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魔女達に愛を  作者: アモーラリゼ
セレナ編②純血主義国家カリスト

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審問官たちの影

カリストに向かう前夜――。


 リヴィエールの夜は静かで、星が淡くまたたいていた。健司は宿屋の食堂で、クロエ、リセル、そしてヴェリシアと小さなテーブルを囲んでいた。他の仲間たちは休んでおり、少し静かな空気が心地よかった。


「カリストの審問官って……強い魔女が多いの?」


健司は、ずっと気になっていたことを口にした。


 その瞬間、クロエの表情がわずかに曇った。リセルは無言でカップに手を伸ばし、ヴェリシアは口元に笑みを浮かべたまま、淡々と答えた。


「強い……なんて言葉じゃ足りないわ。クラリーチェ、ノイエル、リズリィ、ヴァルディア、そして――ラグナ。東方の魔女たちなら誰でもその名を知ってる」


「ラグナ?」


健司が眉をひそめる。


「トップ10の一人よ」


クロエが口を開いた。


「戦闘力だけで言えば、アナスタシアやアウレリアに匹敵する存在。純血主義を掲げるカリストにおいて、彼女の力と信念は絶対的」


「どういう魔法を使うんだ?」


 リセルが静かに答える。


「ラグナは“重力”の魔女。重力場を自在に操ることで空間そのものを支配する。一歩動くだけで、相手の骨を砕くことも、心臓を止めることも可能」


「……えげつないね」


「クラリーチェは“記憶の改竄”。記憶を書き換えることで、敵を自滅に導くの。だから彼女との戦いでは、言葉すら危険」


ヴェリシアが言った。


「ノイエルは“氷と音”を融合させた複合魔法使い。音の波動で氷を振動させ、破砕し、飛ばす。攻撃と防御が一体化した魔法構造よ。油断すれば、心臓まで凍る」


 健司は黙って彼女たちの話に耳を傾けていた。重苦しい空気が流れる。


「……そしてリズリィ」


 その名を口にしたのはリセルだった。その声にはわずかな怒りと、哀しみの色が滲んでいた。


「彼女は月の魔法を使う。“血月”と呼ばれる赤い月が輝く夜に、その力は増す。彼女に近づくだけで、魔力を乱され、精神が侵食されるわ。セレナの姉さんを殺したのも……リズリィ」


「……セレナ……」


健司は思わず拳を握った。


「ヴァルディアは“封印”の魔女。対象の魔力、記憶、肉体そのものを“封じる”ことで完全無力化させる。最も恐ろしいのは、彼女が自分の感情を封印していること。迷いも痛みもない、冷徹な戦士よ」


 健司はゆっくりと椅子の背にもたれた。想像以上の敵の強さ。だが、恐れていては前に進めない。


「……カリストには、どうしてそんな魔女たちが集まってるんだ?」


「純血という思想が彼女たちを結びつけているからよ」


クロエが答えた。


「人間を排除し、魔女だけの世界を築こうとしている。だからこそ、あの国では力こそ正義。純血主義を貫く審問官は、その象徴」


「カリストの民の多くが、審問官に絶対服従する。理由は簡単、彼女たちが“神の代理人”だと信じられているから」


「神の代理人……?」


健司の目が鋭くなった。


「教義ではなく、圧倒的な力による支配よ。反抗する者は、即刻“粛清”。その粛清の実行者が審問官たち。カテリーナ様が嫌う理由もそこにあるわ」


「つまり、カテリーナさん、アウレリアさん、アナスタシアさんは、かつて審問官たちと敵対していた?」


「ええ。特にカテリーナ様は、ラグナと一度戦ってる。引き分けに近い結果だったけど、あれ以降、カテリーナ様は南へ逃れるように拠点を移したの」


「じゃあ……」


健司はふと、不安を覚えた。


「僕が彼女たちに勝ったことで、カリストの審問官たちが、俺を“排除対象”にする可能性も……」


 ヴェリシアがくすっと笑った。


「もうなってるわよ」


「え?」


「とっくに健司、あなたは“異端”としてリストに載ってる。」


「そうだね……“アスフォルデの環を倒し、リヴィエールを解放した異邦の男”。審問官たちにとっては、非常に危険な存在として警戒されているわ」


「……はは、やっぱりか」


 健司は頭をかいたが、表情は崩さなかった。


「健司」


リセルがまっすぐに見つめる。


「カリストに行くなら、命を懸ける覚悟が必要よ。彼女たちは、相手の“意志”を折るのが得意。だからこそ……負けないで」


 その言葉は、どこか切実だった。


 クロエも言葉を続けた。


「でも、あなただから信じてる。セレナを守って、みんなの願いを背負ってくれると。健司、あなたが行く意味はきっとある」


「もちろんだよ」


健司は静かにうなずいた。


「僕は、過去を変えることはできないけど、未来は変えられる。セレナの痛みを、もう誰にも味わわせたくないんだ」


 星が、ひときわ強く瞬いた。


 静かな決意が、リヴィエールの夜に確かに刻まれた。


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