レリア
高原の街の朝は、霧に包まれていた。ひんやりとした空気が、目覚めたばかりの街に静寂を運んでいた。健司は宿屋の窓を開け、遠くの山々を眺めた。今日が何か大きな転機になる――そんな直感があった。
その直感は、間違っていなかった。
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その頃、街の入り口では、2人の魔女が姿を現していた。リズリィ――紅い瞳を持つ月の魔女。そしてクラリーチェ――審問官の中でも鋭く、冷酷と噂される銀髪の魔女。彼女たちは街の中心を目指して歩き始めた。
「さて、健司はどこにいるのかしらね」
とクラリーチェが呟く。
「まずは、セレナにご挨拶ね」
とリズリィが笑った。
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健司たちは街の広場近くにいた。セレナ、カテリーナ、リセル、クロエ、そしてヴェリシアが緊張した面持ちで見守っていた。
――そして、現れた。
通りの向こうから、リズリィとクラリーチェが悠然と現れたのだ。
「セレナ、随分と大きくなったじゃない」
リズリィの声は、甘く、しかし残酷な刃のように響いた。
セレナは一歩前に出た。震える足を、懸命に踏みしめながら。
「リズリィ……姉さんの仇!」
「姉さん? ああ……あの黒髪の美人ね。懐かしいわ。まさか、まだ覚えてたの?」
リズリィの紅い瞳が、どこか嬉しそうに細まった。
その時、健司が口を開いた。
「リズリィさん、一つだけ聞きたいことがあるんです」
「あなたが健司? いいわ、聞かせてちょうだい」
「セレナのお姉さん、覚えていますか?」
「ええ。セレナに似ていて、優しげな雰囲気だった。少し泣き虫だった気もするわ。でも、どうして?」
健司は静かに手を広げた。
「こんな感じですか?」
その瞬間、光が辺りを包み込んだ。
広場の中央に、淡い輝きが集まり、形を成す。まるで月の光を宿したような柔らかい白い衣が揺れ、長い黒髪が風にたなびいた。
「……え?」
クラリーチェの声がかすれた。
そこに現れたのは――レリア。
あの日、命を落としたセレナの姉だった。光の中から現れたその姿は、生きていた頃とまったく同じ。いや、それ以上に神々しさを湛えていた。
「お、お姉ちゃん……」
セレナの声が震えた。
レリアはゆっくりとセレナの元に歩み寄る。確かな足取り、温かい息遣い、そして――抱きしめたその感触。
「……セレナ。もう泣かないで」
「夢じゃない……本当に、お姉ちゃんだ……!」
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クラリーチェとリズリィは、しばし言葉を失っていた。
「……肉体ごと……生き返った……? そんな魔法……」
クラリーチェの冷静さが崩れかけていた。
「不死の魔法でも、復元の奇跡でもない……。これは、存在そのものを時空に引き戻した……まさか――」
リズリィは健司を凝視した。
「……あなた、いったい何者なの?」
健司は静かに答えた。
「ただの人間ですよ。でも、どうしても叶えたい願いがあった。それだけです」
「バカな……神に等しい奇跡だぞ、それは」
「違います。これは希望です」
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レリアはセレナの手を取り、微笑んだ。
「ありがとう、セレナ。あなたが生きていてくれて、本当に嬉しい」
「私も……ずっと会いたかった……」
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しばしの沈黙の後、クラリーチェが言った。
「……これは、上に報告せねばなるまい」
「帰るつもり?」
とカテリーナが一歩前に出た。
「もちろんよ。無断で戦えば、言い訳が立たないからね。でも……これはもう、健司という存在がカリストの秩序を揺るがすという証明だわ」
リズリィは目を細めた。
「私は……もう少し見たかったけど。まあ、いいわ。また会いましょう、セレナ。そして健司」
彼女は一度、レリアを見つめた。感情の読めないその表情には、わずかに複雑な感情が滲んでいた。
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彼女たちが立ち去った後、健司は静かに膝をついた。
「……大丈夫か?」
とクロエが駆け寄る。
「ああ……ただ、全力だった。魂まで削った感じだよ」
リセルが支える。
「でも、あなたの想いが通じた。セレナさんの姉を救った」
ヴェリシアがそっと呟いた。
「人の願いが、奇跡を起こす。魔女の国では、ずっと否定されてきた言葉……」
セレナは、健司のそばに座った。
「ありがとう、健司。私は……この日のために生きてきた」
「セレナ……これからは、姉さんと一緒に生きていけるよ」
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その夜、高原の街は眠れないほどの熱気に包まれていた。セレナとレリアの再会、そして健司が見せた奇跡。それは魔女の世界に、新たな波紋を呼ぶことになる。
リズリィもクラリーチェも、この出来事を黙っているはずがない。だが、今は――
希望が勝った夜だった。




