作戦崩壊
アウレリアは静かに椅子に腰掛けていた。
ソレイユの街を掌握してから、もう何年になるだろうか。
この街の太陽は、彼女の掌の上にある。誰一人、逆らえる者などいない。
だが――今日の空気は、何かが違っていた。
「……遅い」
アウレリアは、眉をわずかに動かした。
生命を奪う魔女・ダリア、不安を増長させる魔女・リーベル。
作戦の要である二人が、時間通りに連絡をよこさないなど、今までになかった。
「まさか……」
静かに立ち上がったその時だった。
――ドォン!!
爆音と共に、拠点の大扉が破壊された。
一陣の風が吹き抜ける。
埃が舞い上がる中、現れたのは――
カテリーナとエルネアだった。
「……やっぱりここだったか」
カテリーナが黒衣を翻しながら歩を進める。
エルネアは淡々とした表情で呟いた。
「ダリアとリーベルは倒された。アウレリア、次はあなたね」
「……ふぅん」
アウレリアは、微笑んだ。
その表情に、焦りはなかった。むしろ――
「……笑ってる?」
カテリーナが眉をひそめた。
「当然でしょう?」
アウレリアは、椅子の背にもたれ、足を組んだ。
「あなた達がここまで来たことは、私にとっても都合がいいのよ」
「どういう意味よ」
「私は、最初からこの作戦が成功するとは思っていなかった」
エルネアが目を細める。
「……ほう?」
アウレリアは立ち上がり、ゆっくりと歩き出した。
「魔女という種は強い。力がある。それゆえに、何よりも“負け”を嫌う」
「……」
「けれど、そんな魔女たちが最近――“負け”始めているのよ。人間に、男に、恋愛に」
カテリーナがぴくりと反応した。
「……恋愛?」
「そう、滑稽でしょ?」
アウレリアは肩をすくめた。
「人間に心を許すなんて、どれほどの愚かさか。そんなものに救いがあるとでも?」
「アウレリア……あなたは……」
「許せなかったのよ」
アウレリアの目が、冷たい炎を宿す。
「力ある魔女が、“愛”なんて不確かなものに縋るのが。健司? あんな男に、何ができるの」
カテリーナが前に出た。
「でも、それで変わった子たちがいる」
「変わった? 馬鹿げてる」
アウレリアはバサリとマントを翻し、手を広げた。
「私はね……負けた魔女たちが、どれだけ惨めに堕ちていくかを見てきた。最初は笑っていたわ。けれど……そのうち、自分が“負け組”になっていた」
エルネアが静かに言った。
「……あなたも、誰かを好きになったのね」
アウレリアは笑った。嘲るように。
「バカな話よ。恋をして、裏切られて、心を壊して。それでも、私は信じていた。魔女としての誇りを」
「でも、もう心が折れていたのね」
カテリーナの声は、どこまでも優しかった。
アウレリアは一瞬、言葉を失った。
その表情の奥に、忘れていた痛みが蘇る。
「……黙りなさい」
冷たく言い放ったその手から、暗い魔力が溢れ出す。
「この街も、魔女も、人間も、全部壊してやる。恋に負けた魔女の末路、見せてあげる」
「アウレリア!」
エルネアが叫ぶが、すでに魔力は解き放たれていた。
《ブラッドスパイク・レクイエム》
空間が赤く染まり、数千本の血の槍が天から降り注ぐ。
しかし――
「《カークシールド》」
エルネアの未来予知からの即応魔法で、防御障壁が展開された。
「効かないわよ」
「……ちっ」
アウレリアは次の魔法を展開するが――
「《ブラックアンビション》!」
カテリーナの闇が周囲を覆う。
「私たちも、負けてきた。信じる人に裏切られたこともあった。でも――」
闇の中、カテリーナの声が響く。
「今は……健司っていう、バカみたいに真っ直ぐな人がいる。どんなに心を読まれても、偽らない人が」
エルネアが静かに言った。
「彼に出会って、私たちは救われたの」
アウレリアは叫んだ。
「救われた? そんなの幻想よ!!」
「だったら確かめに来なさい」
カテリーナの目が、まっすぐにアウレリアを捉えた。
「健司に会えばわかる。あの人の強さが、優しさが、どれだけ人を変えるか」
アウレリアは拳を握りしめた。
「……もう信じない。私は信じない」
だが――その声は、震えていた。
エルネアは一歩近づいた。
「アウレリア……本当は、もう一度信じたいんじゃない?」
アウレリアは唇を噛んだ。
その姿は、ただの“支配者”ではなかった。
愛に傷つき、立ち止まってしまった、一人の女性だった。
沈黙が訪れた。
闇と光が交差する空間に、風が吹いた。
カテリーナが歩み寄り、そっと言った。
「……一緒に来なさい。あの人のところへ」
「……」
「もう一度、やり直せる。私たちは、何度でも立ち上がれるから」
アウレリアの肩が、小さく震えた。
そして――
「……私の魔法を、封じるわ」
アウレリアは、自らの魔力を収めた。
カテリーナとエルネアは、微笑んだ。
その時、誰かが扉の向こうで呼んだ。
「カテリーナ様、エルネア様!」
ローザだった。
「健司が、ソレイユが……!」
三人は目を合わせ、頷いた。
「行こう」
新たな局面が、再び幕を開けようとしていた――。




