ミリィとアウレリア
朝の陽射しがやわらかく差し込む中、健司たちは静かにリヴィエールへと向けて歩き出した。ザサンを後にした者たちの顔には、それぞれの想いがあった。故郷を奪われ、取り戻し、そして新たな希望を求める――それは、誰もが心に抱く旅路の理由だった。
「……それにしても、晴れてよかった」
健司がそう呟いた時だった。
「健司さんっ♪」
右側からミリィがぴたりと寄り添ってきた。彼女の銀色の髪が陽光を反射して、健司の顔の近くでふわりと揺れた。
「リヴィエールって、水が美味しい街なんですよね? 楽しみですぅ~」
「……あ、ああ。らしいね」
そして、左側からはアウレリアが並ぶ。
「健司。あなたには、まだ話したいことがたくさんあるの」
「そ、そうなの?」
健司は左右を挟まれながら、気まずそうに前を見た。
後ろを歩くカテリーナが、その様子を見て小さく眉をひそめる。
「……ミリィ、近過ぎじゃないかしら?」
すると、リセルもすかさず言葉を挟む。
「アウレリアもよ。なによその距離感……健司が困ってるでしょ」
「困ってる……?」
ミリィは無邪気に振り返った。
「健司さん、困ってますぅ?」
健司は苦笑するしかなかった。
「いや、別に困っては……」
「ほらー♪ 困ってないって!」
アウレリアはカテリーナに視線を向けて、わざとらしく微笑んだ。
「嫉妬? カテリーナ。まさか、そんなことで……」
「別に、嫉妬なんかしてないわ。ただ……その位置、邪魔よ」
空気がぴりりと張りつめた。ルナとミイナが顔を見合わせ、小さく頷き合う。
「こうなると思ったよ」
「やっぱり健司さんって、罪な人ね……」
そんな中、ソレイユは一人、空を見上げていた。
「この空……昔と変わらない。でも、私の心は変わった。ありがとう、健司」
健司はソレイユに気づき、そっと笑いかけた。アウレリアやミリィの対応に戸惑いながらも、どこか心が温まるような、そんな朝だった。
*
昼を過ぎた頃、道中の森にさしかかった。木々はざわめき、時おり風が通り抜けていく。リヴィエールまではあと数日かかる見込みだった。
そんな中、ミリィがまた健司の腕をとった。
「健司さん。手、握ってもいいですか?」
「え? なんで?」
「なんとなく……落ち着くんですぅ。ダメですか?」
「い、いや……ダメってわけじゃ……」
横から、ヴェリシアがため息をついた。
「ミリィ、あなた。本気でそう言ってるの?」
「本気も本気、超本気ですぅ♪」
「……はあ」
エルネアが口を開く。
「人の心を読めるって、便利よね。ミリィが何を考えてるか、全部分かればいいのに」
「読めないよ」
と健司が笑う。
「僕の魔法は、そういうのじゃない。ただ……分かるんだ。言葉にしなくても」
「心理的に読むって、そういう意味なのね」
「うん。ソレイユが、誰かに愛されたがっていることも。リセルが、子供のいる家庭に憧れていることも」
リセルは顔を真っ赤にした。
「な、なに言って……! ちょ、ちょっとだけ、思ってただけだし……!」
ソレイユも、視線を逸らした。
「そんなの……分かってたなら……もう……」
カテリーナが健司をじっと見つめた。
「なら、私の心も分かってるのかしら?」
健司は、その視線を静かに受け止めた。
「分かるよ。カテリーナは、みんなのことを本気で考えてる。誰よりも、優しい人だ」
カテリーナは少しだけ目を伏せて、小さく微笑んだ。
「……なら、いいわ」
*
その夜、森の中で焚き火を囲んでいた一行。火の明かりが皆の顔を赤く照らす。
アウレリアが話を切り出した。
「リヴィエール……昔、魔女の中でも水を操る一族が住んでいたの。だが、彼女たちは一夜にして姿を消した」
「それって……なぜ?」
「不明よ。ただ、人間と深い関係を築いた魔女たちだったという話もあるわ」
ミイナが目を輝かせた。
「なんだか、ロマンだね!」
「けど、気をつけないとね」
とクロエ。
「今のリヴィエールには、誰もいないっていう話。理由も分かってないの」
ルナが、焚き火に手をかざして呟いた。
「だからこそ、行ってみる価値がある……」
そのときだった。
「健司さん♪ 寒くないですかぁ?」
またしてもミリィがくっついてきた。
「だ、大丈夫だよ」
「ほんと? 私、暖かいですよぉ?」
カテリーナが鋭く睨んだ。
「……近いわね、ミリィ」
「え~、そうですかぁ?」
「……はあ」
リセルが健司の反対側にそっと座った。
「私も……隣、いい?」
「もちろん」
アウレリアは火を見つめながら、静かに呟いた。
「私たちが変わっていくって、こういうことなのかもね」
「変わるんじゃなくて、戻ってるだけかもよ」
とルナ。
「何に?」
「本当の自分に」
風が吹き、火が揺れた。リヴィエールまでの道のりはまだ長いが、それぞれの心は少しずつ、確かなものに近づいていた。
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