重なる記憶、揺れる決意
風が止んでいた。
いや、吹いているはずなのに、体に触れる感覚がない。鳥のさえずりも、波の音も、すべてが何かに覆い隠されているような感覚。健司たちが太陽の街ザサンの門をくぐった瞬間、それは一層、はっきりと彼らの肌を刺した。
「……空気が、変だ」
クロエが立ち止まり、周囲を見渡した。彼女の魔力の感覚が警鐘を鳴らしている。
「まるで、息をするだけで力が奪われていくような……」
リセルが低く呟いた。彼女の額にはうっすらと汗が浮かんでいる。
「これ……魔法だ」
ローザが真顔で言った。
「町全体に仕掛けられた、大規模な抑圧魔法。人々の生命力や感情を少しずつ削るような……嫌らしいタイプね」
ソレイユは震える手で胸元を握りしめた。
「……あの時と同じ……」
彼女の声は小さく、消え入りそうだった。
「私が……あの場所に磔にされたときの、空気と同じ。息をしているだけで、自分が否定されていくような感覚。光さえ、遠ざかっていく……そんな感じ」
健司は彼女の手を握った。
「ソレイユさん、大丈夫だよ。今度は僕たちが一緒にいるから」
彼のその言葉に、ソレイユは小さく頷いた。
「……ありがとう、健司」
ミイナが辺りを見回した。
「でも、この街……人がいないね」
「いるよ」
ルナが囁いた。
「でも、出てこないだけ。家の中で……魔女の目を恐れてる」
街の中は静かすぎた。開かれた店はなく、窓は全て閉じられ、道行く人の姿もない。まるで廃墟のようなその光景が、健司たちの胸を締め付けた。
「まずは……ソレイユさんの家に行こう」
健司が言った。
「そこに行けば、何か分かるかもしれない」
•
ソレイユの家は、街の西の外れにあった。
レンガ造りの二階建ての建物。かつて彼女が家族と過ごした、思い出の詰まった場所。しかし今は、草は伸び放題で、窓には板が打ちつけられていた。
「……戻ってきたんだ」
ソレイユは小さく呟いた。
「あの日、逃げるようにして出て行ってから……もう、何年も……」
彼女は鍵の隠し場所を探し出し、玄関を開けた。埃の匂いが漂う中、懐かしい景色がそこにあった。かつて弟と遊んだ机、母が育てていた観葉植物、そして……父の書斎。
「中に入って休もう」
健司はそっと背中を押した。
「ここは、ソレイユさんの家なんだから」
リセルとローザが周囲を警戒する中、クロエは窓の外を見ていた。
「見られているわね」
彼女は低く言った。
「この街の支配者……気配を隠してるけど、私たちの動きを監視してる」
「やっぱり来てるんだな」
ヴェリシアがソファに座りながら言った。
「アウレリア……あの女がこの街を支配してるって噂、間違いなさそうね」
「アウレリア……」
ソレイユが顔を伏せた。
「知ってる……街の議会に出入りしてた魔女。いつの間にかこの街のすべてを握っていた」
「この家に来たことで、目をつけられたな」
リセルが窓の外を見ながら言った。
「でもそれでいい。どうせいずれ対峙する相手だ」
•
夜になり、健司は屋根に出て夜風を感じていた。空には星が見えなかった。雲が出ているわけでもないのに、何かが光を遮っているようだった。
「……この街全体が、囚われているような感じだな」
彼はふと、後ろを振り返った。
ソレイユが立っていた。彼の隣に座り、ぽつりと話し始めた。
「……健司くん。私、この家で、家族と普通に暮らしてたんだ。太陽の光が苦手で、本を読むのが好きで、引っ込み思案だったけど……でも、それなりに幸せだった」
「うん」
「ある日、街で“魔女がいる”って騒ぎが起きたの。何人かの子どもが、突然泣き出したり、幻覚を見たり。……それで、疑いが私に向けられた」
ソレイユの声は震えていた。
「『あの子、日光を避けてる』とか、『不気味な本を読んでる』とか、そんな噂が広まって……気がついたら、“証明”のために太陽の下に磔にされていた」
健司は言葉が出なかった。
「……何時間も、暑くて、痛くて、苦しくて。でも、一番怖かったのは……誰も助けてくれなかったこと」
ソレイユの目から、静かに涙がこぼれた。
「だから、私……もうこの街を見たくなかった。戻ってきたくなかった。でも……今は違う。みんながいて、健司くんがいて、少しだけ勇気が出てきたの」
健司は彼女の手を取った。
「ありがとう、話してくれて。でも、もうひとりじゃない。僕たちが、ソレイユさんの味方だから」
•
翌朝。
街の中心に向けて、黒いフードを被った数人の魔女たちが歩いていた。その中心には、銀髪の女性――アウレリア。
彼女はソレイユの家を遠くから見下ろして、冷たい笑みを浮かべていた。
「さあ、“夢想家”たちよ。ようこそ、現実の檻へ」




