寝室
夜のリヴィエールの街は、水面に月明かりがゆらめき、まるで夢のように静かだった。人々の笑い声が少しずつ遠ざかり、石造りの街の一角にある宿屋では、健司がようやくひと息ついていた。
「今日は……いろいろあったな……」
独り言をこぼしながら、健司は窓を開け、水の音を聞きながらベッドに腰を下ろす。アナスタシアとの戦い、街を取り戻したこと、そしてミリィとのやりとり。すべてが、ようやく一つの区切りを迎えた気がしていた。
すると、控えめなノック音が響いた。
「……こんな時間に?」
戸を開けると、そこにはリセルがいた。銀髪を軽く結い上げ、淡い光を受けたその姿はまるで水の精霊のようだった。
「ごめんね、眠れなくて……ちょっとだけ、ここにいてもいい?」
「もちろん、大丈夫だよ」
健司が頷くと、リセルは微笑みながら中に入った。部屋にはまだ蝋燭の灯がゆらめいており、暖かい雰囲気が漂っていた。健司が椅子を差し出すと、リセルはベッドの端に腰を下ろした。
「なんだか、今日は夢みたい。まさか、アナスタシアと話せる日が来るなんてね」
「そうだね……でも、それはリセルがずっと信じてくれたからだよ」
「ふふっ……健司のおかげだと思ってたけど、嬉しいな。ありがとう」
穏やかな空気が流れる中、再びノック音が響いた。
「……今度は誰だろう?」
扉を開けると、今度はクロエが立っていた。どこかきまり悪そうに頬をかきながら、目を合わせないようにしている。
「ちょっと……あたしも、ここにいていい?」
健司が苦笑しながら頷くと、クロエは小さな声で「ありがと」と言いながら中へ入った。リセルを見ると、なぜか少し睨むような目を向ける。
「……もう、来てたんだ」
「ん? どうしたの?」
「なんでもない。あたしも……今日はちょっと、落ち着かなくて」
クロエはベッドの反対側に座り、リセルと距離をとるように膝を抱えた。健司が「ふたりとも、無理しなくていいよ」と声をかけると、彼女たちは揃って微笑んだ。
だが、その空気を破るように、今度は勢いよく扉が開いた。
「健司っ!」
「ミ、ミリィ!?」
勢いよく飛び込んできたのは、ミリィだった。彼女は部屋を見回すと、すでにリセルとクロエがいることに眉をひそめた。
「やっぱり……先に来てると思った」
「なんで分かったの?」
「だって、今日ずっと健司と一緒にいたの、ミリィだけじゃん。絶対、来ると思ったもん」
「……そういうことか」
リセルとクロエが互いに視線を交わすと、ミリィは健司の隣に遠慮なく腰を下ろした。
「ミリィも寝られなかったの?」
「ううん、健司の隣で寝たくなったの。だって、ソレイユばっかりずるいでしょ?」
「……え?」
「私たちも、健司と寝たい!」
突然の宣言に、健司は口をぽかんと開けたまま固まった。だが、その言葉に反応したように、再び扉がノックされた。
「もう……まさか」
健司がそっと扉を開けると、今度はカテリーナが立っていた。少し頬を赤くしながら、唇を結んでいる。
「……私も、来ていい?」
部屋の中を覗き込むと、すでに先客が3人いるのが分かり、驚いたように目を丸くした。
「まさか、みんな……!」
「そう、だからカテリーナ様も入りなよ!」
ミリィが嬉しそうに手を振ると、カテリーナは少しだけ恥ずかしそうに中に入った。
「なんでこうなるのよ……ほんとにもう……」
健司は一人、ベッドの中央に追いやられ、左右に彼女たちが座るという形になった。クロエとミリィが膨れ顔で睨み合い、リセルとカテリーナはやや落ち着いているが、内心は複雑そうだ。
「ま、待って。みんな、今日はただ寝るだけだからね?」
「えーっ?」
「ソレイユは健司とくっついて寝てたんでしょ?」
「ねぇ、健司。誰の隣がいい?」
「……えっ?」
「選んでよ」
健司は心臓がバクバクし始めた。
――助けて、ソレイユ。
小さく呟いたが、ここには彼女はいない。代わりに、健司はふうっとため息をつき、笑顔を浮かべた。
「じゃあ、今日は……みんなで仲良く、並んで寝よう。誰か一人じゃなくて、全員一緒に」
「……ずるい!」
「……でも、それが健司らしいかも」
そう言って、みんなが一斉に布団に滑り込んだ。
誰の肩にもたれるでもなく、誰かを独占するでもなく、ただ寄り添うように並んで横になる。それが、今夜の彼女たちなりの“答え”だった。
「おやすみ、健司」
「おやすみ……みんな」
静かな夜のリヴィエール。水の音に包まれて、五人の夜が静かに更けていった――。




