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魔女達に愛を  作者: アモーラリゼ
セレナ編⑤脱出

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ラグリナとノエル

空が茜に染まる頃、二つの影が深い森を必死に駆け抜けていた。


 ラグリナとノエル。かつてカリストの審問官として、アナスタシアに仕えていた二人は、長い沈黙の中からようやく言葉を交わしながら走っていた。


「……もうすぐ、よ。あの街が見える」


「リヴィエールじゃない、高原の街スラリーよ。だけど……きっと、アナスタシア様の仲間に会える」


 疲労困憊だった。クラリーチェの洗脳から解放された後、彼女たちは一息つく間もなく逃走を始めた。ノイエルの叫びが脳裏に焼きついている。


『捕まえろ! あの裏切り者どもを!』


 自分たちが「裏切り者」と呼ばれるとは、かつて夢にも思わなかった。だが今、こうして自分たちの意志で走っていることに、後悔はなかった。


「アナスタシア様に、伝えなきゃ……私たち、今度こそ、信じて仕えたいの」


「そうね……フィーネにも……会えるかもしれない」


 森の端にたどり着いたとき、二人は思わずその場に座り込んだ。


 高原の街スラリーが、ようやく目の前にあった。


 木々の隙間から見える建物群は、かつて彼女たちが知っていたどの都市とも違って、どこか穏やかな、魔力の圧がない不思議な空気を纏っていた。


「……ここ、本当に魔女がいないの?」


「でも、健司がいるわ。アナスタシア様と共にいた男……」


「ふふ……会ったら何て言おうかしら。まず、詫びからね……」


 立ち上がったその時だった。


「随分、息を切らしてるわね」


 前方から現れたのは、一人の女だった。鮮やかな白銀の髪を持ち、瞳は燃えるような赤。その姿に、二人は息を呑んだ。


「アウレリア……!」


 魔女のトップ層に位置した者の一人。アナスタシアと並び称された存在であり、彼女たちにとっては、過去の敵に近い存在だった。


「どうしたの、そんなに顔色を変えて。私が怖い?」


 アウレリアの笑みは、どこか楽しげだったが、威圧感は凄まじかった。逃亡の途中で出くわすには、最悪の相手。


「わ、私たちは……」


 言いかけて、ラグリナは拳を握った。


「アナスタシア様に、会いたいんです。どうか、通してください」


 ノエルも続いた。


「私たちは、もうカリストに戻る気はありません。アナスタシア様にすべてを話したい……だから、お願いします!」


 アウレリアはしばし黙って、二人を見つめた。


 その瞳の奥には、かつてアナスタシアと共に戦った戦場、裏切り、苦悩、すべてを知る者だけが持つ深い感情が宿っていた。


「……ふふ、懐かしい顔ね。まさか、あなたたちがここまで来るなんて」


 アウレリアは一歩、近づいた。


「あなたたち、勘違いしているみたいだけど……私は、アナスタシアと敵対してないわ」


「え……?」


 ノエルが、目を見開いた。


「リヴィエールでアナスタシアと再会して、一緒に笑ったわ。昔のようにね」


 アウレリアの声には、懐かしさと優しさが混じっていた。


「今の私たちは、カリストの純血主義に背を向けて、ここにいるの。健司と共に、この地に“愛”をもたらすために……」


 ラグリナは、言葉を失った。


 アナスタシア様が……アウレリアと和解を……?


「でも、それをカリストの上層部が知れば……」


「当然、健司を抹殺しようとするでしょうね。クラリーチェもリズリィも動いた。だけど、彼女たちに健司は倒せなかった。むしろ、魔法の在り方が根本から揺らいだのよ」


「魔法が……揺らいだ?」


 ノエルが呟く。


 アウレリアは、彼女の肩に手を置いた。


「健司の魔法は、私たち魔女の常識を越えている。死者すら、愛の記憶として蘇らせる。彼に触れた者は、皆、変わっていく……。それが、クラリーチェをも動揺させたのよ」


「……希望が……本当に……あるんですね」


 ラグリナの瞳が、涙で潤んだ。


 それは、長い間心の奥底に封じ込めてきた想い――かつての「主君」を信じたいという純粋な気持ちだった。


「アナスタシア様に……もう一度……仕えさせてください」


「ふふ、言われるまでもないわ。もう、あなたたちはアナスタシアの仲間よ。彼女の“選んだ道”を信じて、ここに来た。それだけで、充分よ」


 アウレリアは、二人を優しく抱きしめた。


 その温もりが、過去の苦しみと恐れをすべて溶かしていくようだった。


「ようこそ、高原の街スラリーへ。あなたたちも、これからは愛の味方よ」


 その言葉に、二人は涙を流しながら頷いた。


 ――その時、背後で音がした。


 パチパチと、何かが燃えるような音。


 森の入り口に、魔力が渦巻いていた。


「追手……!?」


 ノエルが振り返ると、数人のカリスト魔女が姿を現した。


「ラグリナ!ノエル!カリストに戻りなさい!」


 ――ノイエルの声だった。


「ここにいたか……捕まえて連れ帰れ!」


「……っ、やっぱり……!」


 ラグリナが身構える。だが、アウレリアは静かに手を伸ばした。


「私に任せて」


 その瞬間、彼女の背後に、健司の気配が現れた。


「間に合ったね」


 やさしい声が、二人の肩を支えるように届いた。


「……健司……」


 ラグリナとノエルの目に、確かな希望の光が宿った。


 過去の苦しみ、罪、裏切りを越えて、今こそ、新たな未来へ。


 アナスタシアのもとへ、愛のもとへ、彼女たちは歩み出していた。


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