ルナとミイナの居場所
静かな夜がリヴィエールに訪れていた。
水の都の広場には、かすかな水のせせらぎと、街のあちこちに灯された魔法の灯火が揺れていた。戦いが終わった後の静けさは、まるで遠い夢の中にいるようだった。
健司たちはアナスタシアの許しを得て、一晩この街に泊まっていた。魔女たちは思い思いに散らばり、誰もが疲れ切った身体を癒していた。けれど、その空気はどこか温かく、希望に満ちていた。
健司は夜風に当たりながら、水辺を歩いていた。アナスタシアがひとり、街を見下ろす高台に立っているのが見えた。
「アナスタシアさん」
健司は声をかけた。彼女は振り向き、柔らかな微笑みを浮かべた。
「来てくれると思ったわ」
風に揺れる銀髪が、月明かりに照らされて幻想的に光っていた。彼女の横に並びながら、健司は口を開いた。
「この街……すごく綺麗ですね」
「昔はもっと賑やかだったわ。笑い声が飛び交って、人と魔女が肩を並べて暮らしていた。けれど、私は……そのすべてを、失ったと思っていた」
アナスタシアの言葉には、悲しみと同時に、どこか安堵の響きがあった。
「それでも……フィーネが戻ってきて、あの子たちも。あなたたちが来てくれて……私は、自分が思っていたよりも、ずっと臆病だったのかもしれない」
健司は小さくうなずいた。
「人は、誰でも怖いですよ。失うこと、裏切られること、自分が間違っていたって思うこと。だからこそ、少しずつ、取り戻していくしかないんです」
アナスタシアは黙って、空を見上げた。水の街の上空に広がる星々は、今日という日を祝福しているかのように輝いていた。
やがて、健司が静かに切り出した。
「お願いがあります。よかったら――ミイナとルナを、この街に住まわせてくれませんか?」
アナスタシアは目を丸くした。
「ミイナとルナ……あの、あなたの知人の魔女たち?」
「はい。2人とも、居場所を探していました。争いからも、過去の痛みからも離れて、ただ魔法を学び、人と関わりながら静かに暮らせる場所を。ここなら……きっと、そんな場所になれると思ったんです」
アナスタシアは少し黙ってから、ふっと微笑んだ。
「いいわ。歓迎するわよ、ミイナとルナを。私自身、きっと新しい風が必要だったのね」
「ありがとうございます」
「それに――この街を、魔女たちの“安らぎの街”にしたい。あなた、そう言ったでしょう?」
健司は頷いた。
「はい。争いばかりじゃなくて、魔法で誰かを傷つけるためじゃなくて。魔女が人を、そして人が魔女を、もっと信じ合えるような街に。そんな理想かもしれないけど、誰かが始めなきゃ、何も変わらないと思うんです」
アナスタシアはその言葉に心から感銘を受けたようだった。
「あなたみたいな人が、魔女の世界に関わってくれて……私は、本当に救われたのかもしれない」
「アナスタシアさんも、ずっと守ってきたじゃないですか。自分の中の優しさを、誰にも見せられなかっただけで」
アナスタシアは目を閉じた。そして、月を仰ぎ見た。
「じゃあ、これからは見せることにするわ。私も、フィーネも、この街に戻ってくる魔女たちも。もう一度、笑えるように」
風が優しく吹き抜けた。
その後、健司とアナスタシアは広場に戻った。ミイナとルナは、宿の縁側で一緒に座っていた。2人は健司の姿を見つけると、ぱっと立ち上がって駆け寄ってきた。
「健司さん、話は終わった?」
「うん。2人に、ここに住んでもらえるって」
「ほんとに!?」
ルナが目を輝かせ、ミイナは手を口元に当てて驚いた表情を浮かべた。
「アナスタシアさんが、歓迎してくれるって」
「ありがとうございますっ!」
2人は嬉しそうにアナスタシアに頭を下げた。アナスタシアも、どこか照れたように頷いた。
「この街には、まだたくさんの空き家があるわ。好きなところに住んで、思い切り息をついて。私はそれを、遠くから見守るわ」
その言葉に、ミイナは涙を浮かべた。
「ここに来てよかった……」
健司もまた、静かに息をついた。争いがあった街に、少しずつ人と魔女が戻ってくる。そこに新しい風が吹いている。――それは、誰かの優しさが連鎖して、未来を変え始めた瞬間だった。
夜が明けようとしていた。
水の都リヴィエールに、静かに、しかし確かに、新たな朝が訪れようとしていた。




