不安の影、心の灯
ソレイユたちが図書館でダリアと対峙していた同じ頃――
ローザとヴェリシアは、街の中心部へと足を運んでいた。
白い石畳の道に並ぶ、海辺の街特有の明るい色の店々。
しかし、そこには誰一人としていなかった。
「……おかしい」
ヴェリシアが立ち止まる。
「いつもなら人がいてもおかしくないのに……」
「まさか、逃げたの?」
ローザの眉がわずかに揺れた。
その瞬間だった。
ずしり
心臓を鷲掴みにされるような感覚。何かが、精神に圧し掛かってくる。
「……っ!」
ヴェリシアが胸を押さえる。
「なに、これ……」
「不安?」
ローザもまた、目に見えない不安の波に呑まれ始めていた。
『逃げたんじゃない? 健司も……もう、いないのよ』
『……あなたたちは役に立たないと、見限られたのかも』
『……どうせ、誰も本当に信じてなんかいなかった』
それは、自分の中に潜んでいた、小さな影の囁き。
誰しもが持つ、「かもしれない」という弱さ。
「……やっぱり……来たか」
ヴェリシアが目を細めた。
その場の空気がゆがむように、一人の魔女が姿を現した。
薄い藍色のドレスを纏い、笑みを浮かべる女――リーベル。
「ようこそ、“疑念の街”へ。歓迎するわ、ローザ、ヴェリシア」
「あなたが……不安を増長させる魔女か」
ローザが睨みつけた。
「ふふ、光栄だわ。健司の仲間たちって、どれだけ強いのか、少しだけ興味があったの」
リーベルは、まるで踊るように一歩を踏み出した。
「でも残念ね。あなたたち、もう心が崩れてきてる」
たしかに、ローザもヴェリシアも、心の奥で微かな焦燥を感じていた。
仲間たちが、自分たちを置いて遠くに行ってしまうのではないかという恐れ。
だが。
「……甘いわ」
その言葉と共に、ヴェリシアの瞳が燃え上がった。
「私は……もう逃げない。誰かを失うのも、自分を否定するのも、もう嫌だから!」
その手に炎が宿る。
《炎獄斬》
燃えるような赤の魔力がヴェリシアの剣に纏わりつく。
彼女は自分の体に炎属性を付与し、周囲の幻覚を焼き尽くした。
「この程度の幻覚で、私の心は折れない!」
リーベルは一歩引いた。
「……へぇ、なかなかやるじゃない。でも、どうかしら、ローザ?」
リーベルは、にやりと笑い、言った。
「健司とクロエ……あの二人、今頃イチャイチャしてるわよ」
ローザの眉が一瞬動いた。
「クロエは特別。あなたはただの剣士よ。心を許されていないの、知ってた?」
その言葉に――
「……うるさい」
ローザの低い声が、街路に響いた。
「……たしかに私は、臆病だった。みんなの中で、劣っているって思ってた」
その手に黒い剣が現れる。
《ブラックソード》
「でも、ヴェリシアが……みんなが教えてくれた。私は、戦える。信じてくれる仲間がいる」
ヴェリシアがうなずいた。
「いくよ、ローザ」
「ええ。力を貸して」
ヴェリシアが、自らの炎をブラックソードに纏わせる。
赤と黒の魔力が重なり合い、強烈な閃光を生む。
「――斬る!」
ローザが地を蹴った。
リーベルは即座に後退しようとするが、彼女の足元を覆っていた幻覚の床が、今や現実に戻り、つまずいた。
「くっ!」
剣が迫る。
《炎黒剣・断》
炸裂したその一撃が、リーベルの身体を大きく吹き飛ばした。
彼女は、建物の壁に叩きつけられ、崩れ落ちた。
煙が晴れた先――
リーベルは、微かに笑いながら、呟いた。
「……強い……ね」
その声には、ほんのわずかに感情が宿っていた。
ローザは剣を収めた。
「……あなたの不安は、誰に向けられていたの?」
「……自分自身、かもね……」
リーベルはそう言って、静かに気を失った。
ヴェリシアはローザに歩み寄り、笑った。
「やるじゃない、ローザ」
「ヴェリシアのおかげよ」
「え?」
「昔の私なら、あのまま飲み込まれていた。……でも今は、信じられる人がいる」
その言葉に、ヴェリシアの頬も緩んだ。
遠くから、ソレイユたちが走ってくる足音が聞こえた。
ローザとヴェリシアは、静かにうなずき合い、立ち上がった。
――どんな不安も、絆の力で乗り越えられる。
それが、今の彼女たちの答えだった。




