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魔女達に愛を  作者: アモーラリゼ
ミリィ編⑤帰る場所

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平和な日々

リヴィエールの昼は、澄み渡る空ときらめく水面がまるで一枚の絵画のように調和していた。魔女たちの街としての面影は残しつつも、今や人と魔女、そして異種族までもが平穏に歩むための場として、静かに息づいていた。


その中心部を、健司はどこか気まずい表情で歩いていた。


(朝の発言は、さすがにまずかったかな……)


ふとした冗談のつもりだった。けれど「この中で誰が一番優しいのかな?」という言葉は、想像以上にアスフォルデの環のメンバーたちに衝撃を与えてしまったようだ。


エルネアは鼻を鳴らし、「知性がある私」と自信満々に言い放った。

リーネは珍しく反論して、「回復できる私」と胸を張った。

ヴェリシアは、あの怖い笑顔を浮かべながら、「健司、誰だと思う?」と詰め寄ってきた。

リセルやカテリーナまでもが、どこか距離を取り、ミリィはひたすら黙って目をそらしていた。


(うわあ、完全に地雷踏んでる……)


健司は水辺の小道を歩きながら、ため息をついた。そんなとき、ふと視線の先に見覚えのある人物を見つけた。


「……アナスタシアさん?」


滝のように流れる銀髪をそよ風に揺らし、水面に小石を投げている姿は、まるで絵画から抜け出したような美しさだった。


アナスタシアは、ゆっくりと振り向いた。


「……あなたね、昨日の騒ぎの張本人は?」


「う……やっぱり、知ってましたか」


健司は頭をかきながら苦笑した。アナスタシアは口元だけで小さく笑った。


「この街は、静かなようで案外うわさ話が早いのよ。特に恋愛関係はね」


「えええ……それは……」


健司が焦っていると、木陰からもう一人姿を現した。


「レアなアナスタシア様を見ましたね」


微笑むのは、かつてアナスタシアに仕えていたフィーネだった。穏やかな顔で、ふたりのやり取りを見守っている。


「レア、って?」


「この人が、こうして人と会話するなんて珍しいんですよ。昔は命令か怒鳴るか、どちらかだった」


「……フィーネ、それは少し言い過ぎよ」


アナスタシアが目をそらして小さく呟いた。


「でも今は違う。あの時、あなたに負けを認めて……私、変わったのかもしれない」


そう言って、アナスタシアは水辺に腰を下ろした。


健司も隣に座った。


陽光が水面に反射し、波紋のように二人の間を揺らしていた。


「健司。あなたには、意中の人はいるの?」


ふいに、アナスタシアが問いかけた。


健司は咳き込んだ。


「えっ!? い、意中の……?」


「気になるだけでいいのよ。私は、そういうのを聞くのが苦手だったけど……今なら、少しはわかるかもしれない」


健司は空を見上げた。自分にとって「意中の人」とは誰なのか。ソレイユ、リセル、ミリィ、アウレリア、そして最近ではカテリーナやクロエまでがそばにいる。それぞれが大切で、それぞれに違う愛しさがある。


「……誰か一人って、難しいですね」


「ふふ、それはずるい答え方ね」


アナスタシアが笑った。かつての冷たい魔女とは思えない柔らかな笑みだった。


「でも、そうね。あなたには、みんなが惹かれる理由がある」


「そうですか?」


「そう。あなたは人を“選ばない”」


アナスタシアの言葉は、フィーネにも響いたようだった。フィーネは目を伏せながら小さく頷いた。


「純血主義や魔力の強さで人を測る時代は終わりを迎えているのかもしれませんね」


「終わらせたいですね」


と健司は応えた。


「だからこそ、アナスタシアさん。これからも、あなたが変わった姿をみんなに見せてあげてください」


「……簡単ではないわ」


「でも、アナスタシアさんならできます。僕、信じてますから」


アナスタシアは沈黙した。水面を見つめ、しばらく思いにふけったのち、小さく呟いた。


「……ありがとう」


それは本当に小さな声だったが、健司には確かに届いた。


◆ ◆ ◆


その日の午後、リヴィエールの中央広場では、小さな交流会が開かれていた。


健司が言い出した「リヴィエール交流祭り」は、魔女たちが一堂に会する新しい試みだった。


アナスタシアとフィーネも来ていた。


ヴェリシア、エルネア、リーネ、そしてソレイユやカテリーナたちも揃っていた。


そして、健司は壇上でこう言った。


「朝の発言、反省してます。優しいのは……全員です。それぞれの優しさがあって、それぞれが僕にとって大切です」


「ふーん」


とヴェリシアが怖い笑顔を浮かべた。


「いい落とし所だったと思うよ」


とエルネアがニヤリと笑った。


「回復できる優しさも大事だよね」


とリーネがすねながら呟いた。


そんな彼女たちを、アナスタシアは静かに見つめていた。


「……変わるのね、人は」


「はい。アナスタシアさんも、もう変わりました」


「ふふ……そうかもね」


アナスタシアが微笑んだ時、まるでその笑顔がリヴィエールの新しい時代の始まりを告げているようだった。


その日は、魔女たちも、人間たちも、笑顔で夜を迎えた。


星が降り注ぐ空の下で、健司は改めて思った。


(誰かを選ぶ日が来るのかな……いや、まだもう少し、この日々を続けたい)


風が、静かにリヴィエールを吹き抜けていった――。


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