表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女達に愛を  作者: アモーラリゼ
ミリィ編③アナスタシア

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

71/157

アナスタシア

水の都――リヴィエール。


その名に違わぬように、街中を縫うように水路が走り、かつては水の魔法で栄華を極めたと言われる美しい都。しかし今、その街には人の気配がほとんどなかった。水音だけが静かに響く、不思議なほどに静寂な街だった。


「……何だここは……」


健司は思わず口にした。瓦礫になった家々。朽ちた橋。けれど、水路だけはどこか整えられたように澄んでいて、誰かが手入れしている気配さえあった。


「ようこそ、リヴィエールへ」


その声は、どこか冷たく、そして凛とした響きを持っていた。


水面からゆっくりと現れたのは、青白い髪をたなびかせ、蒼のドレスを身に纏った一人の魔女――アナスタシア。


その姿に、アウレリアが小さく目を見開いた。


「……久しぶりね、アナスタシア」


「……アウレリア。あなたの顔なんて、もう二度と見たくなかった」


アナスタシアの表情には、微かに怒りがにじんでいた。


「まさか、人間に負けた魔女達がここまで来るとは思わなかったわ」


「負けた? 何の話かしら」


アウレリアが挑発的に返すと、アナスタシアの口元が少しだけ歪んだ。


「あなた達は、自分が“特別”だと思っていた連中よ。人間を見下し、血統や力だけを誇っていた。そんな魔女達が人間に“心”を揺さぶられて、変わった? 滑稽ね」


ミリィがそっと健司のそばに立ち、小さくささやいた。


「……アナスタシアは、変わらないまま……」


「ダリア、リーベル、ガーネット、ユミナ……そして、アウレリア。あの誇り高き魔女達が、今では人間と共に旅をしているなんて。何を求めているのかしら?」


「……あなたが言うほど、私達は変わってない。ただ、知ったのよ。本当に大切なものを」


アウレリアが真っ直ぐに返すと、アナスタシアはふっと笑った。


「……何が大切? そんな曖昧な感情で、あなた達はここに来たの?」


健司が一歩前に出た。


「僕達は、新しい場所を探してる。魔女でも、人間でも関係ない、普通に暮らせる場所を」


その言葉に、アナスタシアの視線が初めて彼に向けられた。


「……あなたが、人間のくせに魔女の魔法を無効化した男?」


「そうかも。でも、僕の魔法は戦うためのものじゃない。願いを叶えるための力だ」


アナスタシアは眉をひそめた。リセル、ソレイユ、ルナ……彼の周囲に集う魔女達の顔に一瞬目を走らせる。そして目を細めた。


「まさか、あなたに心を委ねたの? アウレリアまで」


アウレリアはゆっくりうなずいた。


「信じられないかもしれないけど、彼といることで私は少しずつ変わってきた」


「……滑稽ね。私は、そう簡単には変わらない」


アナスタシアが手を振ると、背後の水が竜のようにうねり、天に向かって巻き上がった。


「人間と魔女が共に生きる? そんな理想論、ここでは通じない。リヴィエールは、かつて“人間を追い出した都”よ。おとぎ話のような綺麗事は、この水の底に沈めてやる」


その瞬間、ダリアが前に出た。


「アナスタシア、お願い。話だけでも――!」


「下がりなさい、ダリア。さんざんやり合ったことは忘れたわ。あなたはもう、心を失った魔女よ」


ダリアは苦しそうに俯いたが、ソレイユがその背に手を置いた。


「私達が変わったのは、健司がいたから。それは確か。でもそれが悪いことだったとは思わない」


「……そうか」


アナスタシアが手を振ると、水の龍が一気に動き出した。健司達を飲み込むように、巨大な渦が地面を叩いた。


クロエがすかさず防御の結界を展開し、ソレイユがザ・サンフレアを放って渦を打ち消す。


「話し合いすらする気はないの?」


アウレリアが叫んだ。


「ないわ。私は……この都で一人で生きることを選んだの」


その瞳には、静かな決意と、どこか悲しげな色が宿っていた。


「……このリヴィエールには、もう何も残っていない。私の知っていた魔女達は、皆、あの血統主義の国に行った。ここにいるのは、私一人」


ミリィがぽつりと口を開いた。


「じゃあ、なぜ……ここに残ったの?」


アナスタシアは答えなかった。


ただ、ゆっくりと水の中に沈むように、姿を消していく。


アウレリアがその場に立ち尽くした。


「アナスタシア……」


健司は小さくつぶやいた。


「まだ、心が閉じてるだけかもしれない……彼女も、本当は変わりたいと思ってるんじゃないかな」


「健司……」


カテリーナが振り返る。


「あなた、また何かするつもり?」


「うん。まずは……あの人の“心の声”を聞きたい」


リヴィエールの風が、静かに水面を揺らした。


次なる波乱の幕が、そっと開かれようとしていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