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魔女達に愛を  作者: アモーラリゼ
ミリィ編④奇跡

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アナスタシアの涙

リヴィエールに再び静寂が訪れていた。だが、それは安らぎの意味ではない。目の前の光景は、もはや幻想と現実の境が曖昧になっていた。


「だが、それは幻だと、私は話したはずよ」


 アナスタシアの声が鋭く響いた瞬間、空間が歪み始めた。空が淡い青から暗い紺に染まり、街に残っていた温もりが一気に凍える空気へと変わっていった。


「——コキュートスドラゴン」


 彼女の宣言と共に、大気が凍り付き、天から巨大な氷の竜が現れた。その鱗は澄んだ水晶のように煌めき、口から吐き出される冷気は命すら凍らせる。


 氷の竜が咆哮すると同時に、地面が白く凍結し、あたり一面が氷原へと変わる。上空からは、大河のような水流が渦を巻きながら降り注ぎ、まるでリヴィエールそのものが大いなる氷の神に飲み込まれるようだった。


「避けて!」


 セレナが叫んだ瞬間、カテリーナとエルネア、そしてミリィたちが一斉に動いた。防御魔法を展開しようとするが、空間の凍結は想像以上に速く、魔力の流れを鈍らせていた。


 ガーネットが炎の盾を構えるも、その火すら凍り付く。


「ダメ……こんなに……」


 氷の力は圧倒的だった。


 カテリーナたちの動きが凍りつき、精霊の加護すら通じない世界に変わっていた。


 ——それでも、健司はその場に立っていた。


 彼の身体は寒さで痺れていた。皮膚の感覚がほとんどなくなり、呼吸すらも凍るような中、それでも彼は前を向いていた。


 アナスタシアはその姿を見て、静かに告げた。


「……弱ければ意味はない。幻想だけでは、誰も守れない。私は、もうそれを知っている」


 凍える風に乗せて、どこか哀しげな響きがあった。


 ——だが、健司は口を開いた。


「たしかに、これは幻だ。僕も、君がそう思ってるのはわかってる」


「……だったら、なぜ立っていられる?」


「幻を見せているのは……誰か、わかるはずだよ」


 その言葉に、アナスタシアの瞳がわずかに揺れた。


 その瞬間だった。


 風が止み、空に光の筋が走る。凍った世界に、確かに違う気配が流れ込んできた。


 氷の大地に、ぽたりと水滴が落ちた。続いて、柔らかな風が頬を撫でる。アナスタシアの周囲から、目に見えぬ何かが解けていくような感覚。


 ——精霊たちが戻ってきていた。


「……まさか……」


 アナスタシアの背後に、小さな声がした。


「アナスタシア様……」


 水の精霊たちが、氷の中から浮かび上がるように現れた。その表情は穏やかで、懐かしさに満ちていた。かつて共に都を守っていた精霊たち——そして、アナスタシアと共にあった存在だった。


「……なぜ?」


 アナスタシアの声が震える。


「なぜ……戻ってきたの? 私が……みんなを拒んだから、ここに誰もいなくなったはずなのに……」


 小さな水の精霊が、アナスタシアの袖を引いた。


「違うよ。あなたが拒んだんじゃない。悲しんでいただけ」


 健司が一歩、彼女に近づいた。


「君は、もう誰にも傷ついてほしくなかったんだ。だから、全部閉じて、誰も入れないようにして、自分だけで止めようとした……違う?」


「……!」


 アナスタシアの目が見開かれた。


「本当に強い魔女っていうのは、ただ力で相手をねじ伏せることじゃない。誰かと共に立ち、誰かと一緒に歩んでいける人だよ。君は、それができる人なんだ。だから、精霊たちが戻ってきたんだ」


 アナスタシアの視界が、滲んだ。


「私は……私は……っ」


 その瞬間、氷の竜が砕け散り、空に舞った水流が柔らかな雨へと変わった。まるでリヴィエールの空が泣いているように、美しく、温かい雨だった。


 精霊たちがアナスタシアを囲む。


「アナスタシア、もうひとりじゃないよ」


 その声に、アナスタシアは膝をついた。全てを押し込めていた心が、ついに壊れた。


「私は……私は、ただ……みんなを、守りたかっただけなの……!」


 アナスタシアの泣き声がリヴィエールに響く。


 だが、その涙はもう冷たくはなかった。


 ——それを見ていたミリィが、そっと健司に寄り添った。


「……すごいね、健司」


 健司は笑った。


「すごくなんてないよ。ただ、僕は……誰も泣いてほしくないって思っただけだよ」


 その言葉に、アウレリアもローザも、ソレイユも、ダリアも、微笑んだ。


 リヴィエールの街は静かに目を覚まし始めていた。


 凍りついた建物の扉が風で開き、澄んだ空気の中に花が咲き始める。人の姿はまだなかったが、精霊たちが舞い、空が晴れていく。


 アナスタシアは、もう一度立ち上がった。


「……ありがとう、健司。あなたに会えて、本当によかった」


 彼女の瞳には、強さと優しさ、そして決意が宿っていた。


「これから、リヴィエールを……もう一度、皆の都に戻すわ。今度は、誰も排除しない。魔女も、人間も、精霊も……一緒に生きる都に」


 健司は頷いた。


「うん。一緒に、やっていこう」


 リヴィエールの新たな朝が、静かに始まっていた。


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