高原の街スラリーの再会と宣言
高原の街スラリーに、夏の終わりの風が吹いていた。木々は深緑から淡く黄ばんだ色に移り変わり、街角の花壇には季節外れのラベンダーが咲いている。
この街で、健司は穏やかな時間を過ごしていた。セレナ、レリア、クロエ、リセル――多くの女性たちに囲まれて、戦火から離れた静かな日々。だが、それも長くは続かないだろう。カリストの魔女たちは、必ず健司の力を追ってくる。そして彼は、自分が起こした“奇跡”に対する責任を、自らの意思で受け止めようとしていた。
そんな午後のことだった。
「……健司!」
澄んだ声が響く。振り返った健司の胸に、飛び込んできたのはアウレリアだった。赤紫の髪が陽光にきらめき、瞳に涙を浮かべている。
「やっと、会えた……」
「ああ、アウレリア。無事だったんだね」
言い終える前に、彼女は健司の胸に顔をうずめた。背中にまわされた腕が、震えている。
「あなたに会いたかった。ずっと、ずっと。もう、二度と離れたくない」
その様子に、数メートル離れた場所で見ていたカテリーナが、むっすりと頬を膨らませた。
「ちょっと、アウレリア、調子に乗りすぎじゃない?」
「ふふっ、カテリーナ? 私は本気よ。健司にすべてを捧げるつもりなの」
その言葉に、健司は目を見開いた。
「す、すべてって……」
「そう。心も、体も、生き方も。私はもう、あのカリストには戻らない。健司、あなたのそばで、新しい世界を見ていきたいの」
その瞬間、「全て!」と叫ぶ声がかぶさった。
クロエとリセルだった。
二人は顔を真っ赤にして、肩を並べて立ち、健司の目をまっすぐに見据えていた。
「それなら、私も健司にすべてを捧げたわ!」
「私もよ、健司。あなただけが、私のすべて……っ」
彼女たちの瞳には揺るぎない覚悟があった。クロエの銀髪が風に揺れ、リセルの青いドレスが静かに翻る。健司は返す言葉を失い、視線を落とした。
そこへ、さらに三人の影が加わった。
ソレイユ、セレナ、そしてミリィ。
「ふふ、面白くなってきたわね」
と、ソレイユが微笑んだ。
「じゃあ、私も宣言しようか。健司、私はあなたに……すべてを捧げたわ。ずっと前に」
「うん、私も」
とセレナが静かに頷く。
「お姉ちゃんが戻ってきて、本当に嬉しい。でも健司……私、あなたのこと、大好きなの。だから……絶対に渡さない」
「わたしも、そう思ってた」
とミリィが言う。
「健司は、誰にでも優しいから……でも、あの時、わたしの魔法を受け止めてくれたでしょ? わたしは……あなたに全部、預けたつもり」
一人、また一人と重なる想い。健司の目の前には、六人の魔女たちが並び、それぞれの“すべて”を彼に差し出していた。
誰もが、ただの魔女ではなかった。カリストの審問官に匹敵する力を持ち、国や一族の宿命と戦ってきた者たちだ。その彼女たちが、いま健司という一人の男に心を捧げようとしている。
その光景に、すれ違いざまの人々も立ち止まり、見つめる者さえいた。
「……クロエたち、本当に、そんなふうに思ってくれていたんだね」
健司は、胸に手を置いて静かに言った。
「ありがとう。でも……僕は、一人を選ぶなんて、まだできないよ。みんなが、それぞれに大切なんだ。君たちが、笑っていてくれることが、僕にとっての救いなんだ」
沈黙が落ちた。
だが、ソレイユがくすりと笑った。
「……うん、健司らしい答えね。だけど、覚悟してね。私たち、待ってるだけじゃないわよ」
「ああ、覚悟はしてるよ」
健司はそう言って微笑んだ。そして、彼女たち一人一人に目を向け、丁寧に頷いた。
その後、カテリーナがぽつりと呟いた。
「……で、私は?」
その一言に、全員が振り向いた。アウレリアが片眉を上げ、ソレイユが口元を押さえて笑い、クロエとリセルは
「うーん」
と困ったような顔になり、セレナは
「カテリーナ様なら、もう捧げてるでしょ?」
とさらりと言った。
「な、なにそれ! 健司! 私は!?」
健司は、そっと視線を逸らした。
「……それは、また今度、話そうか」
