。
つまり、それほどに強い負い目を与える人物だということ。
(優秀すぎる兄だからだと思っていたけれど……それだけじゃないのかもしれないわ?)
たとえば、コンプレックスの対象となったその兄が、自分よりずっと劣悪な環境で育っていたのだとしたら。
兄より恵まれ、至れり尽くせりに育ててもらっているのに、自分たちの力が兄に及びもつかなかったのであれば。
しかも、相手は死んでしまって、新たな勝負も挑めない。
そんな状況であれば、攻略対象者のトラウマは、想像以上に深刻だったのかもしれない。
――――なんか、すごくありそうな話だわ。
それを負い目にして、勝手に傷つく攻略対象者に対しては、同情なんて欠片も出来ないけれど。
私が、聖女という誰もが羨む力を得ても少しも嬉しくないように、エドヴィンとマルクも、高い身分になんの喜びも感じていないのかもしれない。
だからこそ私の気持ちがわかるのだろう。
私の意思を尊重し、私が聖女だということを、ふたりは内緒にしようとしてくれる。
――――正直、彼らとはこれ以上関わりたくなかった。
でも、彼らを盾にした方が、面倒ごとが少なくなるのも事実だわ。
いまだ私の手は、エドヴィンに握られている。
大きな手の感触は温かで、心配そうなまなざしは優しい。
無表情なマルクでさえ、私を気遣っていてくれることは感じられた。
それがとても嬉しいから。
(ああ、もう! どうせ、ここまで私のことを考えてくれた彼らを、黙って死なせるなんて出来っこないんだから! だったら、ここで親しくなっておく方が、いろいろ都合がいいわよね)
ただし――――。
「返事をする前に、聞きたいことがあります」
私は彼らの目をまっすぐに見据えた。
「聞きたいこと?」
なんでも聞いてと、碧の目が言っている。
「ええ。……おふたりには、婚約者がいますか?」
これだけは確認したかった。
ふたりは、虚を突かれたみたい。
「「婚約者?」」
聞き返してくる声は、綺麗に重なっている。
首を傾げながら、エドヴィンが先に答えた。
「いったいなんでそんなことを知りたいのかはわからないけれど……王妃に嫌われている第一王子と縁を結びたいなんていう、奇特な貴族はいないからね。私に婚約者はいないよ」
次いでマルクも口を開いた。
「俺の方は、縁談を持ちかけられたことは何回かあるんだが、全部あの男――――父が断っていた。……俺に、婚約者の実家という後ろ盾がつくのがいやなんだろうな。俺の力が少しでも増すことを極端に恐れているんだ」
なんだ、その王妃と父親は?
ふたりとも、なかなかにハードな家庭環境を持っているみたい。
でも、ならばひとまず安心だわ。
やっぱり彼らは、乙女ゲームの攻略対象者とは違う。
まあ、だからって彼らと恋愛ゲームをするつもりなんて、全然まったくないけどね。
今世は、恋も愛も結婚も、みんなまとめてお断りよ!
「わかりました。――――おふたりに、私の盾になってもらいます。ただ、私はこの世で浮気者が一番嫌いなので、今後おふたりに婚約者が出来たなら、必ず私より婚約者の方を優先させてください」
ふたりはますます困惑顔。
「…………よくわからないけど、わかったよ」
「婚約なんてする予定はないから、いらない心配だとは思うがな。肝に銘じておく」
私は、にっこり笑った。
「これからよろしくお願いします。エドヴィン監督生、マルク監督生」
こうして私の学生生活が、はじまったのだった。




