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魔女達に愛を  作者: アモーラリゼ
ミリィ編④奇跡

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奇跡

 静寂の広場に、水音だけが響いていた。


 アナスタシアは一歩、ゆっくりと足を進める。その瞳は深い海のように冷たく、けれど、どこかで揺れていた。


「実力もないあなた達が……奴らに勝てるとでも?」


 彼女の言葉が落ちると同時に、空気が変わった。


 突如、彼女の足元から水が湧き出し、それが瞬く間に広がっていく。水面には氷の結晶が浮かび、冷気が辺りを包む。


「ブルーエイジ……!」


 ミリィが声を上げた。


 それはアナスタシアの代名詞とされる魔法。水と氷を自在に操るだけでなく、流動と静止、温度と質量さえ操れると言われる恐るべき魔法だった。


 アナスタシアが右手を掲げると、水は天へと伸び、やがて巨大な氷の槍となって降り注いだ。


「来るよ!」


 ソレイユが咄嗟に魔法障壁を張り、リセルが闇の波動で砕きにかかるが、氷はそれすら上回る硬度を誇っていた。


 アナスタシアは冷静に、まるで時の流れから離れたように、次の魔法を詠唱する。


 クロエが叫ぶ。


「防御を固めて! 一撃で崩される!」


 カテリーナが氷から身を守るために闇魔法を放つが、それさえも霧へと消えた。


 そんな中、健司は前へと出た。まるで、すべてを受け止めるように。


 アナスタシアの手から放たれた冷気が彼を直撃する。防御などしなかった。いや、できなかった。彼は魔法の才を持たない。


 氷が彼の体を包み、血管にまで冷たさが忍び込む。


「っ……!」


 ミリィが悲鳴を上げた。


 アナスタシアは、無感情に言った。


「所詮、その程度。言葉だけで、世界を変えようとするから……」


 しかし――そのとき。


 リヴィエールの街に、風が吹いた。


 生温く、どこか懐かしい風だった。


 氷が少しずつ溶けていく。


 どこかで子供の笑い声が聞こえた。店の扉が開く音、人々のざわめき、楽器の音。どこかで、恋人たちが再会を喜ぶ声も聞こえた気がした。


 アナスタシアは、眉をひそめた。


 何かがおかしい。何かが、変わっていく。


 彼女は健司を見た。氷に包まれてなお、その顔は穏やかだった。


「……何をしたの?」


 アナスタシアの声が震えた。


 健司は静かに言葉を返す。


「僕がしたいことは、もう終えたよ」


「終えた……?」


「魔法じゃなくても、人の心は変えられる。リヴィエールが忘れていた『想い』を、少しずつ呼び戻しただけ」


 確かに彼は戦っていない。だが、街に踏み入った時から、彼はずっと言葉をかけていた。


 街の家々に、ひび割れた水路に、倒れた噴水に。


 そして、沈黙していた魔女たちの心にも。


「こんな僕でも、信じてくれる仲間がいるんだ。だから、少しだけ……心の声に耳を傾けてみてよ」


 アナスタシアの背後――古い屋敷の窓が開いた。


 そこに、かつての魔女が立っていた。


 彼女は震える声で、アナスタシアの名を呼ぶ。


「……アナスタシア様……?」


 アナスタシアは息を呑んだ。


 見間違いかと思った。彼女は、あの時……カリストに連れていかれたはずだった。


 次々と、街の至るところから顔が覗く。


 かつてこの街を出ていった人々――魔女も、人間も。


 彼らが、戻ってきていた。


「何……で……」


 アナスタシアの視界が滲んだ。


 彼女の魔法「ブルーエイジ」は、感情によってその力が変化する。


 悲しみに染まれば、氷は絶対零度の刃に変わる。希望が芽生えれば、水は命を育む流れとなる。


 今、彼女の魔法が弱まり、周囲の氷が水に戻っていくのを、彼女自身が一番感じていた。


 ダリアが近づき、そっと言った。


「……誰かに勝つことがすべてじゃないよ。私たちも、負けてから気づいたんだ」


 アナスタシアの足元に水が広がり、その水面に、昔の自分が映った。


 誇り高く、けれど孤独だった、かつての自分。


「私は……」


 彼女の肩が、震えた。


「私は、間違ってたの……?」


 健司がゆっくりと手を差し伸べた。


「間違ってても、やり直せる。僕たちが出会った魔女たちは、みんなそうだったよ」


 アナスタシアは、何かをこらえるように目を閉じた。


 次の瞬間――


 水面に一滴の雫が落ちた。


 それは、アナスタシアの涙だった。


 氷の魔女として恐れられていた彼女の心が、ほんの少しだけ、溶けたのだった。


 リヴィエールに、新たな風が吹いた。




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