高原の街スラリー
朝の空気は冷たく、どこか張り詰めた緊張があった。
健司は、リヴィエールの広場に立っていた。旅の支度はすでに整っている。傍には、アスフォルデの環の魔女たち──ソレイユ、リーネ、エルネア、ヴェリシア、リセル、クロエ、ミリィ、ローザ、セレナ、そしてカテリーナの姿があった。
出発を見送るために、アウレリア、アナスタシア、ルナ、ミイナもやって来ていた。
「行ってくるよ。まずは高原の街スラリーに」
と健司が静かに言った。
「気をつけて」
とアウレリアが微笑む。だがその眼差しには、どこか心配の色があった。
「高原の街スラリーには……おそらく魔女はいないから」
健司は、自分に言い聞かせるように言った。
「でも、カリストに近い場所だ。何があってもおかしくないわ」
アナスタシアの声には重みがあった。彼女はかつて審問官の脅威をその身で知っている。
「油断しないで」
とルナが健司の袖をつまむように引っ張る。
「ちゃんと無事に帰ってきて」
「ミイナも、待ってるからね」
と彼女も小さく頷いた。
健司はみんなに向き直った。
「ありがとう。きっとまた戻るよ。その時は、きっと仲間がもっと増えてると思う」
その言葉に、アナスタシアの瞳がわずかに潤んだ。
「ラグリナとノイエルも……連れ帰ってくるから」
「……うん。よろしくね」
アナスタシアは小さく頷いた。どこかで信じていた。彼ならば、失った仲間たちさえ、もう一度取り戻せるのだと。
そして健司はアスフォルデの環の面々と共に、リヴィエールの門をくぐった。
旅は、始まった。
⸻
リヴィエールの街を離れてから数時間。道は徐々に傾斜を増し、緑豊かな平野から、風が吹きすさぶ高原へと変わっていく。
「このあたりから気温が変わってきたわね」
とクロエがマントを握り直す。
「高原の街スラリーは、もともと交易地だったの。でも魔女の影響がほとんどない場所。中立地帯と言ってもいいわ」
とリセルが説明する。
「ということは、ここから先がカリストの影響圏になるってこと?」
と健司が尋ねた。
「そうね。審問官たちの巡回もあるはず。何かあった時は即、敵対行動を取られるかも」
とヴェリシアが冷静に言った。
健司は頷いた。アスフォルデの環の面々は、かつて敵だった。今では仲間だが、カリストにとっては目障りな存在だろう。
その時、遠くに町の影が見えた。
「……あれが、高原の街スラリーか」
町は、石造りの家々が並ぶ素朴な作りだった。魔力を感じることはなく、代わりに、武装した人間の兵士が目立った。
「入り口で止められるかもしれない」
とソレイユが言うと、エルネアが歩みを速める。
「でも私たちには、武力じゃなく、言葉があるわ」
⸻
「旅人か? ここは自由都市だが、魔女の同行には注意を促されている」
門番は、健司たちの背後にいる魔女たちを見て、やや警戒を強めた。
健司は前に出た。
「僕たちはただの旅の一行だよ。戦う気はない。宿を探しているんだ」
「ふむ……このあたりでは最近、カリストからの動きが激しくなっていてな。魔女同士の争いが起きると困るんだ」
カテリーナが口を開いた。
「私たちはリヴィエールの代表として来た。争いを望んでいない。それが証明になるなら、私の力を封じて入ってもいい」
門番は迷ったように彼女を見たが、健司の真剣な表情を見て、ため息をついた。
「……わかった。街では大人しくしていてくれよ。下手な行動を取れば、追放されることになる」
「ありがとう」
と健司は頭を下げた。
⸻
街の中は、思ったよりも静かだった。市場もにぎわってはいたが、魔女が近づけば人々は距離を取った。
「歓迎ムードってわけじゃないね」
とミリィが苦笑する。
「当然よ。カリストが魔女の正義を語ってるんだもの。ここの人たちはそれを信じている」
とクロエ。
「けど、何人かはこちらをジッと見てる。話しかけるタイミングを探ってるのかも」
とリーネが小声でつぶやいた。
健司は、街の中心にある広場に視線を向けた。
「この街で、何か手がかりがあるといいけど……カリストの審問官について」
その時、ひとりの老婆が近づいてきた。
「……あなたが、リヴィエールから来た青年かい?」
「え? そうですが……」
「昔、この街にアナスタシア様が来てね。わたしはその時、助けてもらったのよ。あの人が戻らないと聞いていたが……あなたが後を継いだの?」
健司は驚いた。
「いいえ、そうではありません。ただ……アナスタシアさんの意志を大切にしているだけです」
「なら、言っておくれ。カリストの審問官たちは、近いうちにこの街を完全に掌握しようとしてる。まだ名前は出ていないが、“ラグナ”という魔女の噂を聞いたわ。恐ろしい力を持っているとか」
健司は、クロエと顔を見合わせた。
「……来たか」
⸻
その夜、宿に戻った健司は窓辺に立ち、遠くの星を見つめていた。
「ここが境界線なんだね。リヴィエールと、カリストの」
後ろからソレイユがそっと近づいてきた。
「でも、私たちは一緒にいる。健司がどこにいても、私たちはついていくよ」
リーネ、リセル、ヴェリシア、ミリィ、カテリーナ……みんなも彼のそばにいた。
「……ありがとう。みんながいてくれるから、進めるよ」
健司はそっと目を閉じた。これから待ち受けるのは、カリストの魔女たち。リズリィ、ノイエル、ラグリナ、そしてラグナ──
だが、彼には、アスフォルデの環の仲間たちがいる。
「高原の街スラリーを抜けて、次はカリストだ。……取り戻すよ。失われたものを。奪われたものを。そして、愛を」
風が窓から吹き込み、夜の帳が静かに彼らを包んだ。




