第一王子の見つけた少女 その一
今日は、朝から虫の居所が悪かった。
昨晩侍女から、母の庭園が潰されるという知らせを受けたからだ。
私の母は、王の側室。正室である王妃より先に身ごもって私を産んでしまったため、王妃に疎まれ命を狙われ、耐えきれずに王都を離れた負け犬ならぬ負け妃だ。
私が覚えている母は、泣いているか泣きそうになっているかのどちらかで、笑っている顔なんて見たこともない。
当然、私に笑いかけてくれたこともなく――――。
だから、母の庭園が潰されると言われても、私に感慨などあろうはずもなかった。好きにすればいいと思ったのだが……ただ、この件の裏で嗤う者を思えば、面白からぬものはある。
(間違いなく、王妃のいやがらせだろうからな)
先日、騎士団士官学校の寮から城に帰った私は、久しぶりに家族の晩餐の席についた。
そこで父である国王が、私を褒めたのだ。
「士官学校の監督生に選ばれたそうだな。文武共に優れていなければ選ばれないものだと聞いたぞ。頑張っているな」
たったそれだけの言葉。
それでも王妃は、悔しそうに顔を歪めた。
そして、この事態である。
(幼稚なのにも程がある)
花が好きだった母の庭園には、絶滅寸前の希少品種もあると聞く。せめてそのくらいは移植しようかと思ったが…………いや、きっとそんなことをすれば、移植先の花壇まで潰される未来しか見えない。
結果、黙って見ているしかなくて、そのことに対し、私は自分で思っていた以上に我を失っていたらしかった。
受験生の少女の口車に乗り、鬱憤を晴らすかのように戦って、やり過ぎたと気づいたのは少女の腕に模造剣を思いっきり叩きつけた後のこと。
ハッと我に返ると同時に、剣を喉元に突きつけられていることに気づいた。
「ザマァ(ミロ)」と、呟いた少女の唇を、やけに赤いなと思ったことを覚えている。
倒れてしまった少女を慌てて救護室に運んだのだが――――。
「…………え? 彼女は骨折していないのですか?」
私は驚き聞き返した。
彼女を診察した医務官は、首を大きく縦に振る。
「ええ。気絶したのは怪我のためではなく、試験のストレスからくる精神的なものかもしれませんね。……とはいえ、この打撲は酷い。エドヴィン殿下ともあろうお方が、女性にこんな傷をつけられるとは」
非難の目を向けられても仕方ない。手加減出来なかったのは、私の未熟さゆえだ。
しかし――――。
「私は、たしかに骨の折れる音を聞いたのです」
感触もあった。あれは間違いなく相手の骨を折ったときの手応えだ。
「いいえ、骨に異常はありませんよ。よかったですね」
よかったはよかったが、どうにも納得出来ない。
なおも医務官に確認しようとした私の袖を、背後からマルクが引いた。
振り返れば、黙って首を横に振られる。
マルク・クロブジャーは、幼い頃からの私の友だ。騎士団長を父に持つ武術の天才で、寡黙だが誠実で信頼のおける男。
その彼が、今は何も言うなと暗に伝えてくる。
「リシャーク男爵家に連絡しましたから、じきに迎えがくるはずです。殿下方は、お帰りになっても大丈夫ですよ」
医務官にそう言われたが、私は首を横に振った。
「いえ。いくら試験だったといえ彼女に怪我をさせたのは私です。謝罪したいので彼女の目が覚めるまで待っています」
「そうですか。……では、少しこの場をお任せしてもいいですか? 実は、他にも怪我をした受験生がいましてね。そちらを診てきたいのです。リシャーク男爵令嬢は、打撲以外は大きな怪我もありませんし、ご本人が目覚めればお帰りになってもらっていいですよ」
医務官は、忙しそうに立ち上がると、そそくさと部屋を出て行った。
患者の意識が戻らないうちにこの場を離れるのは、正直医師としてどうなのかと思うのだが、今はこちらにとっても都合がいい。
医務官に続いて扉に向かったマルクは、廊下に誰もいないことをたしかめてから施錠し、こちらに戻ってきた。
「マルク、私は本当にリシャーク男爵令嬢の骨を折ったんだ」
私の訴えに、彼も頷く。
「わかっている。俺にも音が聞こえたからな。あれは確実にいっていた」
「だったら、なぜ彼女は骨折していないんだ?」
それが一番不可解だ。
マルクは、少し答えをためらった。……やがて口を開く。
「折れたはずの骨が治っていること。そして、戦いの最中に急に動きが変わること。このふたつを満たす答えを俺は知っている」
たしかに、エイミー・リシャークの動きはおかしかった。私と対戦した途端、急に動きがよくなったし、戦っている最中も突然別人になったかのように強くなったのだ。
視線で続きを促せば、マルクは声を潜めて囁いた。
「骨折を治すのは回復魔法。動きが変わったのは付与魔法で自分を強化したのだろう」
「え?」
「どちらも聖属性の魔法だ。それが使えるというのなら……おそらく、エイミー・リシャークは聖女だ。……そう思う」
私は思わず息を呑んだ。




