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魔女達に愛を  作者: アモーラリゼ
ミリィ編④奇跡

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フィーネ帰還

リヴィエールの空が、深い蒼から淡い青へと色を変えていた。氷と水が支配していたこの地に、ようやく陽の光が届き始めていた。だが、その中心に立つアナスタシアの顔には、未だ晴れぬ陰が落ちていた。


「私は……負けを認めたわ」


静かに、そして確かに彼女は言った。


だが、健司は首を横に振る。


「勝ち負けじゃない。アナスタシアさんが、どうしたいかだよ」


その言葉に、アナスタシアは目を見開いた。


彼女の中で響いたのは、遠い昔の記憶だった。


力こそがすべて。正しさとは強さであると、誰もが信じていた時代。血統こそが価値だと信じ、心を捨てた者たち。彼女はそれを憎み、抗い、そして孤独になった。


でも。


「私が……どうしたいか?」


初めて、その問いを他者から投げかけられた。


すると、どこかで風が吹いた。


凍ったはずの水が、ささやかに波打った。


その時だった。


「アナスタシア様……」


聞き慣れた、けれど遥か遠くに消えたはずの声がした。


その声を聞いた瞬間、アナスタシアの表情が変わった。


「……まさか……」


そこに立っていたのは、見慣れた銀髪の魔女。年老いてはいない。けれど、時が過ぎてもなお、優しいまなざしだけは昔のままだった。


「フィーネ……?」


彼女の名を呼ぶと、フィーネはゆっくりと歩み寄ってきた。小さな一歩一歩が、時間の重みを伴ってアナスタシアに届いた。


「どうして……あなたがここに……」


「思い出したのです。忘れてはいけない人を、私は……忘れてしまっていました」


その言葉に、アナスタシアの胸が強く締めつけられた。


フィーネは微笑んだ。


「でも、ずっと心の奥に残っていた。アナスタシア様の声、笑顔、あの時、リヴィエールで共に過ごした日々」


アナスタシアの瞳に涙が浮かんだ。けれど、それは悲しみのものではなかった。


「フィーネ……本当に……あなたなのね……」


フィーネは静かに、アナスタシアの前に立ち止まった。


「アナスタシア様。ただいま」


その言葉は、氷よりも冷たかったアナスタシアの心を、溶かすには十分すぎるほどだった。


「ああ……フィーネ……」


アナスタシアはもう耐えきれなかった。彼女の胸に飛び込み、しがみつくようにフィーネを抱きしめた。


涙が、止めどなく流れた。


「あの時、私は一人きりだと思っていた……誰も、もう帰ってこないと……」


「違います。私たちは、あなたを置いていったのではありません。ただ、忘れてしまっただけ……でも、それでも……帰ってきました」


アナスタシアは、フィーネの肩に顔を埋めたまま、何度も頷いた。


その光景を、健司たちは静かに見守っていた。


アウレリアがそっと呟いた。


「だから、あなたは強いのよ。健司」


健司は肩をすくめる。


「強いなんて思ってないさ。ただ、ちゃんと見たいだけ」


すると、リセルが隣で微笑んだ。


「それが、誰にもできないことだって、わかってる?」


その時、アナスタシアが顔を上げた。


頬は涙で濡れていたが、どこかすっきりとした表情だった。


「……あなたたちが信じる理由、少しだけわかった気がするわ」


健司は、笑った。


「理由なんて大げさなもんじゃないさ。ただ、目の前の人のこと、信じてみたいだけなんだ」


アナスタシアは、ふっと笑った。心からの、久方ぶりの笑みだった。


「なら……この街、もう一度始めてみようかしら。あの頃のように……ではなく、新しい私たちで」


「はい」と、フィーネが頷いた。


そして、その言葉が街に響いたかのように、凍てついていた水路が流れを取り戻し、空を覆っていた雲が晴れた。


陽の光が差し込み、リヴィエールの街に新しい朝が訪れていた。


その夜。


アナスタシアは一人、屋敷のバルコニーに立っていた。


ふと、誰かの気配に振り返ると、そこには健司がいた。


「ありがとう」


と彼は言った。


「……何が?」


「信じてくれたこと。自分を、そして、フィーネさんを」


アナスタシアは小さく笑った。


「……ねえ、健司。あなたにとって“信じる”って、そんなに簡単なことなの?」


「簡単じゃないよ。怖いことだって思う。でも、だからこそ、やる意味があるって思ってる」


アナスタシアは、静かにうなずいた。


「……この街も、信じてくれるかしら。私のこと」


健司は夜空を見上げた。


「この空の下でなら、きっと」


風が優しく吹いた。


その風に乗って、フィーネの歌声がかすかに聞こえてきた。懐かしい旋律だった。


アナスタシアの瞳がまた潤んだが、今度はその涙に、苦しみの色はなかった。

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