―健司の魔法、その本質―
ザサンのある夜のことだった。ソレイユの家で食卓で話す健司たちの間に、ふと沈黙が訪れた。
その静けさを破ったのはカテリーナだった。
「ねえ、健司……ずっと気になってたの。あなたの魔法って、本当に“妄想を現実にする”だけ?」
健司は少し首を傾げた。
「それがどうかした?」
「だって、あなた……まるで人の心が読めてるように見えるの。リセルが心を閉ざしていたときも、ソレイユが孤独を抱えていたときも……あなたはまるで、それを“知っていた”みたいだった」
焚き火の光に照らされたカテリーナの瞳は真剣だった。彼女の問いかけは、ただの好奇心ではない。そこには、これまで一緒に歩んできた中で、健司に対する深い信頼と、同時にどこか神秘的な距離感を埋めようとする意志が感じられた。
「それにね、あなたの前だと、私たちの魔法も効かないでしょ? アウレリアの幻覚も、セレナの月の力も。まるで……あなたが“そう思えば”、それが本当になるような……」
健司はゆっくりと焚き火を見つめたまま、答えた。
「カテリーナ……僕の魔法は、誰かの心を“読む”んじゃなくて、“感じる”んだ。正確には、“感じ取ったこと”を、自分の中で想像して、それを現実に変えている」
「……それって、結局、心が読めてるってことじゃないの?」
今度はエルネアが問いかけた。
健司は首を横に振った。
「違うよ。思考そのものは読めない。ただ、相手が何を欲しているか、何に苦しんでいるか、それが自然と“伝わってくる”ことはある。それを、僕の中で形にするんだ。だから、リセルが『守られたかった』と感じれば、僕の中で“彼女はそう望んでいる”と確信する。その確信が、現実を変える」
「……思い込み、ってこと?」
セレナが眉をひそめる。
「ある意味、そう。でも“確信”が魔法になる以上、ただの想像じゃ駄目なんだ。信じ切る必要がある。それが、僕の魔法の核心だと思う」
その時、ソレイユがぽつりと口を開いた。
「じゃあ、私が“恋をしたい”って思ってるのも、感じてたの?」
健司は一瞬だけ驚いた顔を見せたが、すぐに頷いた。
「うん。君が昔、太陽の下で縛られていたのに、今は笑っていること。その笑顔の裏に、誰かにちゃんと愛されたいって気持ちがあるのは……言葉がなくても、伝わったよ」
ソレイユの頬が火照る。
「……ずるいな、健司って」
リセルも口を開く。
「……私のことも、わかってたの?」
健司はゆっくりと彼女の方を見た。
「君が、誰かと家族になりたいって思ってること。子どもを抱きしめたいって、そういう夢をずっと心の中に隠してたこと。それも、何となくわかったよ」
リセルは何も言わなかったが、指先をぎゅっと組んでいるその仕草が、彼女の動揺を物語っていた。
セレナが苦笑いを浮かべた。
「……なるほど、そうやって女の子の心を“感じて”おいて、みんなに好かれてるのね」
「ち、違うってば!」
健司は慌てて両手を振った。
「そんなつもりじゃなくて、ただ――」
クロエが静かに言葉を差し挟んだ。
「あなたの魔法は、共鳴なのね。魔女たちが“力”で世界を変えようとするのに対して、あなたは“心”で変える。それが、どんな攻撃や防御の魔法よりも、強いんだと思う」
「……共鳴?」
エルネアが不思議そうに繰り返す。
「そうよ。人の気持ちに共鳴して、それを受け入れて、そして自分の中にある答えを現実にする。つまり、あなたの魔法は“愛”の形でもあるのよ」
健司は黙って頷いた。心を読むのではなく、心に共感する。それが、彼の力の正体――そして、魔女たちの魔法を無効化する理由でもあった。
カテリーナは、そんな健司をまっすぐ見つめた。
「……やっぱり、あなたは魔女じゃない。でも、魔女を超えているのかもしれない。いや……私たちが忘れていた“原点”を、あなたは持っているのね」
「原点……?」
「“想い”よ。私たちが魔法の力を強めるあまり、いつしか手放してしまった大切なもの。あなたの魔法を見ていると、それを思い出すの」
焚き火の火が、ぱちぱちと木を焼き、星の瞬きと共に夜の静寂が降りる。
ソレイユがそっと微笑んだ。
「じゃあ……私たちの想いも、あなたの魔法で現実にしてくれる?」
「もし、それが君たちを幸せにするなら、僕は――」
健司の言葉は、炎の音にかき消された。
だが、それを聞いていた皆の表情は穏やかだった。
カテリーナも、エルネアも、リセルも、ソレイユも、セレナも、そしてクロエも――
それぞれが、自分の願いを、そっと胸の奥で確かめるように。
そうして、彼女たちの心に共鳴した小さな願いが、また一つ、現実へと近づいていった。
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