カリストという国
夜が更け、リヴィエールの水面に月が映る頃。健司たちは宿舎の小さなリビングに集まっていた。アナスタシアの仲間、フィーネが口を開くと、その場の空気が一瞬で緊張に包まれた。
「気をつけて。あなたたち、カリストに狙われてるわ」
健司は目を細めた。隣にいたミリィが反射的に健司の腕を握る。
「……どうして、僕たちが?」
フィーネは重々しく椅子に腰掛けながら言った。
「アスフォルデの環を倒したからよ」
静寂が流れた。あの、ザサンの街での激闘。そして、多くの魔女たちが彼らの下に集い、自由を求めて歩みを始めたその一歩。だがそれは、別の国の利害を大きく刺激するものだったのだ。
「カリスト……魔女の純血主義を掲げる国。彼女らは、血の濃さと魔力を重んじる社会よ。あの国では、魔女が支配するのが当然とされていて、異なる思想は排除される。だからこそ……」
フィーネは言葉を詰まらせた。まるでその過去が喉をふさぐかのように。
「だからこそ、アナスタシア様のような、魔女と人間の共存を目指す当主は、目の上のたんこぶだった。だから彼女の仲間は……次々に離れていった」
アウレリアが腕を組んだまま口を開いた。
「洗脳か、脅しか。あるいは、自ら純血に染まったのかもしれない。けど、それが原因でリヴィエールは廃墟になった」
「……僕たちが倒したアスフォルデの環。それは、一部の人から見れば希望だけど、カリストから見れば、秩序を壊す反乱者だったわけか」
健司は静かに言った。その横でミリィがうつむき、ルゼリアとダリアは表情を引き締める。
「アナスタシアさんの仲間を、取り戻さないといけないんだね」
健司の言葉に、フィーネはゆっくりとうなずいた。
「その決意があるなら、伝えるわ。カリストには”審問官”と呼ばれる魔女たちがいる。彼女たちは個々が独立して動き、強大な魔力と心理的支配術を用いて敵を無力化する。健司、あなたがアスフォルデを倒したことは、もう彼女たちに知れ渡っているはず」
「どこまで来てる?」
「すでに西部に触手を伸ばし始めているわ。あなたたちがリヴィエールに入った時点で、目をつけられていた可能性もある」
その言葉に、場の空気がさらに引き締まった。
「……だったら、行こう」
健司がそう言ったとき、魔女たちは顔を上げた。
「僕が目指しているのは、人が、魔女が、精霊が、それぞれに生きていい場所。誰かがそれを壊そうとするなら、僕はその理由を聞きに行く。それでも暴力で支配しようとするなら、僕は向き合わないといけないと思う」
アウレリアが頷いた。
「私たちはそのために、あの時、あなたを選んだのよ。覚悟を決めなさい。これから向かうのは、言葉じゃ通じない相手かもしれない」
ミリィが健司に寄り添い、小さく笑った。
「私は、アスフォルデの環の一員だよ。……だから、どこまでも一緒に行く」
「私もだよ、ケンジ」
と、ルナが椅子の上から声を上げた。
「リヴィエールに残ると決めたけど……あんまり危なそうなら、また助けに行くからねっ」
ミイナも照れくさそうに笑いながら、頷いた。
「人と魔女が共に生きる場所……その夢が、誰かを救うなら、私もできることをしたいです」
健司はその一つ一つの言葉に、深く頷いた。
「ありがとう、みんな」
その夜、フィーネは古びた手帳を健司に渡した。そこには、アナスタシアの仲間だった魔女たちの名前と、現在確認されている行方、そしてカリストに繋がる地図の断片が記されていた。
「この道の先に、かつて私たちが共に目指した希望があるかもしれない」
フィーネの言葉を、健司はしっかりと胸に刻んだ。
翌朝。リヴィエールの空は、まるで祝福するかのように青く晴れ渡っていた。
アナスタシアが水辺に立ち、健司たちを見送っていた。
「また来るといいわ、この街に。次は、もっと笑顔で迎えられるようにしておく」
健司は振り返り、にっこりと笑った。
「その時は、みんなで花を持ってくるよ。魔女と人間が育てた花を」
リヴィエールの水がきらめいた。健司たちは新たな旅へと歩み出す。
その先に待つのは、対話か、戦いか。だが彼の中には、確かな信念があった。
――誰もが、愛されていい。
――誰もが、生きていい。
それを、魔女の国カリストに届けにいくのだ。




