思考は現実になる
ザサンの街に、沈黙が落ちた。
空を覆っていた雲が、ゆっくりと割れてゆく。だがそこに差す陽の光は、まるで誰もを試すような残酷な輝きを放っていた。
アウレリア――この街を支配していた最後の魔女が、静かに現れた。
「……ここまで来るとは思わなかったわ」
彼女は、捕らえられたダリア、リーベル、ガーネット、ユミナの姿を一瞥し、ゆっくりと手を上げた。
「でも……あなたたちに、絶望を見せてあげる」
淡い光が彼女の指先から放たれた瞬間――
「やめなさい!」
と叫んだのはソレイユだったが、間に合わなかった。
光が4人の魔女たちに触れると、彼女たちはゆっくりと光の粒子へと変わっていった。
「……っ!!」
リセルが駆け寄ろうとしたが、既に遅かった。
ダリアの姿が消え、リーベルが微笑みながら霧散し、ガーネットが静かに目を閉じ、ユミナが涙を浮かべたまま光となって消えていく。
「うそ……うそでしょ……?」
ローザが膝をついた。ミイナは目を押さえて嗚咽し、ルナは凍ったように動けなかった。
アウレリアは静かに言った。
「彼女たちは、最初からここにはいなかったの。あなたたちが見ていたのは、すべて幻術よ」
「まさか……」
とカテリーナが呟く。
「……そんな、バカな……!」
とリセルが吠えた。
「私は、独りだったのよ。あの日から、ずっと……!」
アウレリアの目から、ひとすじの涙が流れた。
「彼女たちは、敵によって殺された。私は、それを……受け入れられなかった。だから、彼女たちの幻を作って、自分を騙していたのよ」
「……私も、本当は……誰かに傍にいてほしかった」
崩れた幻術の中、アウレリアはポツリと呟いた。
その声は、ずっと誰にも届かなかった幼い少女のようだった。
その場にいた誰もが、言葉を失った。
だが――
「……違うよ」
静かな声が響いた。
健司だった。
「アウレリアさん……それは、“現実”じゃない」
アウレリアが顔を上げる。健司の瞳は、どこまでもまっすぐだった。
「君が見ていたのは、“可能性”なんだ。たしかに幻だったかもしれない。でもね、それを“現実”にする力が、僕にはあるんだよ」
「……何を言っているの?」
アウレリアが苦笑したような顔をした。
「思考は現実になる。僕の魔法は――妄想を現実にする魔法なんだ」
その瞬間、健司の周囲に光が舞い上がった。彼の足元に魔法陣が浮かび、柔らかな光が彼の背を包み込む。
「そんな……魔法、存在するはずが……!」
アウレリアが後ずさった。
だが――
空に、ひとつ、ふたつと光の粒子が舞い始めた。
それは、さっきアウレリアが消したものと同じ、けれど逆に集まってくる。
「……う、うそ……」
カテリーナが、空を仰いだ。
集まった光の中から、最初に現れたのは――
「……リーベル!」
ローザが叫んだ。
次に、ユミナがゆっくりと姿を現す。
「……ここ、どこ……?」
「ユミナ……!」
リセルが駆け寄る。
続いて、ダリア、ガーネット――すべての魔女たちが、元の姿でそこに立っていた。
「戻った……」
クロエが呟いた。
「そんな……なんで……どうして……?」
アウレリアの膝が崩れ落ちた。
「……ありえない……そんな魔法……」
健司は、静かに言った。
「人の願いを、妄想と切り捨てないでください。それは、時に現実よりも強い希望になるんです」
アウレリアの瞳に、混乱、怒り、絶望、そして……小さな安堵のような色が交差していた。
「……あなたは……なぜ……そんな……」
「だって、君たちは“魔女”だろう? 誰よりも、“奇跡”を信じられる存在じゃないか」
アウレリアの肩が震えた。
そして――
「……うわああああああああああああああっ!!」
ついに感情があふれ、アウレリアはその場に崩れ落ちて、声をあげて泣き出した。
それは、誰にも見せなかった“女性”の涙だった。
魔女たちは、誰もその涙を止めなかった。
彼女の痛みもまた、かつては誰かと共に生きた証だったから。
カテリーナが、そっと近づいて彼女の背に手を置いた。
「遅かったのよ、私たち……。もっと早く、あなたの心に気づいてあげられたら……」
「うう……うぅぅ……」
涙は、止まらなかった。
だけど、その涙の中に――確かに、絶望とは違う何かが宿っていた。
健司は、アウレリアを見ていた。
彼女が戻ってきたこと、彼女の中に“まだ希望がある”ことを。
そして、優しく呟いた。
「おかえりなさい、アウレリアさん」
その言葉に、アウレリアは泣きながら、小さく頷いたのだった。




