命と光の交差点
古びた図書館の奥深く。
湿った紙と埃の香りが漂うその場所に、ひときわ冷たい空気が満ちた。
「こんにちは、ソレイユ」
現れたのは、黒と紫の装束に身を包んだ、細身の女性。目は虚ろで、微笑みを浮かべているにもかかわらず、体温の欠片も感じさせない雰囲気をまとっていた。
リセルは即座に距離をとり、ソレイユの前に出た。
「誰?」
「ダリア。生命を奪う魔女」
そう名乗った彼女の言葉と同時に、空間がわずかに歪んだ。
まるで、空気の一部が抜け落ちるかのような感覚――呼吸が浅くなる。
「ぐっ……」
ソレイユとリセルは、同時に胸を押さえた。まるで肺の奥から命が引き抜かれるような感覚だった。
「この感覚……あなたね。鳥たちが突然死していた理由。生命の気配が薄れる街の原因……」
ソレイユが震える声で言った。
ダリアは微笑んだまま、図書館の柱の影から一歩前に出た。
「ええ、その通り。気づいてくれて光栄よ。始まりには、相応しい犠牲が必要だった」
「ふざけないで」
リセルの目が鋭くなった。闇魔法を纏い、すぐにでも構えに入る。
だが、ダリアは意にも介さず、言葉を続けた。
「あなたたちは、命を持っている。だけど、それはどこまで本物? 愛だの、希望だのを掲げて――ただ、脆い夢に縋っているだけじゃない?」
その嘲笑に、ソレイユの目が怒りに揺れた。
「違う。……私は、もう命を軽く扱わないと決めた」
「命を?」
「太陽の下で、私は長い時間、磔にされた。あのとき、死にたいほど苦しかった。でも……」
彼女は前へ進んだ。
「助けてくれたのは、“希望”だった。あなたの言う夢じゃない。“愛”だった」
ダリアの微笑みが少し消えた。
「……くだらない」
その瞬間、空気が爆発したように変化した。図書館全体が闇に包まれる。酸素が抜け落ちるような息苦しさ、足元から命が逃げていく感覚――。
「これが、私の“デスエリア”。この空間にいる限り、生きる意味は、剥がされていく」
ソレイユの足元の木板に、小さな動物の骨が見えた。
「……!」
「もう、幾千の命を奪ってきた。感情など、とうの昔に捨てたわ」
だが、その時――リセルが口を開いた。
「感情を捨てた? 本当に?」
リセルの瞳が闇に染まる。
「なら、これで試してみる」
《ダークソウル》
リセルの手から放たれた漆黒の光が、図書館の天井に広がり、闇の魂が呻き声を上げながらダリアへと迫った。
「……!」
その闇は、感情を持たない者には届かない。だが、もし心の奥に“痛み”や“迷い”があれば、魂を震わせ、魔法を相殺する。
ダリアのデスエリアが――一瞬、ひび割れた。
「私の……魔法が……消えた?」
「あなた、本当は……奪ってきた命のこと、覚えているんでしょう」
リセルの声は冷たいが、どこか哀しみを含んでいた。
「痛みから逃れるために、自分を殺しただけ……」
「やめてッ!」
ダリアが叫び、再び魔力を集中させようとした――その時だった。
ソレイユが、瞳を閉じ、手を天に掲げた。
「……光よ」
太陽の魔法が発動する。
《ザ・サンフレア》
天井を突き抜けるほどの純白の光が、ソレイユを中心に炸裂した。図書館中が明るくなり、空間の闇が一瞬で焼かれる。
「やめなさい! 私の世界を壊さないで!」
だが、遅かった。
その光は、直接、ダリアの胸元に差し込んだ。
彼女の魔力が、光の波に押されて霧散していく。けれど、痛みはなかった。ただ――
「……ああ」
温かかった。
久しく忘れていた、生きるという感覚。
心臓が打ち、血が流れる。
涙が、頬を伝った。
「これが……生きてる、ということ……?」
彼女は、力が抜けてその場に膝をついた。
リセルが慎重に近づいた。
「……どうする? 捕らえる?」
「いいえ」
ソレイユが首を振った。
「彼女はもう、負けを認めた」
ダリアはゆっくり顔を上げ、ソレイユを見た。
「……私は、何をしてきたの……?」
ソレイユは手を差し出した。
「一緒に考えよう。これから、どうすればいいのかを」
ダリアは、しばらく黙っていたが――その手を、そっと握った。
「ありがとう……太陽の魔女」
「ソレイユでいいわ」
――図書館に差し込む光は、少しだけ暖かくなっていた。




