裏切り者達との再会
高原の街スラリーを出て間もない山道。霧の立ち込める朝、クラリーチェとリズリィ、そして数名の審問官の魔女たちは、早急な帰還を目指していた。
「……健司は異常だ」
クラリーチェが言葉を吐いた。怒気に似た震えを帯びた声だった。
「見たでしょう、あの光。セレナの姉——レリアが、肉体を伴って蘇った。あれは……魔法じゃない。認識できない何かだわ」
「私もそう思う。死者を生き返らせるなど……魔法の理を逸脱している」
リズリィが唸るように言った。月の魔法の名手であり、死に近い領域を知る彼女ですら、健司の魔法の理は理解の外だった。
「アスフォルデの環の魔女たちも従わせ、死者を蘇らせる。何者なの?」
「……審問しないといけない。生かしておけない存在かもしれないわ」
クラリーチェが苛立ちを抑えきれず、吐き捨てた瞬間だった。
霧の中から人影が浮かび上がる。5人。女たち。
「……っ、まさか」
リズリィが警戒し、魔力を指先に集めた。
「裏切り者のアウレリアか」
クラリーチェが静かに言った。
現れたのは、アウレリア、ダリア、リーベル、ガーネット、ユミナ。かつての審問官たち、今はアスフォルデの環の一部とされる者たちだった。
「何をしに来た」
リズリィが鋭く問いかけた。
アウレリアが静かに笑った。
「……懐かしいわね。クラリーチェ、リズリィ。あの頃の私を思い出すわ。信じていたのに、すべてはただの命令だった。私たちの正義は、誰のためだったのかしら?」
「ふん、お前の戯言には興味はない」
クラリーチェが吐き捨てるように言い、手を上げた。
「すぐに消えて。貴女たちの存在そのものが、カリストへの裏切りよ」
リズリィはアウレリアを一瞥し、冷たく言った。
「孤独だったお前が、寂しさ紛れに幻術で仲間ごっこをしているだけだろう? 偽物を見せられても、我々は騙されない」
その瞬間だった。アウレリアの隣に立つダリアが一歩前へ進む。
「……あの日、あなたたちは私たちを見捨てた」
彼女の声は静かだったが、その奥に確かな怒りがあった。
「死んだはずだ!」
クラリーチェが叫んだ。
「あのとき、確かにダリアたちは敵に襲われて——」
「……違うわ。私たちは生き延びた。でも、見捨てられたの」
リーベルが続けた。
「私たちは、審問官の誇りを捨てなかった。ただ、カリストが私たちを捨てただけ。気づいたのよ」
ガーネットが言った。
「真の正義を。アスフォルデの環にいたからこそ、救われた命がある。健司という存在が、私たちを変えたの」
ユミナが口を開いた。
リズリィが黙って、アウレリアを睨みつけた。
「じゃあ、証明してみせろ」
リズリィは魔力を解放し、月光のような光を指先に集めた。空気が震え、銀色の奔流がアウレリアに放たれる。
だが。
――パァン。
銀の光がアウレリアに当たる直前、ダリアが手を翳すと、まるで神聖の盾のように光を弾いた。波紋のように拡がる結界が、リズリィの魔法を無効化した。
「……っ。そんな……!」
リズリィが驚愕する。
「幻術じゃない。私たちは本物。生きて、信じ、そしてここに立っている」
ダリアの声は揺るぎなかった。
クラリーチェが奥歯を噛みしめる。
「……ならば、裏切りの証明だ。全員、この場で捕らえる。抵抗すれば——」
「その言葉、今の自分たちにこそ向けるべきだわ」
アウレリアが強い口調で言った。
「カリストは、審問官たちを使い捨てにし、健司という真の希望を敵と見なしている。あなたたちは、何のために戦っているの?」
リズリィの手が震える。
「私たちは……秩序のために……」
「秩序とは誰のもの? 本当に人々のための正義だったの?」
問いに答えられない沈黙の中で、ユミナが一歩踏み出した。
「リズリィ、あなたの魔法は確かに強かった。けれど、力がすべてではない。信じる心も、守りたいという意志も、それが私たちの力なの」
ガーネットも続く。
「カリストの正義に疑問を持ったことは? 感じていたはずよ。あの街の空気は、愛じゃなくて、管理と命令だった」
クラリーチェは唇を噛み締めた。言葉が出ない。
アウレリアは、静かに振り返るように言った。
「私たちの正義は、健司がくれたもの。……彼は命を弄ぶ存在ではない。命の尊さを、他の誰よりも知っている」
しばしの沈黙の後、クラリーチェが背を向けた。
「……今日はここまでよ。報告すれば、きっと……あの方が動く」
「ラグナ?」
アウレリアが問う。
クラリーチェは頷きもせず、霧の中へと消えていった。リズリィも黙ってその後を追った。
彼女たちは敗れたわけではない。だが、揺らぎを心に残していた。
残されたアウレリアたちは、深く息を吐いた。
「……信じて、よかった」
ダリアが呟く。
「戻りましょう。健司が待ってる」
アウレリアの言葉に、皆が頷いた。
そして彼女たちは、新たな覚悟を胸に、高原の街へと歩き出した。




