幸せになってほしいだけ
朝の光が差し込む太陽の街ザサン。
昨夜までのざわめきが嘘のように静まり返り、あたたかい陽射しと穏やかな風が街全体を包み込んでいた。
かつて恐怖と支配に満ちていたこの街は、健司たちと魔女たちの手によって、ゆっくりと“人が住む場所”へと戻りつつあった。
健司は、街の中央広場のベンチに座るアウレリアのもとへと向かった。
彼女は今、ひとりで空を見上げていた。背筋を伸ばし、かつての威厳を湛えたその背中には、どこか柔らかくなった気配があった。
「アウレリアさん」
声をかけると、アウレリアはゆっくりと振り返る。微笑みを浮かべていた。
「おはよう、健司」
「おはようございます」
健司は彼女の隣に腰かける。しばし、無言の時間が流れた。
やがて、健司は静かに口を開いた。
「アウレリアさん。……ぼくたちと、一緒に歩きませんか?」
アウレリアは目を見開いた。
「……それは、どういう意味?」
「文字どおりの意味です。一緒に街を作っていきましょう。これから魔女と人間が共に生きられる世界を、皆で――」
その時、少し離れた場所でその様子を見ていたカテリーナが、ぽつりと呟いた。
「ねえ、やっぱり健司、また口説いてるよね?」
クロエ、リセル、ソレイユ、そしてルナとミイナも、その声に振り返る。
「だよね……」
とリセル。
「間違いない」
クロエは、ため息まじりに言った。
「アウレリア様、美人だから……」
ミイナがぽそっと言うと、
「ちょ、ミイナ!」
ルナがあたふたして制した。
その声が聞こえていたのか、健司は慌てたように手を振った。
「ち、違うんだ、みんなっ! 口説いてるんじゃない。アウレリアさんたちは、みんな……美人だから、幸せになってほしいだけで……」
その言葉に、アウレリアは一瞬目を見張り、それから――ふっと、優しく笑った。
「……ふふ、変な子」
健司は、耳まで真っ赤にしながら、それでも言葉を続けた。
「アウレリアさん……あなたの魔法は、仲間のためのものだった。だけど、あなた自身が“幸せ”ってなんなのか、忘れてしまっていた気がするんです」
「……」
「ぼくは、あなたにも笑っていてほしいんです。戦うためじゃなく、誰かを傷つけるためじゃなくて。幸せのために魔法を使っていいんだって、そう思ってほしくて」
アウレリアは視線を下げ、そっと手を胸に当てた。
――なぜ、この男の言葉は、こんなにもまっすぐで、胸に刺さるのだろう。
「……まだ、答えは出せないけれど……でも、もう少し、ここにいてもいいかしら?」
健司は力強く頷いた。
「もちろんです」
⸻
その日の午後。
ソレイユの家の前。太陽の魔女ソレイユは、かつて自分が生まれ育った場所を見つめていた。
どこか懐かしい、けれども少し違う。静かに変わっていく街の中で、彼女は深く息を吐いた。
そこへ健司が現れる。
「ソレイユさん」
「健司……」
「……おかえりなさい、って言っていいのかな」
ソレイユは、ゆっくりと頷いた。
「うん。……ただいま、健司」
「……故郷、取り戻しましたね」
その言葉に、ソレイユの目から、涙が一粒、頬をつたって落ちた。
「……ありがとう」
その一言に、すべての感情が込められていた。
「あなたがいなかったら、きっと私はここに戻れなかった」
「そんなこと……」
「本当よ。あなたがいてくれたから、私たちは希望を信じることができた。たとえ魔法が通じなくても、あなたの言葉が、心に届いたの」
ソレイユは、ゆっくりと健司の手を取った。
「だから、これからは……私も、その光の中で生きていきたい」
健司は、優しくその手を握り返した。
「……一緒に生きましょう、ソレイユさん」
遠くからその様子を見ていたカテリーナが、またため息をついた。
「……やっぱり口説いてるじゃないの」
「ま、まあ、でも今回はソレイユからだったし……」
とクロエ。
「……健司って、ほんとずるいよね」
リセルがぽそっと呟く。
けれど、そこにあるのは嫉妬ではなかった。
どこか安心したような、安堵の混じった眼差し。
それは、健司が真に“信頼されている”証でもあった。
⸻
その夜、ザサンの街では焚き火が焚かれた。
人々が集まり、魔女たちも肩を並べ、笑顔が溢れていた。
健司はその火を囲みながら、皆の笑い声に耳を澄ませる。
隣にはカテリーナとクロエが座っていた。
カテリーナはそっと言った。
「ねえ、健司」
「はい?」
「……あなたに会えて、よかった」
「……ぼくもです。カテリーナさん」
カテリーナは火を見つめながら、微かに笑った。
「……幸せって、こういうことを言うのかもね」
火の揺らめきの中で、それぞれの魔女たちは静かに語らっていた。
争いのためにではなく、未来のために。
ザサンの街は――ようやく、夜明けを迎えていた。




