ありがとう、奇跡の人
静かな風が吹いた。
ソレイユの街に長く垂れ込めていた黒い魔力が、ゆっくりと消えていく。
魔女アウレリアは、その場に跪いていた。涙を流したまま、肩を震わせていた。
だが次の瞬間、彼女の目の前に、柔らかな気配とともに、四人の魔女たちの姿があった。
「……ダリア……リーベル……ガーネット……ユミナ……」
その声は、まるで夢を確かめるように掠れていた。
「アウレリア様……」
先に声をかけたのはダリアだった。相変わらず、淡く儚い気配をまとっている。
「生きて……るの? 本当に……?」
アウレリアの震える手が、ダリアの肩に触れる。触れた瞬間、彼女の目から再び涙が零れた。
「……こんなこと……奇跡だわ……」
リーベルが微笑む。
「奇跡……って、あるんですね」
「信じてなかったくせに」
ガーネットがいつものように憎まれ口をたたいたが、目元には薄く涙がにじんでいた。
ユミナがそっとアウレリアに寄り添う。
「アウレリア様、わたしたち、あんな性格じゃなかったのにね……。ごめんなさい」
アウレリアは、四人を順に見渡した。そして、ふと笑った。
「そうだった……。あなたたち、あんな風に人を呪ったり、傷つけたりする子じゃなかった」
「うん」
「私たち……ずっと、あなたのそばにいたよ。魂としてだけど」
「知ってたわ」
アウレリアは小さく頷いた。
「だから……私は壊れなかった」
彼女は両腕で、ダリアたちをそっと抱きしめた。
静かな沈黙が降りた。優しい光が彼女たちを包む。
――それは、アウレリアが初めて“赦された”瞬間だった。
⸻
しばらくして。
アウレリアはゆっくりと立ち上がり、健司の方へと歩み寄る。
健司は、カテリーナ、クロエ、リセルたちの前に立っていた。
ソレイユ、ルナ、ミイナ、ヴェリシア、ローザ、エルネア……その全員が、アウレリアの次の言葉を待っていた。
その前にダリア達は、健司にある疑問を持った
「なぜ、敵にまで救いを与えるの?」
ダリアの問いに、健司は言った。
「敵かどうかは関係ない。生きているなら、手を差し伸べたい」
……その言葉は、魔法よりも熱かった。
アウレリアは、健司に深々と頭を下げた。
「……私の負けよ、健司」
健司は首を横に振った。
「勝ち負けじゃありません。信じてくれて、ありがとうございます」
アウレリアの口元が、わずかに緩んだ。
「なるほどね。アスフォルデの環が、あなたたちに敗れるわけだわ」
カテリーナが苦笑した。
「“敗れる”なんて言葉、あまり好きじゃないけどね」
「じゃあ……何て呼ぶの?」
「“託す”ってのはどう?」
アウレリアは一瞬目を見開き、それからまた笑った。
「……ふふ……カテリーナ、昔と変わらない」
「そうかい? 少しは変わったつもりだけどね。健司に出会ってから」
アウレリアは健司に目をやる。
「あなた、本当に変な人ね。……世界を救うなんてこと、簡単に言う。でも……あなたなら、本当にそれができるかもしれない」
健司は、そっと答えた。
「誰かを大切に思うこと。それが魔法になるんです。みなさんの魔法は、恐怖から生まれたかもしれません。でも、これからは――愛から生まれる魔法もあるってこと、証明していきます」
その言葉に、ガーネットが頬を染めながら小声で呟いた。
「……あんなこと言えるの、ズルいわね」
ユミナが笑いながら答える。
「でも……うれしいよ」
リーベルは、空を見上げて言った。
「こんな空……久しぶりに見た気がする」
ダリアはアウレリアの隣に寄り添い、静かに微笑んだ。
「生きてるって、こんなに温かいんですね」
⸻
その夜。
ザサンの街では、久しぶりに明かりがともされた。
人々も、魔女たちも、恐れずに話し合い、交わる光景が広がっていた。
健司は、ひとり空を見上げていた。
「……ありがとう、みんな」
その言葉に、カテリーナが隣に立つ。
「“ありがとう”って言うのは、私たちの方よ」
「そうかな?」
「当然。あなたがいなければ、誰も救われなかった」
健司は小さく笑った。
「……アウレリアさん、どうするのかな?」
「さぁね。しばらくは、ダリアたちとゆっくりするでしょう。でも……いずれ、また力になると思うよ」
カテリーナが言ったその言葉は、どこか嬉しそうだった。
その遠く、街の奥で、アウレリアがダリアたちと火を囲んで話しているのが見えた。
「あれが……奇跡なんだね」
健司の言葉に、カテリーナが頷いた。
「そう。あんたが起こした、“奇跡”だよ」
優しい風が、彼らの髪をなでた。
そして、夜空には無数の星が瞬いていた。
それは、まるですべての魔女たちの新たな未来を祝福するように――。




