カリストの魔女たち、動く―
純血主義国家カリスト──
高原の街よりさらに北、雪深い断崖の王国。
魔女以外を劣等と見なす厳格な思想を掲げ、異質な存在は徹底して排除される。
その中央にある黒曜石の塔。
今日も、選ばれた審問官たちが集い、冷たく静かな空気が支配していた。
クラリーチェは、細身の身体を黒衣に包み、静かに地図を見下ろしていた。
艶やかな黒髪が肩で揺れ、瞳には紅玉のような光が宿っている。
「……健司、という男が高原の街に入ったらしい」
「健司?」
一人が小首を傾げた。
それは、月光の魔女リズリィ。
真紅の瞳と銀の髪を持つ、カリストで最も恐れられる魔女のひとりだ。
声には狂気にも似た喜びが滲んでいた。
「それって、アナスタシアを破ったという──あの人間の男のこと?」
クラリーチェは頷いた。
「……奴の背後には、アスフォルデの環の魔女たちがついている。そして、カテリーナの魔法も効かなかったらしい」
その場の空気が一瞬凍った。
「カテリーナ? あのカテリーナの?」
「ええ。事実なら、異常事態よ」
クラリーチェは眉をひそめた。
「魔女の枠組みにすら当てはまらない……その可能性がある」
「面白いじゃない」
リズリィがにやりと笑った。
「私も行く。月を背に狩りをするのは久しぶり。あの男……味わいがいがありそう」
「リズリィ、やりすぎは禁物よ」
最後に口を開いたのは、審問官の中でも最強のひとり、ラグナだった。
彼女の声は低く、重く、静かだったが、誰もがその一言に背筋を伸ばした。
灰銀色の髪を背中まで流し、漆黒の鎧に身を包むその姿は、まるで「戦の女神」。
「我々の目的は、カリストの威信を保つこと。目立ちすぎる行動は禁物だ。特に、健司という存在……その力の正体が不明だ」
クラリーチェは頷き、ラグナに視線を送る。
「了解した。捕らえて、力の正体を探る……それが目的ね」
「それが最優先だ」
ラグナの言葉に、審問官たちは沈黙のまま、頷いた。
それは命令であり、決して逆らえない重みだった。
* * *
同じ頃──高原の街。
健司は宿の一室で、アスフォルデの環の面々と共に明日の予定を練っていた。
高原の街の住民たちは穏やかで、魔女の気配も薄い。
「この街には、魔女はいない……というのは本当みたいだね」
エルネアが頷いた。
「ええ。この街は昔、魔女狩りの激戦地だったから、魔女側もあまり深入りしないの」
リセルが心配そうに言葉を挟む。
「でも、ここに私たちが来たってことは、カリスト側に情報が漏れる可能性もあるわ」
「……その通りだね」
健司は小さく頷いた。
彼の中には、カテリーナの魔法が自分に効かなかった事実と、その反響がまだくすぶっていた。
「……大丈夫。来たら、迎え撃つだけだ」
リーネが強気に笑った。
「今の私たちなら、負ける気がしないし、何より──健司がいる」
ヴェリシアは窓際で、静かに外を見つめていた。
「……月が、少し赤いわ」
誰かが、来る。
それが彼女たちの直感だった。
* * *
カリスト、移動部隊の陣。
クラリーチェ、リズリィ、そして部下の審問官たちは、高原の街の外れまで辿り着いていた。
「さて……どうやって動こうかしら」
クラリーチェが薄く笑った。
「市街地に堂々と入るわけにもいかないし。夜まで待つ?」
リズリィは、空を見上げた。
赤く染まった月が、地平線に浮かんでいた。
「最高の夜になるわね……健司、って男。
あなたの“優しさ”……私にも、見せてくれる?」
ラグナからの言葉が頭をよぎる。
『やりすぎるな』──
だが、リズリィの中で、過去の記憶が疼いていた。
あの夜、セレナの姉を手にかけたときの月も、たしかに──赤かった。
「……すぐに終わらせるつもりはないわ。彼を“試す”だけ」
クラリーチェも静かに目を閉じた。
「もし彼が、魔女の枠を超えた存在なら……カリストの未来も、揺らぐかもしれない」
──そう。
いま、カリストは揺れ始めていた。
アナスタシアが敗北し、アスフォルデの環が再び動き始め、
そして、「人間の男」が、その中心に立っている。
異端でありながら、魔女たちを変えていく存在。
それは、カリストという閉ざされた国にとって、
最も忌避すべき“変革”の象徴だった。
だが、それを「排除すべき異物」として葬るのか、
あるいは「時代の流れ」として受け入れるのか──
それを決める戦いが、始まろうとしていた。




