孤立の魔法、迫る闇の手
「……ソレイユを、狙うわ」
アウレリアの声は、深く静かだった。だが、その一言に込められた殺意と支配欲は、室内に集まった魔女たちの背筋を確かに凍らせた。
場所は、太陽の街ザサンの中央塔。かつて市議会が開かれていた石造りの建物は、いまやアウレリアの根城と化していた。窓から差し込む光さえも、どこか灰色に濁っているように見えた。
「奴らは群れている。力を合わせれば、確かに厄介。しかし――」
アウレリアは、机に置かれた街の地図に指を走らせた。健司たちの滞在している西端の一軒家が、赤い円で囲まれている。
「一人ずつ、孤立させれば恐怖は倍加し、信頼は崩れ、心が壊れていく」
その言葉に、周囲にいた四人の魔女がゆっくりと膝をついた。
「命を削る“ダリア”」
「不安を広げる“リーベル”」
「衝動を焚きつける“ガーネット”」
「偽りの団結を生む“ユミナ”」
それぞれの魔女が名乗りを上げ、アウレリアの前で頭を垂れた。
「命令を」
ダリアが先に口を開いた。彼女の瞳は虚ろで、常に人の生気を吸うような気配を纏っていた。
「ソレイユの身体を蝕め。磔の傷が癒えても、心には影が残る。そこを突くのよ」
「心得ました」
アウレリアは続けた。
「リーベル、不安を撒きなさい。彼らの絆を疑念で濁らせなさい」
「どんな未来も、不安で覆ってあげるわ」
リーベルは柔らかな微笑を浮かべたが、その背後には冷たい計算が滲んでいた。
「ガーネット。怒りを煽れ。争いの種は心の奥に潜んでいる。そこに火を点けるのよ」
「任せといて。怒りは伝染するからね」
彼女は爆発魔法の使い手でもあり、都市破壊すら可能な存在だった。
「ユミナ。偽りの希望を囁き、彼らを惑わせなさい」
「ふふ……誰よりも優しく、甘く囁いてあげる」
アウレリアは、最後に視線を鋭くさせた。
「――そして、“健司”」
その名を口にした瞬間、部屋の空気が凍りついた。敵でありながら、彼の存在は全ての魔女に一種の恐れと好奇心を抱かせていた。
「私が直接、迎えに行こうと思ったが……」
アウレリアはゆっくりと椅子に座り、脚を組んだ。
「あなたたちが、彼を“連れてきなさい”」
沈黙の中に、命令の重さがずっしりと落ちた。
「彼は“希望”の象徴。だからこそ、それを奪えば、他の者たちは崩れる」
ガーネットが少し口を尖らせた。
「殺してもいいの?」
アウレリアは首を横に振った。
「殺すのではない。壊すのでもない。“希望のまま”、連れてきなさい」
「……?」
「そのままにしておけば、彼はいつか“こちら側”に来る。誰かを救えなかった絶望を味わえば、彼の光は闇に落ちる」
•
その頃――
ソレイユの家では、健司たちが朝食を囲んでいた。
「……昨夜、町の中心に光が見えた」
リセルが報告した。
「何か、動きがある」
「アウレリアだな」
ローザは小さく頷いた。
「この街の支配者。相当、手強いわよ」
健司は静かにパンを口に運びながらも、仲間たちの顔を見ていた。
ルナとミイナは無邪気に話している。リセルとローザは警戒心を緩めていない。クロエとヴェリシア、そしてソレイユも、どこか緊張を隠しきれていなかった。
「……このまま、全員一緒に動くのは難しいかもしれない」
健司は立ち上がって言った。
「ソレイユさんの家を拠点にして、周囲を少しずつ調べよう」
「分担するの?」
クロエが眉をひそめた。
「危ないってことは分かってる。けど、街の状況を把握しなきゃ、逆にいつ襲われるか分からない」
「それは……確かに」
ヴェリシアも渋々ながら賛成した。
健司は、仲間を二人一組で行動させる案を出した。
「ソレイユさんとリセル、ローザとヴェリシア、ルナとミイナ、僕とクロエ」
「なんで最後、そうなるの」
クロエが小さく呟いたが、誰も異論はなかった。
「気をつけて、無理はしないように。何かあったら、すぐ戻ること」
健司の言葉に、それぞれが頷いた。
……しかし、それこそがアウレリアの策略だった。
•
午後、街の南部。
ソレイユとリセルは、古びた図書館に入っていた。
「ここ、昔来たことがある。まだ、残ってたんだ……」
ソレイユの声に、リセルは笑みを浮かべた。
「ソレイユ、昔のことを思い出してる?」
「うん。……でも、少し胸が痛い。ここでも、本を読んでいたの。磔にされる前の日も……」
そのとき――
スッ――と空気が冷たくなった。
「……誰か、いる」
リセルが即座に気づいた。
その瞬間、書架の間から人影が現れた。
「こんにちは、ソレイユ」
そこに立っていたのは――“命を奪う魔女・ダリア”。
「懐かしい場所で、再会ね」
•
――その頃、健司たちの耳には届かない、静かな崩壊が、始まっていた。




