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4.罪と罰①

「クリス様、ちょっとご相談が」


 リサがクリスと通りを歩いていたら、ローラの声がした。ローラはグラス騎士爵の次女。グラス騎士爵は領地を持たないから、クリスの父に仕えている。


 ローラはリサを一瞥した後、「倉庫の件で、困ったことがあって」とクリスに近づいた。ローラは父が管理を任されている穀物倉庫で働いている。それにしても……クリスとローラの距離が近いのが気に入らない。


「私も行きます」


 ローラの眉がぴくりと上がった。リサはクリスの仕事を補佐しているのだから、同行することに何の問題もないはずだ。ローラは何か言いたげだったが、穀物倉庫に二人を案内した。


**


「小麦農家から税が増えた理由を教えてほしい、と言われました。税率が上がったと聞いていませんし、何と回答すればいいのか」


 ローラは首をすくめた。リサも税率が上がったとは聞いていない。


「小麦農家の税は現物、つまり小麦で徴収している。徴収量が増えたということかな?」

「そうです。徴税人が徴収した小麦が去年より多かったようです」


 小麦農家に課している税は、収穫予定量に対して50%が徴収される。これは、実際の収穫量に対して課税すると、収穫量をごまかす農家がいるためだ。収穫量の50%が税として徴収されるわけではない。

 農家が納める小麦の量は毎年同じ。なのに、小麦農家は税が増えたと訴えた。


「徴収する量は去年と同じはずです。農家に事情を確認したほうがいいですね」


 リサが提案したら、「そうしようか」とクリスは同意した。


**


 石畳の小道を抜けると、小麦畑が現れた。収穫後の畑には、大きな藁の束がいくつも置いてある。強い風が吹くと、藁の束がざわざわと音を立てる。

 畑の中に農家はあった。赤茶けた屋根瓦、白く塗られた漆喰の壁はひびが目立つ。天井から煙が立つ台所では、女性が夕飯の支度をしていた。


「こんばんは」とクリスが挨拶した。

「あら、クリス様。リサも一緒だね。お昼を食べていくかい?」


 いつもどおり気さくな対応。よそ者のリサにも、この女性は親切にしてくれる。


「いえ、お気になさらずに。お尋ねしたいことがあって来たんですが、出直してきた方が良さそうですね」

「大丈夫だよ。すぐ終わるから、ちょっと中で待っていてくれるかい?」


 リサたちが台所横の部屋に座っていると、女性は畑で採れた新鮮な野菜を刻み始めた。包丁が心地好いリズムを刻む。煮立った鍋に肉と野菜を放り込み、調味料で味を調えていく。いい香りがした。

 鍋に蓋をすると「これでよし! もう大丈夫だよ」と女性は手を叩いた。


 リサは小麦の徴収量を調べていることを、女性に説明した。


「ああ、そのことだね。今年から徴税人が量って、小麦を徴収することになったらしい」

「そうなんですか?」

「不正をした農家がいたらしい。徴税人が持っていった小麦が、去年よりも増えたんだ」

「どれくらい増えましたか?」

「一割だね」


 女性は「ちょっと来てくれるかい?」とリサたちを保管庫に案内した。

 中には収穫された小麦が保存袋に入れられ、木製の台に並んでいる。


「うちの税は50樽分だ。去年までは50袋で50樽分だった。今年は55袋で50樽分だった」

「一割増えましたね」

「去年までは袋一つが樽一つとして扱ってくれた。今年は徴税人がますを使って量った。今年のほうが正確なんだろうけど、急に増やされると困るよ」


 徴収量が一割も増えれば、農家にとっては死活問題である。枡で量ったのだから、徴税人の徴収量は正確なのだろう。しかし、徴税人がごまかした可能性は否定できない。


「あの、枡を貸してもらえませんか?」


 女性は口をぽかんと開けた。リサの意図が通じていない。


「徴税人が間違っていないか、確認しておこうと思いまして」

 愛想笑いを浮かべると、「ああ、そういうことかい」と女性は物置に向かった。


「そこまでしなくても」

 クリスは頭をかいた。どうせ無駄だろうと考えている。


「徴収量が正しいか、調べておくべきです。正しければ、税が増えたのではなく、去年までの計量方法が間違っていた、と農家に納得してもらえます」


 リサの語気が強くなると、「わかったよ」とクリスはため息をついた。


 女性が大型の枡を持って、保管庫に戻ってきた。この枡の10杯分が1樽に相当する。

 リサは女性に断ってから、保存袋の小麦を枡で量った。……8、9、10。ちょうど10回すくったところで、小麦は残り僅かになった。保存袋の小麦は1樽よりも多かった。


「こちらの袋も確かめていいですか?」


 女の了承を得て、別の保存袋を量る。結果は同じだった。


「徴収量が多すぎます」


 クリスの耳元で囁いた。クリスは口元に手を当てて黙り込む。


「ここだけ計量を間違ったのかもしれません。他の農家も確かめましょう」


 クリスは「そうだね」とため息をついた。


**


 もう一軒の結果も同じだった。徴税人は、枡で量りなおしたよりも一割多く徴収していた。


「やはり、徴税人が横領していましたね」

「面倒なことになった」


 クリスは長いため息をついた。徴税人は領主が任命するのだから、任命責任はクリスの父にある。


「父に会ってくるよ」


 クリスは肩を落として、穀物倉庫を出ていった。


**


 領内には徴税人が10人いる。横領した徴税人はサイモン。リサは何度か話したことがあった。サイモンは真面目で、規則を遵守して職務を遂行していた。領主からの信頼も厚かった。


 サイモンは、横領した小麦をどこかに一定期間保管しておいて、金に換えるために外部に運び出すだろう。サイモンが担当する農家は約50軒、横領した小麦は保存袋100個を超える。サイモンの自宅には、それだけの量の小麦を隠す場所がない。

 それに、小麦を運ぶのに馬や牛が要るし、小麦を売る領外の顧客を確保しないといけない。小麦の保管、運搬、顧客の開拓、それらをサイモンが一人でできるとは思えない。協力者がいるだろう。

 リサはサイモンの周辺を探ることにした。


**


「大量の小麦を隠すとしたら、どこだと思います?」


 焼き菓子を口にしたクリスが目を丸くする。リサの突然の質問に困惑している。


「ええっと、サイモンの件です。証拠がないと拘束するわけにいきませんから」

「そういうことね」

「サイモンの家には隠す場所がありませんでした」


 クリスは口元に手を当てて黙り込むと、「そうだ」と手を叩いた。


「少し前に、ある物語を読んだ。その物語では、登場人物が葉を隠したんだ。どこに隠したと思う?」

「家の戸棚でしょうか?」

「違う、森だよ。森には葉がたくさんあるからね。たくさんある場所に紛れ込ませるのが、物を隠す効果的な方法なんだ。人を隠すなら人ごみの中。だから、小麦を隠すなら?」


長くなったので2話に分割しました。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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