「今でしょ!? い、今でしょ!!」
高原の街に、魔女たちの笑い声がこだました。
世界はまだ荒れている。カリストの脅威も、死の魔法も、すべてが終わったわけではない。だが、彼らには確かに“愛”があった。誰かを想い、誰かに寄り添う――その強さが、世界を変えていくと、健司は信じていた。
そして、彼女たちの“すべて”を真正面から受け止める覚悟を、少しずつ、その胸に育てはじめていたのだった。
――一瞬、周囲に緊張と照れと、そして奇妙な熱が混じった沈黙が訪れた。
「ちょ、ちょっと待って。なんの話になってるんだ?」
健司は慌てて手を上げて制止する。
「いや、みんな、落ち着こう。とにかく会えてよかったよ」
アウレリアは健司の腕を放しながらも、意味深な笑みを浮かべた。
「……でも、こんな風に笑っていられるのも、今のうちかもね」
その言葉に、カテリーナの表情が曇った。
「どういう意味?」
健司も思わず問い返した。
アウレリアはしばらく沈黙し、やがてゆっくりと答えた。
「クラリーチェとリズリィに会ったの。彼女たち、高原の街スラリーに来てたわ。もう帰ったけど、青い顔してた」
「……どうして?」
「あなたの魔法を見たからよ」
アウレリアは健司を見つめながら言った。
「死者を具現化させ、感情を呼び起こし、恐怖を抱かせる……あれは、カリストの価値観とは最も遠い」
「でも、それだけで……?」
「それだけじゃない。カリストが、あなたを……抹殺しに来るわ」
健司の目が鋭くなる。
「理由は?」
アウレリアは小さく息を吸い、視線を空に向けた。
「……ラグナが答えを知ってる」
「ラグナ?」
「審問官の一人。クラリーチェやリズリィよりも格上。カリストの中でもトップに入る魔女よ」
ヴェリシアが険しい声で補足する。
「力だけじゃない、情報や歴史にも精通してる。ラグナが動くってことは、ただの魔女狩りとは違うわ」
「でも、ラグナだけじゃない」
アウレリアはふと意味深な微笑を浮かべた。
「アナスタシアも……知ってるわよ。なぜカリストがあなたを恐れるのか」
健司は黙った。
何かがある。自分の魔法が、カリストの根本的な価値観を揺るがす何か。
それがただの“力”ではなく、“概念”そのものに関わる何かであることを、健司は直感していた。
「アウレリア。なぜ……あんなに驚いていたんだ?クラリーチェたち」
「それは……あなたの魔法が“死”と“愛”を繋げたからよ」
アウレリアの言葉に、周囲が静まり返る。
「彼女たちは死を恐れ、支配の手段に使い、絶対視してきた。でも、あなたは“死”を通じて愛を示した。それが、カリストの価値を真っ向から否定するの」
「でも……僕はそんなつもりじゃ……」
「分かってる。だからこそ恐ろしいのよ。無意識に人の価値観を変える魔法。それこそが、カリストが最も恐れるものよ」
「……ラグナが動く理由が、それなんだな」
アウレリアはうなずいた。
「近いうちに、きっとまた何かが起きるわ。カリストはもう静かじゃいられない。でも私たちは――あなたの味方よ」
リーベル、ガーネット、ユミナも、うなずいた。
「私たちはもうカリストには戻らない。あの時のリズリィの魔法も、私たちには効かなかった。もう、あの思想には縛られない」
健司は深く頷いた。
この戦いは、単なる魔女との争いではない。思想と思想のぶつかり合い――“愛”という言葉の重さを、世界が試される戦いなのだ。
そのとき、後ろでこっそり聞いていたリセルとクロエが、ぽそっと口を揃えて言った。
「でも、全てを捧げるって、健司にはまだ早い気がする……」
「同感……」
セレナとソレイユがクスクス笑い、ミリィは健司の腕に寄り添った。
「でも、守る覚悟は、私たちも一緒だよ」
健司は仲間たちを見渡し、小さく笑った。
「……ありがとう。僕も、みんなを守る」
高原の風がまた吹き抜け、遠くにカリストの山並みが霞んでいた。
嵐の前の静けさの中、確かに彼らは絆を深め、これからの戦いに向けて覚悟を固めていた。




