カリストの女王カリオペ
高原の街の空気は、涼しさの中にどこか乾いたものがあった。木造の建物が並ぶその街は、山の稜線に抱かれるように静かに息づいており、夜の帳が下りるとともに、肌を刺すような冷気が空から舞い降りてくる。
健司は、アスフォルデの環の面々と共に、小さな宿屋の一室に腰を下ろしていた。暖炉の火がパチパチと音を立てて燃え、炎の揺らめきが部屋の壁をオレンジ色に染めていた。
「……ここまで来たね」
ソレイユが、湯気の立つカップを手にしながら、穏やかに言った。彼女の言葉には、これまでの道のりに対する感慨と、これから向かう場所への覚悟が込められている。
健司は、目の前に座るリセル、クロエ、ヴェリシア、そしてソレイユ、リーネ、セレナ、エルネアたちの顔を順に見渡した。頼もしい仲間たち。彼女たちと一緒なら、どんな道でも進めると思える。
しかし、その夜の健司は、どうしても確かめておきたい疑問を口にした。
「カリストを率いているのは……ラグナなのか?」
その場に一瞬、張り詰めたような空気が流れた。
「……違う」
最初に答えたのは、エルネアだった。彼女は背筋を伸ばし、静かに言葉を紡いだ。
「ラグナは確かに、魔女の中でも最強の一人。トップ10に入るほどの実力者。でも、カリストを”率いている”のは別の存在よ。彼女は神聖魔法の使い手――名は、カリオペ」
「カリオペ……?」
健司は、その名を初めて聞いた。記録にも、噂にも登場した記憶がない。
「彼女は、表に出てこない。でも、カリストの『理念』を作った人であり、審問官たちにとっての象徴。絶対的な存在よ」
「でも……神聖魔法の使い手なのに、審問官を従えてるの?」
その問いに答えたのは、クロエだった。
「むしろ、神聖魔法だからこそ、審問官たちは彼女を慕うの。審問官たちは、純血を守るためなら他を容赦なく排除する――その過激さは、カリストの信念の表れでもある。けれど、カリオペは”過激ではない”。彼女は、理想を追い求めているだけなの」
「優しい方だと聞きました」
今度は、リセルが静かに言った。
「ただ、それが”正しい優しさかどうか”は、私たちの価値観とは違うかもしれない。彼女は、カリストの魔女たちを守ろうとしている。そのために、異なる血、異なる文化を”閉じる”ことを選んでいる」
「……壁を作る優しさか」
健司の言葉に、皆が黙った。
暖炉の火が、また静かにパチ、と弾ける。
「彼女自身は、誰かを傷つけたいわけじゃない。でも、カリストの魔女たちは……中には、リズリィのような過激な者もいる。力で全てを押し通すような者も」
ヴェリシアの言葉に、セレナが軽くうなずいた。
「私は、リズリィを許せない。姉さんを殺したのは、“国家の命令”じゃない。ただの『制裁』だった……あの時、人間と話していただけなのに。私は見たの。リズリィの目……あれは”正義”の目じゃなかった。ただの嗜虐心だった」
リーネが、セレナの肩にそっと手を添えた。
「大丈夫、今は、私たちがいるから」
「……ありがとう、リーネ」
健司は、そのやりとりを見守りながら、心の中で言葉を反芻していた。
優しさとは、なんだろう。
カリオペのように、理想を守るために閉ざす優しさもある。けれど、それは本当に正しい優しさなのか。ソレイユのように、誰にでも手を差し伸べる優しさもあれば、アナスタシアのように不器用でも寄り添おうとする優しさもある。
「僕は……カリオペという人に会ってみたい」
健司がそう呟くと、ソレイユが目を見開いた。
「危険よ。彼女に近づくということは、カリストの根幹に踏み込むことになる」
「それでも。彼女が敵か味方か、俺の目で見たい。カリストの真実を、知りたい」
誰も、健司を止めなかった。
しばらくして、エルネアが柔らかく言った。
「じゃあ、カリストに向かう前に……東の峠を越える必要がある。そこに、かつてカリオペの手で保護された小さな集落があるの。そこには、彼女の理想に共感した人々が住んでいる。話を聞くには、そこが最初の鍵になるかも」
健司は、うなずいた。
「……わかった。そこに行こう」
夜は更けていく。
だが健司の胸には、はっきりとした新たな目標が生まれていた。
アスフォルデの環の魔女たちとともに、健司はまた一歩、カリストという名の謎と闇に向かって歩みを進めるのだった。




