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魔女達に愛を  作者: アモーラリゼ
セレナ編①セレナの過去

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セレナの決意

朝の光が、リヴィエールの街に静かに差し込んでいた。水の都はすっかり平穏を取り戻し、人々の足取りも軽くなっていたが、セレナの胸には静かに火が灯っていた。昨晩、アナスタシアの口から語られた「リズリィ」の名。それは彼女にとって、決して癒えない過去の扉を開く音でもあった。


 その日、セレナは訓練場の片隅で、静かに魔力を練っていた。その背を見つめながら、ソレイユとリーネが顔を見合わせる。


「セレナ、最近様子が変だよね……」


ソレイユが小さな声で言った。


「ええ、心がどこか遠くを見ている感じがするの」


リーネも頷いた。


 ふたりはゆっくりと彼女に歩み寄る。セレナはふたりの気配に気づいたが、微笑もうとはしなかった。


「どうしたの? 何かあったの?」


 ソレイユの問いに、セレナはそっと顔を上げる。


「……リズリィ、という名に心当たりがあるの」


 ソレイユとリーネは息をのんだ。


「リズリィって、まさか……カリストの審問官?」


「ええ。彼女が、私の姉を殺したの」


 その言葉に、リーネが手を口元にあてた。


「……セレナ……」


「人間と仲良くしていたというだけで、私たちは追われた。姉さんは……その時、私をかばって……」


 セレナの手が震えていた。怒りと悔しさと悲しみが、混ざり合い、彼女の心を突き動かしていた。


「だから私は、今度こそ逃げない。あの女を、リズリィを、私の手で倒す」


 決意の言葉だった。ソレイユとリーネは、彼女の決意の強さに言葉を失った。


 そこに、カタリーナが現れる。


「審問官を倒す? なるほどね」


 セレナが振り向いた。


「カタリーナ様……」


「リズリィは確かに危険な魔女よ。あなたと同じく月の魔力を操る稀有な存在。闇夜を支配し、意志を封じる月鎖の術を使う。感情に訴える魔法を一切使わず、相手を合理的に潰すことに長けている」


「……やっぱり強いのですね」


「うん。でも、勝てない相手じゃない。少なくとも、今の私たちなら」


 セレナが目を見開いた。


「今なら勝てると……?」


 カタリーナはにやりと笑った。


「昔の私たちならともかく、今のあなたには仲間がいる。そして健司もいる。彼がもたらす『迷いなき心』は、リズリィのような理性と支配の魔女には、何よりの毒となる」


「……健司……」


「リズリィが最も嫌うのは、『理不尽な優しさ』よ。彼の存在そのものが、彼女にとっての狂気となる」


 ソレイユが口を開いた。


「つまり、健司が鍵なんだね……?」


 カタリーナは頷いた。


「でもそれ以上に、あなたが心から望んで戦えるかどうか。それが一番の鍵よ。これはあなたの戦い。だから、私たちは支える」


「……カタリーナ様」


「ふふ、ちょっとらしくなかったかしら。でもね、セレナ。私はかつてリズリィと何度か顔を合わせたことがある。彼女は完璧主義者でありながら、弱者への無関心が強すぎる。人を見ない。数字と血筋しか見ないのよ」


 リーネが眉をひそめる。


「それって、心がないってこと?」


「違うわ。彼女は『自分の心』にしか興味がない。共感という感情がないの」


 セレナは静かに目を閉じる。


「私が、彼女に共感を教えてみせます」


 そう呟いた時、彼女の中の何かが、ゆっくりと燃え始めた。


 その日の夕方、健司が彼女たちの元に顔を出した。


「セレナさん、元気ないって聞いたから、心配で……」


 セレナは健司に微笑んだ。


「ありがとう。もう、大丈夫」


「……何かあったんだよね。話してくれるなら、聞くよ」


 セレナは一瞬ためらったが、静かに頷いた。


「健司さん、私には……倒さなきゃいけない魔女がいます。リズリィという女。私の過去を壊した、敵です」


 健司の表情が真剣になる。


「その人が、あなたの大切な人を……?」


「ええ。だから、私は戦います。でも……ひとつだけ、お願いしてもいいですか?」


「もちろん」


「そばにいてください。私が……戦いに迷いそうになった時、どうか呼んでください。私の名前を」


 健司はうなずいた。


「セレナ。あなたが迷ったとしても、僕はあなたのことを信じてる。いつだって味方だよ」


 セレナはその言葉に、思わず涙をこぼしそうになったが、ぐっと堪えて笑った。


「ありがとう、健司さん……私は、戦えます」


 夜の帳が街に降り始めた頃、アスフォルデの環の仲間たちも集まっていた。


 カタリーナが皆に告げる。


「明日、偵察を兼ねて、カリストの周辺を探るわよ。リズリィの動向を掴む必要がある。セレナの覚悟に応えるためにもね」


 健司も頷いた。


「僕たちで、セレナの過去を乗り越えよう。そして、未来を掴もう」


 仲間たちは皆、力強くうなずいた。


 戦いの火蓋は、静かに落とされようとしていた。

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