セレナとレリア
高原の街の宿屋、午後の柔らかな陽が差し込む窓辺で、健司はセレナの隣に座っていた。
「ありがとう、健司……」
静かに言葉を紡いだのは、蘇ったレリアだった。彼女は、あの日のままの姿――黒髪を風に揺らし、穏やかな微笑みを浮かべている。けれど、その眼差しには長い時間、冷たく暗い世界に閉じ込められていた痛みと、今を生きる希望が織り交ざっていた。
レリアは健司の手をそっと取った。
「あなたが……わたしを呼び戻してくれたのね。あの冷たい闇の中で、ただ名前を呼ばれる声が聞こえた……“レリア”って。あたたかかった……」
「生きていてほしかったんだ」
健司は真っ直ぐに見つめ返した。
「セレナが、君のことでずっと心に傷を抱えていた。だから……」
「健司!」
セレナが割って入った。ふだんは穏やかで控えめな彼女の声が、今は怒気と嫉妬を孕んでいた。
「お姉ちゃん、健司の手を……」
セレナの瞳が潤む。だが、それは喜びではない。
「……健司は、わたしの、大切な人だから……」
レリアはその言葉に少し驚いたように目を見開いたが、すぐに優しい笑顔に戻る。
「ごめんね、セレナ。そんなつもりじゃなかったの。ただ、どうしても感謝を伝えたかったのよ」
セレナは何も言わなかった。けれど、健司の手を取り返すように、ぎゅっと握った。
そのとき、背後の扉が開いた。
「……ああ、もう、そうなると思ってた」
呆れたような、でもどこか楽しげな声が響く。
振り返ると、そこにはクロエとリセルがいた。二人とも腕を組み、微妙な表情を浮かべていた。
「セレナ、先に言っとくけど、健司はあんたの所有物じゃないよ?」
「同感。しかも私たち、ずっと一緒に旅してきたしね」
クロエがやや挑発的な視線をセレナに向け、リセルはどこか落ち着いた口調で話す。
「こ、これは、その……」
セレナが言葉を詰まらせた。
レリアは、苦笑しながらも、席を立った。
「ごめんなさいね、健司。セレナ……少し休むわ」
彼女は静かに部屋を後にし、場には不穏な空気が残された。
「ふぅ……」
健司は頭をかいた。
「そんなつもりじゃなかったんだけどな」
「でもさ、健司、あの魔法は……すごかったよ」
クロエが話を戻した。
「完全な復活だった。魂だけじゃない。肉体まで……あれ、どうやったの?」
健司は視線を落とし、少しの沈黙のあと、口を開いた。
「僕の魔法は……『想いを形にする』ものなんだ。心から強く願えば、それが実現する。今回はセレナの想いが強くて……」
「それにしてもだよ」
リセルが真顔になる。
「リズリィとクラリーチェの顔色、見た?あれ、マジでびびってたって」
「……うん。カリストの魔女たち、あのまま引き下がるとは思えない」
クロエの声が真剣味を帯びる。
「これからもっと強い連中が来るかもしれない。ラグナ……いや、それ以上の存在が」
「……覚悟はできてる」
健司は言い切った。
「この力が脅威になるのなら、僕は逃げない。僕のやったことの意味を、ちゃんと伝えたい」
そのとき、セレナが再び口を開いた。
「健司……私も一緒に戦う。お姉ちゃんのこと、守ってくれてありがとう。でも、これからは私も……!」
彼女の声は、まるで別人のように強かった。
「私、もう逃げない。あの日のことも、リズリィも、全部と向き合う」
健司は彼女の手を取り、真剣なまなざしでうなずいた。
「一緒に行こう、セレナ。君の想いが、僕をここまで連れてきたんだ」
静かに、けれど確かな絆が、その場に結ばれていった。
だが――
リセルが窓の外に目を向けた。
「……誰か、来てる」
クロエも気づいた。
「この魔力……間違いない、またカリストの魔女だ」
外の空は、すでに夕闇に包まれつつあった。
誰かが、静かにこの街に足を踏み入れた。
それは――クラリーチェでもリズリィでもない、さらに異質な気配。
「……セレナ。守ってみせるよ、君も、レリアも」
健司は立ち上がり、再び戦う決意をその胸に刻んだ。
愛する人を、過去を、そして未来を守るために――。




