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魔女達に愛を  作者: アモーラリゼ
ミリィ編③アナスタシア

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カリストとアナスタシア

リヴィエールの冷たい風が、ざわりと健司の髪を撫でた。広大な水路の間に沈黙が広がっている。かつては栄えていたこの都も、今は魔女一人の住処と化していた。


 その静寂の中で、健司はつぶやいた。


「……やっぱり、何かあったんじゃないか。アナスタシアさんと、魔女の血統主義の国……カリストってやつと」


 誰に言うでもなく放たれた言葉に、カテリーナが小さく頷いた。


「……あり得るわね。私たちがザサンで聞いた話と、リヴィエールの現状。それに、アナスタシアの表情」


 エルネアも横で考え込むように腕を組んだ。


「魔女の間では有名な話だったのかもしれないね。けど、カリストの影響がリヴィエールにまで及んでいたなんて……」


 健司は静かにアウレリアの方を向いた。


「アウレリア、アナスタシアとは……昔、知り合いだった?」


 アウレリアは少し目を伏せてから、ふっと乾いた笑いを漏らした。


「知り合いというより……よく小競り合いを起こしてたわ。彼女の家系、アナスタシアの一族は、古くから水魔法の名門だった。カリストから見ても厄介な存在だったと思う」


「敵視されていた、ってこと?」


「ええ。アナスタシアの一族は実力主義だったの。血筋なんかより、どれだけ強い魔法を扱えるか。それがすべてだった。だから、血統を重んじるカリストとは、水と油だったのよ」


 ルナが眉をひそめた。


「じゃあ、カリストの連中は、アナスタシアの一族を潰そうとして……」


「実際に動いたわ。じわじわと、彼女の側近を洗脳していったの。誰がカリストに取り込まれていたのか、アナスタシアにも分からなかった。気づいたときには、リヴィエールの大半がカリストに染まっていた」


 アウレリアの声音は低かったが、そこには悔しさのような色がにじんでいた。


「アナスタシアが今、孤独にこの都を守っているのは……それが理由なの?」


 健司の問いに、アウレリアは静かに頷いた。


「彼女は、戦わずに去らせたの。カリストに染まった魔女たちを、殺さず、縛らず……ただ、自らの元から追い出した。そして、この都を無人のまま守り続けてる」


「……それって、すごく、苦しい選択だったんじゃないのか」


 健司の言葉に、今度はカテリーナが応じた。


「ええ。あのアナスタシアが、戦わなかったなんて……。信じられないけど、それほどに、仲間を傷つけたくなかったんでしょうね」


 そのとき、水の都の中心、かつての宮殿の上空に、ゆらりと魔力が広がった。


 ソレイユが声を上げた。


「来るわ……!」


 水の壁が、彼女たちの前に現れ、ゆっくりと裂けるようにして姿を現したのは、かつての水の都の主、アナスタシアだった。


「……また来たのね、アスフォルデの環の魔女たち。今度は、随分と多いみたいじゃない」


 その声は冷たくもあったが、どこかで疲れきった響きがあった。


 アウレリアが一歩前へ出た。


「今回は違う。私たちは敵じゃない」


 アナスタシアはその言葉を聞いても、表情一つ変えなかった。


「あなたたちの魔法は……心を惑わせ、命を奪い、不安と争いを生む。違うの? ダリア、リーベル、ガーネット、ユミナ……どれも、かつての仲間を蝕んだ魔女たちじゃない」


 名前を呼ばれた魔女たちは、ぎくりと肩を揺らした。


 リセルが思わず口にした。


「でも……今は違う。健司が、私たちを……変えてくれた」


「変わった?」


アナスタシアの視線が、健司へと移る。


「人間が、魔女を変えたと?」


 その瞳は嘲りではなく、ただ不思議そうだった。


「……魔法は、心を表すものだと思うんです」


 健司が口を開いた。


「だから、あなたの魔法も、過去も、全部……誰かを守ろうとする気持ちがあったんじゃないかって」


 アナスタシアの顔に、ほんの一瞬だけ、動揺が走った。


 彼女の中で、何かが揺れていた。


 ――かつて、信じていた仲間たち。


 ――共に過ごした日々。


 ――それが崩れていく中で、彼女は一人で、都を守ることを選んだ。


 しかし、その決断は、本当に正しかったのか?


 「……勝手に、私の気持ちを測らないで」


 アナスタシアの声が震えた。その手がわずかに動き、水が空中に螺旋を描いた。


 カテリーナが前に出る。


「でも、あなたはまだここにいる。リヴィエールを捨てていない。それが、すべての答えじゃないの?」


 アナスタシアの手が止まる。


 「……本当に、あなたたちは……変わったの?」


 ソレイユがゆっくりと近づいた。


「私たちは、魔女として生まれた。けど、健司と出会って、人として生きようとしてる。信じてほしい」


 静かな水の音が、街の中に響いた。


 アナスタシアは、ゆっくりと魔法を収めた。


 「……なら、証明して。あなたたちの“変わった”を。リヴィエールは、かつての仲間の心が沈んだ都。あなたたちが歩けば、それが本当か、わかるから」


 そのとき、空に虹がかかった。


 沈んでいた街に、一筋の光が差し込んだようだった。




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