水の都リヴィエール
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ザサンの朝は静かだった。かつて魔女たちが支配していたこの街は、健司たちによって解放されたが、それでも人々が戻ってくる気配は薄い。沈黙の瓦礫の街に、風が水面をなでるように吹き抜けていた。
健司は一人、街の高台に立ち、遠くを見ていた。地平線の向こうに続く山と川、そしてその先にあるであろう、新たな場所。カテリーナ、エルネア、ソレイユ、リセル、ローザ、ミイナ、ルナ、そしてクロエ。仲間たちは皆、次の行き先を気にしながらも、健司の決断を待っていた。
背後から、足音が近づく。
「何を考えているの?」
声の主はルナだった。蒼い髪を風に揺らしながら、彼の隣に並ぶ。
「……次は、どこに行こうかって考えてるんだ」
「まだ旅を続けるの?」
「うん。この街は、魔女の影が残ってる。もちろん、アウレリアさんたちを責めるつもりはないけど――」
そこまで言って、ルナは首を振った。
「分かってるよ。健司は、私たち魔女に特別な感情を抱いていない。だからこそ、一緒に旅をしてくれる。嬉しいよ」
「ありがとう」
そのとき、背後からまた声がした。
「……ごめんなさい」
振り返ると、そこにはアウレリアが立っていた。彼女の表情はどこか寂しげだった。あの強さと威厳を備えた魔女が、まるで罪を背負う者のように視線を伏せていた。
「アウレリアさん……」
「ザサンを、私たちは長らく支配していた。気付かぬうちに、多くのものを奪っていた。あなたたちが旅立つ理由が、私のせいだとしたら――」
「違うんです」
健司はアウレリアの言葉を制した。
「この街が嫌いになったわけじゃない。ただ……何も知らない場所に行ってみたくなったんです。魔女の歴史も、戦いの記憶もないところへ」
その言葉に、アウレリアは目を見開いた。
「あなたは……本当に、特別な存在なのね」
「特別なんかじゃないです。ただ、旅をして、居場所を探してるだけです」
沈黙の中、別の声が割って入った。
「それなら――水の都リヴィエールに行ってみたら?」
クロエだった。水色のマントを翻しながら、彼女は軽やかに歩いてきた。
「リヴィエール?」
「かつてはとても栄えていた場所よ。でも、今はもう、人がいないとされてる。魔女の影響かは分からない。でもね、あそこの水は本当に美味しいの。命を潤すような清らかさがある」
「誰もいないの?」
「そう言われてる。でも、噂だからね。真実は、行ってみないと分からない」
「……いいかもね」
健司は静かに笑った。
「魔女の影も人の影もない、静かな街。もしそこに人がいたら、一緒に笑えるかもしれないし、いなければ、僕たちで街をつくることもできる」
「それって、また旅のはじまりだね」
ルナが笑った。柔らかな笑みだった。
健司は頷いた。
「うん、次の行き先だよ。今度は、水の都リヴィエール」
その言葉に、仲間たちも次々と集まってくる。
「リヴィエールか。懐かしい響きだわ」
リセルが言った。
「ねえ、それってどこにあるの?」
ミイナが聞く。
「ここから南西。ザサンからは近いよ。歩いても半日で着く」
クロエが答える。
「半日!? 近っ!」
ソレイユが驚いた。
「栄えていた場所なら、きっと何かあるわ。歴史とか……人の想いとか」
カテリーナが呟く。
「水……水かあ……」
ローザは静かに空を見上げた。
「私、闇の魔女だったけど、そういう静かな場所にも憧れてたんだ」
「じゃあ、みんなで行こう」
健司が手を差し出した。
誰よりも先にその手を取ったのは、エルネアだった。
「当然でしょ。あなたに導かれたんだから、最後までついていくわ」
次々に手が重なる。
カテリーナ、クロエ、ソレイユ、リセル、ルナ、ローザ、ミイナ、ミリィ、リーエ――そして、アウレリア達も。
彼女はそっと微笑みながら、その輪に加わった。
「……私たち、贖罪の旅になるかもしれないけれど。それでも、あなたたちとなら」
旅の輪ができた。
空は青く澄み渡り、遠くに水の気配が漂っている。
リヴィエール。かつて水と音楽と祝祭に満ちたその街が、今どんな姿をしているのか。健司たちはそれを確かめるため、新たな一歩を踏み出した。
水が奏でる物語が、いま始まろうとしている。




