ミリィの決意
リヴィエールの夜は静かで、やさしい月の光が川面を照らしていた。街の水路には、先ほどまで戦火に晒されていたとは思えないほど穏やかな風が流れていた。
その街に、新たな住人たちが加わることになった。
アウレリア、ガーネット、ユミナ、ダリア、リーベル……かつてザサンを動かしていた魔女たちが、リヴィエールという名前の意味を初めて噛みしめていた。——流れ、癒し、再生。
健司は、アウレリア達をアナスタシアに紹介した。
「彼女たちも、ここに住まわせてくれませんか? 彼女たちもまた、行き場を探していたんです」
アナスタシアは少し驚いた顔をしたが、すぐに微笑んだ。
「ええ、いいわ。この街は、安らぎの街になるべきだもの。私一人の街じゃない。誰かが安らぎを求めるのなら、ここにいてもいいはず」
それは、彼女のかつての言葉と真逆だった。
「弱ければ意味がない」
そう言い続けてきた魔女が、今はこうして「いてもいい」と言えるようになっていた。その変化に、アウレリアが皮肉気に笑う。
「昔なら、私たちを追い払っていたわね」
「それだけ時が流れたということよ」
「それとも、誰かが変えてしまったのかしら」
視線が、静かに健司に向けられた。
健司は気恥ずかしそうに笑った。
「僕は何もしてないですよ。ただ、諦めたくなかっただけです」
アウレリアは肩をすくめて見せたが、その瞳にはどこか嬉しさが浮かんでいた。
その夜、健司はリヴィエールの中央にある水の広場でミリィと話していた。噴水の音が、まるで精霊たちの歌声のように響いていた。
「噂は噂だったね」
健司がぽつりと口にする。
「アナスタシアさんが、人の心を凍らせたっていう噂。確かにそうだったかもしれないけど、それだけじゃなかった。彼女だって、ずっと……」
「助けてほしかったのかもしれない、だよね?」
ミリィが笑う。以前の彼女なら、その言葉を否定していたかもしれない。
「ねえ、ミリィ。これからどうするの?」
健司が問いかける。ミリィの瞳は水面のように澄んでいた。
「……決まってるよ。私は、アスフォルデの環の一員だもん」
彼女の言葉には、もう迷いがなかった。恐怖も、過去の傷も、もう彼女を縛っていなかった。
「それって、つまり……?」
「あなたと一緒に、戦っていくってこと。守りたいものがある。大切なものもある。そして、あなたと一緒に見たい景色もある」
健司はしばし黙った。
ミリィは笑う。
「なに黙ってるの?」
「いや……なんか、嬉しくて言葉が出ないだけ」
「もう……相変わらず素直なんだから」
ミリィがそっと健司の隣に腰を下ろす。水のせせらぎが2人の間を流れていく。
「この街が、魔女たちの安らぎの街になればいいと思ってる」
「それは、あなたがこの世界に来てから、ずっと願ってることだよね」
「うん。戦いばかりの世界じゃなくてさ、笑ったり、愛し合ったりできる場所が、少しでも増えたらいいと思ってる」
「それなら、私も手伝う。あなた一人の夢じゃなくて、私たちの夢にしていこうよ」
そう言ってミリィは健司の手を握った。
「ありがとう、ミリィ」
「ううん、私の方こそ……ありがとう」
夜空には、幾千もの星が輝いていた。精霊たちが祝福するように、光が水面に反射し、小さな幻想を描いていた。
その幻想は、幻ではなかった。
それは、誰かの想いが形になったものだった。
そして、アスフォルデの環という名の絆が、また一歩、新しい未来へと進んでいく夜だった。




